願いが叶う! 幸せを呼ぶ! 吉ゾウくんのお寺 長福寿寺・人形供養・合格祈願・元気力増大祈願・女性の守り神(婦人病平癒)・紅花・千葉県|TOP

お尚のおもしろ法話

長福寿寺の紅花が切り絵になっていました 平成26年10月25日

紅花の郷

先日の座禅会にお出でいただいた方が、「10月1日に切り絵画展示会に行ってきたのよ。そしたら長福寿寺の紅花が切り絵になって販売されていたわ。嬉しかったので買って来ちゃった。」と言って1枚下さいました。 
 切り絵作家の中山三郎さんが作って下さったものです。
 紅花の可憐さが、とても良く表現されています。
 ありがとうございます。

人はみんな顔が違う 平成26年10月22日

牟田学

人はみんな顔が違う。
「心」も、顔と同じように異なるんです。 …みんな。
 生い立ちや生活環境、地位や立場や思想によって、モノ(世の中・事実)の見え方がそれぞれ異なります。
つまり、モノの見え方は人の数だけあるんです。
1つのモノサシでは測れない。だから人間は面白いんです。
これは、私がサラリーマン時代に日本経営合理化協会の理事長から諭された言葉です。
 その時代、バリバリと働き、成績もある程度良かったので、自分の考えが絶対だと思い込み、人とぶつかることがしばしばありました。
 そんな時、理事長が私の隣の机に来て、何も言わずにメモにスラスラとこの言葉を書いて、何も言わずに立ち去って言ったのです。
 「何をしていたんだろう?」と不審に思った私は、机に残されていたメモを読み、頭をハンマーで大きく叩かれたのです。
 人は、自分の見方が正しいと無意識に思い、その「思い込み」で発言や行動を起こしています。
しかし、人はみんな、自分の経験で学んだ範囲でしかモノを見ることが出来ないのですから、それぞれの人が、それぞれの思いで世の中を見ていることになります。つまり、世の中の見方や1つの事実の見え方は人の数だけあるということです。そこに優劣などありません。
 しかし、自分の考えが絶対だと固執してしまうと、なかなか上手く行きません。
 自分の考えが絶対だと思わずに、自分自身の心を柔らかくし、相手の話に耳を傾け、寄り添い、理解することが大切なんですね。
 この柔らかい心はこびのことを、仏教では「空」と言うんです。

豊後高田「昭和の町」を視察して来ました 平成26年10月18日

昭和の町

25年来の付き合いを持つ経営者の集まり《お元気さま会》のメンバー5名で、豊後高田「昭和の町」を視察してきました。
 豊後高田は、大分県の国東半島にある人口26000人の都市です。
 明治以降、内海航路の拠点として栄えてきましたが、平成に入ると経済状況は大きく悪化、年間観光客数は25000人にまで激減しました。
 そこで、商店主と行政、そして商工会議所が一丸となり、昭和30年代の町並みを再現し「昭和の町」としてPRしたのです。
 現在では、年間観光客数が37万人と、最悪期の15倍にまで増えたという、町おこしに成功した事例として大変有名です。
 今回は、「昭和の町」を仕掛けた清末浩一さんの案内の元、町の中を巡り、町おこしの成功法や失敗事例などを詳しくお聞かせいただきました。とても有意義な勉強になりました。
 その後、大学院の後輩である河野くんのお寺「富貴寺」にて、河野くん自身が手打ちした蕎麦を堪能、そして、今回の企画をプロデュースしてくれた寺田くんの「両子寺」を訪ね、国東半島の深い歴史を学びました。
 寺田くん、本当にありがとうございました。
 また、今回は所用のため参加出来なかった藤吉さん、阿比留さん、松田さん、三浦さん…次回をお楽しみに!!

ご信者の二宮さんが「徳島新聞」に掲載されました! 平成26年9月28日

四國遍路

長福寿寺の信者で、私の四國遍路の先輩でもある二宮亮巍さんが「徳島新聞」で紹介されました。
 二宮さんは、1992年から毎年のように四國遍路を歩き、「先達」にもなった方です。
 現在は、奥様も同伴して歩かれているとのこと。...
 昨日も遍路話に花が咲きました。

ひろさちや先生の定期講演会を開催しました 平成26年9月27日

ひろさちや先生

今年4回目となる「ひろさちや先生の定期講演会」を開催しました。
 今回、私が常連の方へのご案内状発送を忘れてしまったため、いつもより40名ぐらい少ない人数となってしまいました。本当に申し訳ございません。
 それでも、60名の方々が、ひろさちや先生のお話に熱心に耳を傾けていました。
 今回のテーマは【大乗仏教と小乗仏教】でした。
 初めてご参加された方からは、「大乗仏教と小乗仏教の違いが良くわかりました。今まで自分が勘違いしていたことに気づきました。」「ひろさちや先生に直接お逢いできて嬉しかったです。」「今回のお話で、初めて仏教が理解できたように思います。」など、喜びの声をいただくことが出来ました。
 本当にありがとうございます。
 次回は11月29日(土)午後2時~5時 会場は蔵前の金蔵寺です。

今日は、ひとりさんのファンの方が大勢お出で下さいました 平成26年9月23日

斉藤ひとりのファンの方々

今日は、ひとりさんファンの方々が、遠く北陸から大型バスでお参りに来て下さいました。
 遠くから、本当にありがとうございます。
 そして、サプライズで「ひとりさんも登場!!!」...
 皆さん、悲鳴をあげるほどに喜んでいました。
 みんなが幸せになれますように!

仏像彫刻展覧会が始まりました 平成26年9月21日

仏像彫刻展

本日・9月21日~23日までの間、長福寿寺が主催している「仏像作り教室」の作品を展示した【仏像彫刻特別展覧会】を開催します。
 合計100体もの「心を込めて彫り上げた仏像」をお奉りしております。
 ぜひ、足をお運び下さいませ。(入場無料)

平成26年前期 「仏像作り教室」の開眼供養会 平成26年9月21日

開眼供養会

平成26年前期の「仏像作り教室」で彫り上げた仏像の【開眼供養会】を執り行いました。
 当日は17名の方が供養会に参加し、心を込めて開眼しました。

紅花天女の稚児行列が「読売新聞」に掲載されました 平成26年9月17日

読売新聞

9月15日の「読売新聞」に、長福寿寺の【紅花天女の稚児行列】が記事として掲載されました。
 取材して下さった羽田記者は、紅花の歴史にも精通しているので、歴史的な側面も含めて紹介して下さっています。ありがとうございます。
  【新聞記事】

9月14日はご本尊・福寿阿弥陀如来の御縁日法要でした 平成26年9月14日

紅花染めの稚児行列

9月14日は、長福寿寺のご本尊・福寿阿弥陀如来(別名・お元氣あみだ様)の年に一度の大御縁日祭でした。
  当日は、大勢の僧侶にお出でいただき、大法要を修し、皆さまの元氣・健康・長寿をお祈りさせていただきました。
 また、日本唯一の【紅花染め振り袖の稚児行列】も出ました。
 とても可愛らしいお稚児さんですね。

魅力ある法話をするために… 平成26年8月31日

布教師養成所

昨日まで、天台宗中央布教師養成所研修会で比叡山に籠もって来ました。
 今回の研修会は、全国より法話が上手な布教師7名が選抜され、魅力溢れる法話の仕方などをさらに、さらに磨くために集まっています。
 学者の方やアナウンサーなどの講師の前で法話をし→その内容や話し方などにアドバイスいただき→それを元に内容の練り直し&法話練習を行う→そして、また、皆さんの前で法話し、アドバイスをいただく。
 これように「法話を実際に行い、それに対してアドバイスをいただく」というスタイルで自らをブラッシュアップしていく研修会です。
 夜9時過ぎまで皆さん真剣に練習しました。
 本当に充実した研修会でした。ありがとうございました。
 

  ※これまでの僧侶は「動かずに話す」「専門用語を羅列する」「声が低い」など、余り聴衆のことを考えない僧侶が多かったのですが、それでは皆さまを元氣にすることが出来ないと考え、このような養成所を創設してもらいました。【当寺の布教師会長が長福寿寺学頭だったのが幸いでした】

「ありがとう」は魔法の言葉 平成26年8月18日

ありがとう

《ありがとう》という言葉には、あなたを幸せに導く力があるんです。
 
 《ありがとう》…漢字で書くと「有り難う」となります。
 もともとは「有り難し」…有ることが難い。
 つまり「滅多にない」「容易にない」という意味です。
  この言葉の原典は仏教なんですよ。知ってました?
 

仏教の『法句経』というお経に
『人の生を享(う)くるは難(がた)く、やがて死すべきもの、いま命あるは有(あ)り難(がた)し。』
と説かれています。
 これは、人間として生まれることの難しさを説いているものです。
 それがやがて、感謝の気持ちを表す言葉として『有り難う《ありがとう》』になったのです。
 

さて、この《ありがとう》という言葉ですが、1日100回以上言い続けると、あなた自身が幸せになれるんです。
 

《ありがとう》という言葉には、皆さまを幸せに導く力があるんです。
 

このことは、原監督が巨人軍を優勝に導いた時にも実証されています。
 
一昨年、4月に2度の5連敗、借金7となり、優勝確率は0%と言われた中から奇跡の優勝を勝ち取ったのは、「どんな逆境にあっても、《ありがとう》と言い続けると誓い、実践したから」と原監督自身が語っています。
 
原監督は「魔法の言葉」と言っていますが、《ありがとう》 という言葉には、ツキを呼び込む、あなたを幸せに導く力があるのです。
 
  ■ 嬉しい時、楽しい時は「ありがとう」
   そして、嫌なこと、辛いことがあっても「ありがとう」
 

毎日100回以上、言い続けて下さい。あなたも必ず幸せになれますよ。

最上紅花の視察に行ってきました! 平成26年7月14日

最上紅花視察

7月12日(土)・13日(日)の2日間、紅花を育てる会のメンバー13名で最上紅花を視察してきました。
 高瀬・河北・天童の3箇所を巡り、紅花祭りの運営企画や栽培の方法などを、現地の責任者の方を交えて意見交換&ご指導いただきました。
 特に、花の栽培については各所にプロが居て、とてもきれいな紅花を咲かせていました。
 もちろん、栽培のコツも伝授いただきましたので、これからの紅花育成に活かしていきます。
 また、集客について、商品作りについて、地域の巻き込み方についてもいろいろとお話を聞かせていただくことができ、本当に実りある研修になりました。
 最後に笑い話…2日間で3ヶ所の紅花祭りを視察したため、観光ゼロ、食事も急ぎ足…となり、メンバーから反乱が起きそうだったので、帰りは米沢に寄り道して、米沢牛ステーキを食べていただきました。私の真面目な性格が災いしましたが、どうにか反乱は起きませんでした(笑)

チャレンジし、人生を楽しむ 平成26年7月3日

くまモン

熊本県知事・蒲島郁夫氏の著書『私がくまモンの上司です』を拝読しました。
 ご存じの通り、蒲島氏は東京大学教授を経て熊本県知事となり、全国的に「くまモン」を有名にした仕掛け人です。

 その著書の中で一番印象的なのは、

  【皿を割れ】

     ということです。

 たくさんの皿を洗う人は、たくさんの皿を割ってしまう…恐れがある。

 つまり、失敗を恐れずに、常識にとらわれずに、どんどんとチャレンジすることが大切なんだと述べているのです。
 とても素敵な考え方ですね。
 我々は、どうしても失敗を恐れ、他人の目を気にし、世間の評判に振り回され、チャレンジすることを諦めてしまいがちです。
 でも、それではせっかくの人生を最大限に楽しむことは出来ません。

 いつでも新しいことにチャレンジし、自分で考え、自分で行動する。

 つまずくことがあっても構いません。
 つまずいても、もう一度起き上がれば良いのです。
 「転び上手」の「起き上手」の方が、他人の心の痛みがわかる慈(いつく)しみのある人になれます。

 また、チャレンジに年齢は関係ありません。何歳になっても何かにチャレンジしている人は若々しいものです。
 ぜひ、出来ない理由より、出来る方法を探し出し、果敢にチャレンジし、人生を楽しむことを忘れないで下さい。  

 そして、失敗してもめげず、成功してもおごらず…そんな心豊かな人生をお過ごしいただきたいと思います。

紅花フェスティバルが「ぐるっと千葉」6月号に掲載されました!!! 平成26年5月27日

紅花フェスティバル

先ほど発売された「ぐるっと千葉」6月号に【紅花フェスティバル】が掲載されました!!!

今回の目玉である「わくわく体験パラダイス」「紅花天女の投扇興大会」がとっても魅力的に紹介されています。

《体験すれば100倍楽しく!!》
を合い言葉に、大いに楽しんでいただきたいと思います。

また、6月22日の「ぐるっと長南花めぐり」も案内していただいています。

ぜひ、ご覧いただき、紅花フェスティバルにお出で下さい。

    ●詳しくは《紅花のページ》をご覧下さい。

タウン情報誌「ゆとりーと」の表紙に《紅花》が掲載されました!!! 平成26年5月23日

紅花の寺 長福寿寺

ゆとりライフのためのタウン情報誌「ゆとりーと」の表紙に《紅花》が掲載されました!!! 
 とっても嬉しいです。
 今年も、きれいな紅花&わくわく体験パラダイス&紅花天女の投扇興大会などで、皆さまをお迎えいたします。
 ぜひ、遊びにいらして下さい。

    【拡大写真】

吉ゾウくんの御縁日祭が盛大に行われました 平成26年5月7日

吉ゾウくん

5月3日・4日・5日・6日の4日間、【吉ゾウくんの御縁日祭】が盛大に行われました。
 特に3日・4日は晴天にも恵まれ、4日間で1万人もの方々が吉ゾウくんに逢いに来て下さいました。本当にありがとうございました。
 御縁日祭では、吉ゾウくんの御前での祈願法要の他、吉ゾウくんとの記念撮影会、吉ゾウくんの運だめし、吉ゾウくんからの幸せのメッセージ、吉ゾウくんのかくれんぼ…などなど、楽しみながら吉ゾウくんのご利益をいただけるイベントをたくさん用意させていただきました。
 皆さん、吉ゾウくんのご利益により、より元氣に、より幸せになれること間違いありません。
 また、幸せのご報告を楽しみにしております。

カンムリ鶴が戻って来ました! 平成26年5月6日

カンムリ鶴

5月6日、カンムリ鶴が戻って来ました!
 例年より半月遅れですが、元氣な様子で嬉しいです。
 これから11月までの半年間よろしくお願いします。

ひろさちや先生の講演会を開催しました 平成26年4月26日

ひろさちや先生

本日は、ひろさちや先生の講演会を開催しました。
 講演内容は「法華経」です。
 ひろ先生の最新刊「〈法華経〉の世界」をベースに楽しくお話し下さいました。
 ひろ先生曰わく、「法華経とは大宇宙の真理であり、その真理はそれぞれの人によって異なる。」のだそうです。
 そして、「それぞれの人に合った真理を学ぶために、自分の心で法華経を読んで欲しい。」とのことでした。
 ご参加された80名の方々も、とても感銘を受けたようで、泣いている方もいました。
 次回は7月5日(土)に開催します。 詳しくは、ホームページをご覧下さい。

        ■最新刊 「〈法華経〉の世界」 (クリックして下さい)

仏画展を開催します 平成26年4月25日

仏画

私の友人が5月1日~6日まで銀座にて【仏画展】を開催します。
 とても心が温かくなる仏画を描く方です。
 私は「吉ゾウくんの御縁日」のため、伺うことが出来ません。
 よろしければ、足をお運び下さり、今井長秀の知り合い…と言えば、歓待して下さいます。
 

ミツガシワの群生が朝日新聞に掲載されました 平成26年4月10日

ミツガシワの群生が朝日新聞に掲載されました

4月10日の「朝日新聞」朝刊に長福寿寺の【ミツガシワの群生】が掲載されました。
 このミツガシワは、20数年前に住職が知り合いから譲り受け、境内の円頓池に植えたものです。
 本来は高山などの湖沼に生える水生植物なので、温暖な千葉県に根付くことは珍しいとのことなのですが、長福寿寺のミツガシワは200平方メートルの円頓池を覆うほどに群生しています。
 ちょうど、今週末が見頃となることでしょう。

本日は長岳仏師の最後の開眼供養会でした 平成26年3月16日

長岳仏師の最後の開眼供養会

今日は「仏像作り教室」の開眼供養会です。
 一心に彫り上げた仏像に「魂」を入れる仏事です。
 春は人数も少ないです。なぜならば、皆さん大きな仏像を彫っているため、半年や1年では彫り上がらないからです。
 なお、今回の教室をもって、長岳仏師が引退し、4月からは新生の「仏像作り教室」に生まれ変わります。
 「仏像作り教室」を始めて丸12年、長岳仏師には、本当にお世話になりました。
 大勢の生徒さんをお導き下さり、ありがとうございました。心より感謝申し上げます。

BS朝日の「房総半島一周の旅」にて長福寿寺が紹介されました。 平成26年3月15日

副住職 今井長秀

先の2月27日に放映されたBS朝日の「房総半島一周の旅」にて長福寿寺が紹介されました。
 この番組は、外房線の主要駅で下車し、その駅から行ける名所を紹介するものでした。大網駅では九十九里浜が、勝浦駅では勝浦海中公園が紹介されていました。
 そして、茂原駅では長福寿寺が代表となり紹介されたのです。
 とてもわかりやすい内容だったので、皆さまにも紹介いたしたく、お知らせ申し上げます。


Q)境内にゾウが居るのは何か理由があるのですか?
 
A)430年前の伝説に由来します。 ある時、長福寿寺の17代・豪仙 學頭(ごうせんがくとう)の前に「吉の象」が舞い降りて来たそうです。その由来に基づき「吉の象」を再建しました。
 ただ、せっかく再建するのですから、お檀家さまや信者さまに、そしてお子様からおばあちゃんまで、あたたかく接していただきたいと思い、「吉ゾウ(きちぞう)くん」と名前を変えました。
 お寺と云えば、観音様やお地蔵様を建立することが多いのですが、観音様やお地蔵様に子供が喜んで近づいて来るかと言われたら…近づいてこないですよね?
 お子様にも、おばあちゃんにも、「仏さまの教え」に触れて欲しい。すごく親しんで欲しい。…という気持ちがあったので、観音様ではなくあえて「吉ゾウくん」という可愛いゾウを建立させていただいたのです。


Q)吉ゾウくんの足元や本堂の階段に何か言葉が書いてありますが、これは何ですか?

A)「仏さまの言葉」を現代語訳し、わかりやすくしたものです。
 お参りしている中で足元のある言葉を見て「あ、そうだよね!」…と気づいてもらえば、それが生活の中で活かせる《生きた仏教》なのではないかと思います。
 
Q)これからは長福寿寺をどんな寺にしていきたいですか?
 
A)一言で言うと…《仏教のディズニーランド》 を築きたいと考えています。 
 ディズニーランドにミッキーマウスが居るように、長福寿寺には吉ゾウくんという仏さまがいます。
 お参りに来られた方々が、みんな明るく元気になっていただける。そういう心にして差し上げるのが長福寿寺の役目だと思っています。
 
 こんな内容の放映でした。
 長福寿寺の活動の一部分ですが「ご縁ある方々を明るく元気にしたい!」「地域を活性化したい!」という気持ちを、とても良く汲み取って下さいました。
 心より感謝申し上げます。

内山純子先生の研修会を開催しました 平成26年3月13日

内山純子先生

昨日は、南総教区研修所主催にて「南総天台の教線」についての研修会を開催しました。 
 講師は内山純子先生と濱名徳順師です。

 内山純子先生は、中世の関東における仏教諸宗派の研究における第一人者で、檀林寺である長福寿寺についても造詣が深い先生です。

 今回、長福寿寺を会場にしたこともあり、「天台宗檀林としての長福寿寺」のお話をとても詳しくしていただくことができました。

 「日本に三ヶ所の竪義有り。叡山の竪義は三塔、海道の竪義は柏原、坂東の竪義は長福寿寺なり。」と日本三大談義所(檀林=僧侶の学問所)であったことや、長福寿寺17世の豪仙學頭が比叡山の根本中堂を再建させたことなど、文献に基づきとてもわかりやすくご講義いただきました。

 自坊についての知識が少なかった私にとって、目からウロコでした。ありがとうございました。

青木新門先生にご講演をいただきました 平成26年3月7日

青木新門先生

先の3月7日、青木新門にご講演をいただきました。
 青木新門先生といえば、アカデミー賞受賞映画「おくりびと」の原作者として有名な方です。
 今回で4回目の講演依頼となるのですが、今まで以上に素晴らしいお話をいただくことが出来ました。
 特に「丸ごと認める…という思想は、仏教の教えそのものであり、私の心に大きな感銘を与えました。
 講演会後はご一緒に食事に行き、飲みに行き、大いに語り合いました。
 とても素晴らしいお話と教えをいただくことが出来、本当にありがとうございました。

他人と比較しても幸せになれません 平成26年1月7日

先日、医者の奥様が集まって、いろいろとトークするTV番がありました。
 何気なく見ていたのですが、その中で感じたことがあります。
 それは…他人との比較の中でしか幸せを感じることが出来い人がいる…ということです。
 その人は、他の人が話をすると、必ず自分と比較し、自分方が勝れている…と話し出す人でした。
 ご自身は気がついていないのでしょうが、比較していない幸せになれない症候群》の方なんですね。
 でも、他人と比較しても決して本当の幸せを得ることは出来せん。比較し始めると際限(きり)がないからです。
 いつまで経(た)っても他人と比較することに振り回されてしまいます。
 このことは、お釈迦さまも

   「成功しない人は人に勝とうとし、
      真に成功する人は、自分に勝とうとする。」
   と仰(おつしや)っています。


他人と比較するのではなく、本当の自分を好きになる。
自分の心を高めていく …それが仏教であり、
 本当に幸せになる唯一の道
なのではないでしょうか。

寒村から日本一の農村を作り上げた藤原村長にお会いしてきました 平成26年1月25日

藤原忠彦氏

長野県川上村の村長・藤原忠彦氏にお会いしてきました。
 藤原村長は、平均気温8℃、「信州のチベット」と呼ばれ、出稼ぎをしなければ生活が成り立たなかった寒村を、たった26年で[平均年収2500万円]の日本一強い農業村に変身させた名仏村長として有名です。
 現在では、人口増加率も4.5%、農業後継者の平均年齢も29歳と大変若く、外国人実習生の受け入れにも積極的に取り組み、平成23年の野菜の総取扱高は159億円にものぼるということです。
 また、経済至上主義では川上村の長い繁栄は期待できないと、教育・人材育成にも力を注いでいるそうです。
 とてもパワフルかつ、親しくご指導下さいました。
 長南町もこんな町長が誕生すれば…必ず繁栄しますね。

黒田クロさんからの教え 平成26年1月13日

黒田クロ

いつも「ひろさちや先生の講演会」にご参加いただいている講演家・クロちゃんこと、黒田クロさんからいただいたお手紙に素敵なメッセージが入って入っていたので、ご紹介させていただきます。

  【子供は自分に目を向けて欲しいのサインを出している】  

   …身にしみますね~!    黒田クロ http://kuro-ds.com/

ぐるっと長南《縁起寺・パワースポットめぐり》を企画しました 平成25年12月5日

ぐるっと縁起寺・パワースポット巡り

長南町の観光立町を目指し、長南町でも評判の高い開運・招福の《縁起寺・パワースポット》を厳選、スタンプラリー形式でお参りしていただく初詣特別企画を実施することになりました。
 「運気上昇間違いなし!」です。
 ぜひ、長南町に初詣にいらして下さい。

 ■詳しくはホームページ《http://www.choufukujuji.com/index.html》をご覧下さい。

【報告です-大盛況でした! ぐるっと長南《縁起寺・パワースポット》めぐり】
  
  1月元旦~5日まで行われた【ぐるっと長南《縁起寺・パワースポット》めぐり】が大盛況の内に終了しました。
  5日間とも快晴に恵まれたお陰で、参加者数は1000名を超え、見事にすべての寺院・スポットをめぐりラッキーアイテムを手にした方も500名近くに上りました。
  加盟寺院の方々が、境内を掃除したり、看板を立てたり、お茶のお接待をしたり…と心温まる「おもてなし」をして下さったお陰で、ご参加者からの評判も上々で、お褒めの言葉も数多くいただくことができました。
  来年も、さらにパワーアップして開催したいと思います。ありがとうございました。

本年最後の「ひろさちや先生」講演会が開催されました 平成25年11月30日

ひろさちや先生

本年最後の「ひろさちや先生」講演会が東京・金蔵寺ホールにて開催されました。
 今回は初めての方が結構居たので、前半は「道徳」と「倫理」と「宗教」の違いを…。
 後半は『法華経』の常不軽菩薩の譬えを引用し、「すべてのモノ事を《ありがたい》と思えるようになるのが仏さまの教えなんです。」ととても素敵なお話をいただきました。
 あまりにも素敵なお話だったので、「録音していないの?」との問い合わせが殺到…「残念ながら録音はしておりません。ぜひ、次回もおいでください。」とお応えさせていただきました。
 また、本年最後なので、講演会終了後は「忘年会」です。5時半から8時まで大いに盛り上がりました。とても楽しかったです!
 来年の日程は①2月1日(土) ②4月26日(土) ③7月5日(土) ④9月27日(土) ⑤11月29日(土)です。ぜひご参加ください。
 ●詳しくはHP【http://www.choufukujuji.com/event_4/index.html】をご参照下さい。

みー君ママさん、ご紹介いただきありがとうございます 平成25年11月27日

みー君ママ

みー君ママさんが「観光ガイド」に紹介下さいました。
 その中で「こちらのお寺は運試しなどの色々なイベントがあって楽しいお寺です(*^▽^*)お寺の独特の雰囲気よりもやわらかい雰囲気が感じられますよ(*^▽^*) しいて言うならば、色で例えれば薄いピンク。温かさでいうならば、人肌の心地よい温かさ。 そんな雰囲気が漂うお寺でございます(*^▽^*) 」…と一番嬉しい言葉をいただきました。私が目指す寺院に少しだけ近づいて来たようです(嬉)

   http://ameblo.jp/me-kunneko/entry-11711365981.html

千葉モノレールの合格祈願切符 平成25年11月25日

さくらさく合格祈願切符

長福寿寺にて千葉モノレールの「さくらさく合格祈願切符」と「落ちないお守り」を祈願ししました…毎年恒例です。
 受験生の皆さん、がんばれ~!!
 http://chiba-monorail.co.jp/index.php/20131122/

教師研修会が開催されました 平成25年11月25日

齋藤圓眞先生

11月25日(月)に一宮館で教師研修会が開催されました。
 講師は前教学部長であり、慈覚大師円仁の研究において第一人者といわれる齋藤圓眞先生です。
 現在、慈覚大師1150年の御遠忌にあたり天台宗においても大法会が行われています。
 今回の研修会では「慈覚大師の有り難さ」と題し、天台宗を一宗として大成させた慈覚大師円仁の行跡についてお話をいただきました。
 ちなみに、慈覚大師は日本三大旅行記の1つである「入唐求法巡礼行記」を記した方であり、日本で初めての大師号をいただいた方でもあります。

荒れ地(耕作放棄地)対策に国が乗り出した 平成25年11月16日

荒れ地(耕作放棄地)対策に国が乗り出した

荒れ地(耕作放棄地)問題は、我々のような田舎では大問題です。
 農家の跡取り息子たちが都会へ出てしまい、親御さんたちも亡くなってしまう…残された田圃は草ボウボウで荒れ放題。でも、息子さんたちは地元に住んでいないので草刈りもせずに知らんぷり…そんな耕作放棄地が爆発的に増えています。
 長福寿寺の門前にも写真のような荒れ地が…。(手前は耕作地、向こう側が耕作放棄地)
 見た目も悪いのですが、何よりもマムシの繁殖地になったり、火事の危険があったりと、本当に恐いのです。
 長福寿寺が買い上げると申し出ても、諸事情や欲望が絡み合い、なかなか話が進みません。
 ぜひ、行政からの指導も進めて欲しいものです。
 (長福寿寺の前の耕作放棄地の写真はココをクリックして下さい。)
 (朝日新聞 2013.11.16の記事はココをクリックして下さい。)

鹿児島の「峰浄寺」と「法城寺」を訪問して来ました 平成25年11月13日

鹿児島の「峰浄寺」と「法城寺」を訪問して来ました

友人の社長就任パーティーが鹿児島であり、出席して来ました。
 折角だからということで、鹿児島でもアグレッシブに活動し、元気をもらえるお寺として有名な(紫雲山 峰浄寺の小島ご住職)と(護国山 法城寺の小牟田ご住職)を訪問して来ました。
 どちらも真言宗の寺院なのですが、敷居が低く、生きている人を対象に仏教を説く、とっても素敵なお寺でした。
 私のために2時間以上もの時間を割いていただき、いろんな教えを授けてくださいました。
 本当にありがとうございました。
 ●http://www.kyushyu88.com/temple46.php(峰浄寺)  
 ●http://www.houjyoin.com/ (法城寺)

秋のタネ蒔き祭りを開催しました 平成25年11月10日

秋のタネ蒔き祭りを開催しました

【紅花 秋のタネ蒔き祭り】を本日は開催しました。
 昨晩にも雨が降り、午前11時には雨が降り出すとの予報で無事に開催できるのか心配していたのですが、どうにか天気も持ち、タネ蒔き&バーベQを実施することができました。
 昨晩が雨だったので延期だと思ったのか、人数的には少なかったのですが、皆さんのガンバリで全てのスケジュールを修了させることができました。感謝、感謝です。
 バーベQが終わった途端…ザアザア振りの大雨です。

御本尊が朝日新聞で紹介されました 平成25年10月29日

朝日新聞

現在、長福寿寺の御本尊・福寿阿弥陀如来は県立中央博物館へお出かけ中です。
 「上総の仏教美術Ⅱ-山武・長生」の企画展に出展しているためです。
 朝日新聞では「長南町の長福寿寺の木造阿弥陀如来坐像は、県内の平安時代後期の定朝様式の彫刻を代表する名作といわれている。優しく柔和な表情は、京都府宇治市にある平等院の阿弥陀如来坐像とよく比較される」と紹介されています。

       ■朝日新聞の記事→【ここをクリック

講演会「南総の大寺 長福寿寺」が開催されました 平成25年10月26日

南総の大寺 長福寿寺

今日は、南総教区研修所主催の研修会『南総の大寺 長福寿寺』が開催されました。
  自坊がテーマになるのは…ちょっと恥ずかしい。それも、濱名所長の指令により司会を務めたので尚更です(笑)
  台風の真っ直中なので、濱名所長と2人きりかな?…と思っていたのですが、それでも40名近くの方々が参加して下さいました。ドシャ降りの中を本当にありがとうございます。
  毎日拝んでいる御本尊ですが、こうやって話しを聞くと、あらためて「凄さ」がわかります。
  なお、同時開催の企画展「上総の仏教美術Ⅱ」には、長福寿寺の御本尊も公開されております。
  ぜひ、訪ねてみて下さい。(パンフレットの表紙が長福寿寺の御本尊です)
    【パンフレット】

シティライフが記事にしてくれました!! 平成25年10月16日

シティライフが記事にしてくれました!!

【仏像展覧会】【滝田栄さん講演会】をシティライフが記事にしてくれました!! 

シティライフさんは仏像教室を始めた当初からいろいろと力になってくれています。

ありがとうございます。

    http://www.cl-shop.com/blog/2013/10/11/3227/

伊豆の名仏めぐりに行ってきました 平成25年10月13日

瑞林寺 地蔵菩薩坐像

「仏像作り教室」のメンバー30名と共に、10月の11日(金)・12日(土)と伊豆の名仏めぐりに行ってきました。
 初日は富士市の【瑞林寺】、沼津の【西光寺】【龍音寺】【北條寺】へ。2日目は【修善寺】【願成就院】、そして【かんなみ仏の里美術館】を参拝しました。
 【瑞林寺】では、運慶の父である康慶の作である《地蔵菩薩坐像》…とても優しい顔立ちでした。
 【西光寺】は阿弥陀三尊像です。この阿弥陀様も隠れた名仏ですね。また、奥様がべっぴんだったと同行者一同がため息をついていました(笑)
 【龍音寺】の観音様は平安仏。つい先頃に平安仏だとわかったとのことです。ぜひ訪れてみたい素晴らしい観音様でした。また、ご住職と奥様がとても気さくで明るい方でした。
 【北條寺】では阿弥陀如来坐像と観音菩薩坐像を参拝させていただきました。
 2日目の朝は宿から歩いて【修善寺】へお参りし、吉野真常禅師よりご法話を賜りました。
 【願成就院】…今回のメインです。国宝の阿弥陀如来像・不動明王像・毘沙門天像…運慶美術館と云われるだけあって、どれをとっても惚れ惚れする名仏です。数年前までボロ寺だったとは…驚きです。
 【かんなみ仏の里美術館】は実慶の阿弥陀三尊像が飾られていました。
 こんなに近い伊豆で、こんなにも素晴らしい仏像の数々を参拝することが出来、本当に感激です。

長福寿寺についての講演会も開催されます 平成25年10月7日

南総の大寺 長福寿寺

県立中央博物館 大多喜城分館の企画展「上総の仏教美術Ⅱ-長生・山武-」に合わせて特別講演会が開催されます。
 テーマは…何と! 「南総の大寺 長福寿寺」…え? ウチ?!
 講師は、中世東国の仏教史研究の第一人者である内山純子先生と長福寿寺の本尊調査を担当した濱名徳順師の2名です。
 10月26日(土)午後1時30~4時ですので、奮ってご参加下さい。聴講は無料です。

       ■企画展のご案内→【ここをクリック

ケニアの孤児の自立を支えるビックママの講演会です 平成25年10月7日

菊本照子さん

来る10月26日(土)、東京・金蔵寺にてケニアの孤児の自立を支えるビックママ《菊本照子さん》の講演会があります。
 テーマは「ケニアの子どもたちは、今!」です。
 子供たちが手作りしたアクセサリーのバザーも同時開催します。
 入場無料ですので、どうぞおいでください。

 菊本照子氏のブログ→http://ameblo.jp/scckenya/

8組ものカップルが誕生しました~!!! 平成25年9月29日

恋のパワースポット巡り

昨日行われた長南町の街コン【恋のパワースポット巡り】ですが、男女合わせて45名の参加者があり、そのうち8組ものカップルが誕生しました~!!
 今回は長福寿寺と笠森観音を巡る企画だったのですが、長福寿寺では、縁結びの守護神・結愛ちゃんの御前にて「縁結びの祈願のパワーストーン投げ」「結愛ちゃんの縁結びラブラブクイズ」「結愛ちゃんからの恋愛成就アドバイス」の3つのイベントをカップルで行ってもらいました。
 ゲーム的要素を含めたので、とても和気アイアイとした雰囲気が作れたのではないかと思います。
 1/3もの方々がカップルとして成立したことは、長南町では史上最多とのことです。
 結愛ちゃんの縁結びパワーが炸裂したのですね。
 皆さん、幸せになって下さいネ。

仏像彫刻特別展覧会が無事に終了しました 平成25年9月25日

仏像彫刻特別展覧会

22日から開催していた【仏像彫刻特別展覧会】が本日をもって終了しました。
 期間中は雨にもかかわらず、大勢の方々が観に来て下さいました。
 仏像そのものも素晴らしいですし、あと、添えてあるコメントにも皆さん感動していたようです。 それぞれの方が、仏像作りを始めたキッカケ、今回の作品に寄せる想い…などなど。
 これで「仏像作り教室」を始めて11年半が過ぎましたが、これからも多くの方々にとって心の拠り所となれるよう精進したいと思います。

今日は「仏像展フェスティバル」です 平成25年9月22日

滝田栄氏の講演会

今日(22日)から25日(水)までの4日間、長福寿寺の本堂にて【仏像彫刻特別展覧会】を開催します。
  そして、展覧会に併せて午前7時から【仏像開眼供養会】、9時から【天台声明公演】、10時から【俳優・滝田栄氏の講演会】と催しがありました。
  【仏像開眼供養会】では、「仏像作り教室」の参加者100名が、自分で彫り上げた仏像を持ち寄り、住職に開眼していただきました。
  9時からの【天台声明公演】では、南総教区研修所の皆さんが持ち前の美声で天台声明を披露。
  10時からは、大河ドラマ「徳川家康」で主人公を務めた名優であり、仏師としても名高い【滝田栄氏】をお招きし、《仏像に祈りを込めて》と題してお話をいただきました。声明公演と講演会には270名もの方々がご参加下さいました。
  その後、1時から【仏像彫刻特別展覧会】の開催です。
  ただ単に、仏像を並べるだけではなく、仏像の心をより深く知っていただきたく数々のイベントを催させていただきました。とても充実し、楽しい1日となりました。

紅花天女のお稚児さんです 平成25年9月11日

紅花天女のお稚児さん

先般(9/8)に行われました御本尊・福寿阿弥陀如来の御縁日大法会でのお稚児さんです。
 長福寿寺のお稚児さんは、紅花の振り袖で着飾ります。
 今年は11名のお稚児さんが参加してくれました。
 大法会終了後に記念撮影です。

やっぱり…掃除が基本! 平成25年9月10日

掃除が基本!

先ほど、素敵なカップルがお参りに来られました。
  習志野にお住まいで、今日は銚子へ遊びに行っていた帰り道なんだそうです。
  …帰り道…というには…あまりにも遠回りなのですが、どうしても吉ゾウくんに逢いに来たかったと嬉しいお言葉をいただきました。
  その会話の中で「今日は銚子から長福寿寺に来るまでの間に、2ヶ寺ほど寺院をお参りしたけれど、全く掃除が出来ていなかったよ。〈○○巡り〉と銘打っている割には、仏さまに蜘蛛の巣があった。」とのこと。
  先般ご指導いただいた櫻木神社の髙梨宮司のお言葉にも「とにかく掃除が基本」とありましたが、これからも長福寿寺をピカピカに掃除し、皆さまの心を清められるよう努めます。

実践する人になれ! 平成25年8月17日

山形琢也先生

思うことは誰でも思う。
差がつくのは、思うことを徹底して実践する人と、ただ思うだけに終わってしまう人との「行動力」の差で決まるのだ。

 (私のお師匠様・人間コンサルタント 山形琢也先生の教え)

 当時、私は社会人1年目(23歳)でした。
 その時に、山形琢也先生に巡り会えたことは人生最大の宝です。
 上記の教えを骨の髄まで叩き込まれました。
 お陰で今があります。

長福寿寺の休憩所に「吉ゾウくん」が出現!! 平成25年8月13日

吉ゾウくんの自動販売機

長福寿寺の休憩所の自動販売機に「吉ゾウくん」が!!!
 ご来山の皆さまにドリンクも楽しんでいただきたいということで、業者にペイントしてもらいました。
 「ちょっと一休みだゾウ♫」「飲むと幸せになれるゾウ♫」です。
 次は…買うと「吉ゾウくんからのメッセージ」がもらえるようにしようかな~。

高い目標を樹てる! 平成25年8月1日

高い目標を樹てる!

初めに高い目標をもってチャレンジし続けなければ成功は無い。
 最初から安定を求めていてはダメなのだ。
 環境が絶えず変化している中では、危機感をもってチャレンジし続けなければ必ず衰退する。
 いつでも新しいことに挑戦し続け、自分で考え、自分で実行することが重要なのだ。
 変化させることのできる人(組織)だけが、生き残ることができるのだ。
  

   …私の座右の銘です。(日本経営合理化協会 理事長 牟田学談)

本日は南総教区研修所の定例研修日です 平成25年7月31日

南総教区研修所の定例研修日

今日は、南総教区研修所の定例研修が開催されました。お盆前なので少し寂しい人数です。
 前半は教義(教え)です。荒川比さんと坂本観隆さんが『法華経』の如来神力品について解説しました。
 後半は法儀(声明)です。
 9月22日の「声明公演 in長福寿寺」に向けて皆さん懸命に練習しています。
 現在の申込者数250名…指導役の観隆さん、頼みますよ!

総持寺の参禅講師・大童法慧老師のお話を聞きました 平成25年7月28日

大童法慧老師

日本経営合理化協会主催の研修会で曹洞宗 総持寺の参禅講師・大童法慧老師のお話を聞きました。
総持寺には年間6000人もの人々が坐禅に来るとのこと。その方々、並びに160名の修行僧の講師役としてご活躍しているのが大童老師です。
 大童老師いわく「自分と他人を比べない。昨日の自分と今日の自分を比べない。今を懸命に生きること。そして、どこに居ても、何をしていても、そこが自分自身の修行道場なのです。」と熱く語ってくれました。年齢もほとんど同じですし、待合室でお話していても、とても気が合いましたので、また会いに行ってきます。

   大童法慧老師のインタビュー(YouTube)
  http://www.youtube.com/watch?v=SiQQq4Bn4s8

千葉県野田の櫻木神社にお詣りしてきました 平成25年7月20日

櫻木神社

千葉県野田にある櫻木神社にお詣りし、宮司の髙梨富弥先生にお話をお聞かせいただきました。
 櫻木神社は「桜」をテーマにしたとても素敵な神社で、ある方から「ぜひ一度伺い、高梨先生のお話を聞いて見なさい」と言われておりました。
 【徹底した掃除が原点】と語る高梨先生の言葉どおり、境内には塵1つなく浄められていました。
 「日常ではなく、別世界を創り出す。そして神様を感じてもらう場」の原点は掃除なんですね。
 長福寿寺もさらに、さらに掃除をして浄めなくては…。
 神道興隆にとても思い入れがある素晴らしい髙梨先生です。
 ぜひ、櫻木神社にお詣りし、髙梨先生のお話を伺ってみて下さい。

  ●櫻木神社  http://sakuragi.info/

【紅花天女】のお稚児さんを募集しています。 平成25年7月13日

紅花天女のお稚児さん

来る9月8日(日)、長福寿寺にてご本尊・お元気阿弥陀様の御縁日法要が盛大に執り行われます。
その大法要に参加する【お稚児さん】を募集中です。
単なる【お稚児さん】ではありません。鮮やかな紅花染めの振り袖を着飾り、紅花をまとった天女になって
長福寿寺を練り歩く《紅花天女》のお稚児さんです。
  さらに、昔から「長福寿寺のお稚児さんに3回出ると病気にならない」と伝えられる、ご利益タップリのお稚児さんです。ぜひ、お子様・お孫さんを《紅花天女》に変身させましょう。
 ●詳しくはパンフレットをご覧下さい。 (パンフ表) (パンフ裏) 

明朝(7/10)のNHK「おはよう日本」を観よう!! 平成25年7月10日

スモークツリー

明朝(7/10)の午前5時20分~30分のNHK「おはよう日本」で、長福寿寺のスモークツリーが放映されます。全国放送です。
 長福寿寺のスモークツリーは県下最大級で、かなり見応えがあります。
 ぜひ、明朝は早起きしてNHK「おはよう日本」を観て下さい。

ひろさちや先生の講演会を開催しました 平成25年6月30日

ひろさちや先生

【ひろさちや先生の講演会を開催しました】  昨日(6/29)は、ひろさちや先生の定期講演会を開催しました。
 いつものように、東京・金蔵寺様のホールをお借りし、開催しました。
 梅雨の晴れ間に88名もの方々がお集まり下さり、ひろ先生のお話を熱心に聞いていました。
 今回は「過去を追わない。未来を求めない。今を一心に生きる」というお話と、「今の状態だけを見て《ものごと》や《人》を判断してはいけません。全く違う面も必ずもっているのですから…不可思議、不可思議」という2つのテーマについてお話下さいました。
 次回は10月5日(土)。お盆や本尊の御縁日のため、少し間が空きますが、楽しみです。

長南小学校・豊栄小学校の皆さんからお礼状をいただきました 平成25年6月28日

小学生からのお礼状

紅花祭りの期間中に、長南小学校、並びに豊栄小学校3年生の皆さんが、校外学習として紅花を観察に来ました。その時に紅花の由来や特徴・用途などをお話させていただきました。すると昨日、小学生の皆様からお礼状が届きました。皆さん喜んでいただけたようで嬉しいです。

 ●長南小学校
 ●豊栄小学校

エビケンのダンス&パフォーマンス、大いに盛り上がりました!! 平成25年6月23日

6月18日での紅花です 平成25年6月18日

紅花

【6月18日での紅花です】
http://www.youtube.com/watch?v=wMRnRa7LwrI&feature=youtu.be (baronさん撮影)

新聞各社さんも「紅花が見頃」と記事にして下さっています。 平成25年6月18日

山形紅花のルーツ

現在、紅花が満開です。
 新聞各社さんも「紅花が見頃」と記事にして下さっています。
 ありがとうございます。

毎日新聞(6/18)
千葉日報(6/17)
読売新聞(6/16)
産経新聞(6/15)
朝日新聞(6/14)
毎日新聞(6/11)

エイベックスの法律教材を合格祈願させていただきました 平成25年6月15日

エイベックスの教材販売事業

【エイベックスの法律教材を合格祈願させていただきました】  エイベックスが肝いりの新事業として《法律教材の販売》をスタートさせます(6月21日より販売開始) ※エイベックス-浜崎あゆみ・倖田來未・EXILE・安室奈美恵など日本を代表するアーティストを擁する総合プロダクション。
 長福寿寺が、その教材の【合格祈願】を修させていただきました。
 日本中の合格祈願寺の中から、どうしても長福寿寺にて合格祈願をして欲しいとの依頼があり、快くお受けさせていただきました。
 学頭と私で心を込めて御祈願させていただきます。
 初回特典として長福寿寺の合格祈願御守も付けております。
 ご興味ある方は、ぜひ覗いて下さい。

  ●教材については-http://joshiana-cdbook.com/
  ●合格祈願の動画-https://www.youtube.com/watch?v=DyNEU9D078I&feature=player_embedded
  ●Yahoo!ニュース-http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130614-00000001-cdj-musi

まもなく満開です-長南【紅花】-朝日新聞 平成25年6月14日

まもなく満開です-長南【紅花】-朝日新聞

長福寿寺の紅花が間もなく満開を迎えます。
 今週末が見頃なのではないでしょうか。
 この記事は『朝日新聞』さんです。
 これまで、『毎日新聞』さん、『千葉日報』さんでも記事にしていただきました。
 また、今日(14日)午後6時10分からのNHK「首都圏ネットワーク」でも放映されます。
 もしご都合付く方は…観て下さいネ。

  ★朝日新聞の記事

【「道の駅」夏号に《紅花祭り》が紹介されました 平成25年5月31日

道の駅

「道の駅」千葉県版・夏号(P18)に、長福寿寺の紅花祭りが紹介されました。
  4/27に圏央道が通ったので、東京・神奈川・千葉からもかなり便が良くなった…そのお陰ですかね?
  一番花も咲き、いよいよ本格的な紅花シーズンです。
  皆様にも、どうぞ応援よろしくお願い申し上げます。

  ■「道の駅」の記事はコチラをご覧下さい。【道の駅

京成バラ園に行ってきました。 平成25年5月28日

京成バラ園

梅雨に入る前に…京成バラ園に視察へ行ってきました。
実は、吉ゾウくん&結愛ちゃんの後に「バラの園」を造ろうと思っているので、どんなデザインにするのが素敵なのかを調査しに行ったのです。 
もちろん、奥様と一緒なので、デートも兼ねて…。
満開のバラと物凄い人出にビックリでした。
 

今年もきれいなバラが咲きました! 平成25年5月15日

ばら

お檀家の大森善正さんが愛情込めて育て、管理して下さっているバラが満開となりました。
 このバラは、お参りの方に喜んでいただけるよう ①花の期間が長い ②香りがとても良い ③トゲが無い …この3点を踏まえて改良し、育ててくれています。
 今年の冬には本堂前に移植し、吉ゾウくん&結愛ちゃんの後で咲き乱れるようになります。
 とても楽しみですね。

今日は「土ぼとけ教室」が開催されました 平成25年4月29日

土ぼとけ

今日は本堂で「土ぼとけ教室」を開催しました。
 「土ぼとけ」とは-陶芸の土で可愛いお地蔵さまを作る教室です。
 陶芸の土ならば、誰でも簡単に、ワイワイ楽しくお地蔵さんを作ることができます。
 また、できあがったお地蔵さまのカワイイこと、カワイイこと…。
 お地蔵さまなので、お仏壇にお奉りすることもできますが、玄関に置いてもみんなを笑顔で出迎えてくれます。人気者になること間違いありません。
 作る時間も2時間程度と大変手頃なので、今回は21名の方がご参加されました。
 本寿院住職の三浦尊明先生の指導のもと、皆さん楽しくお地蔵さんを作れたようです。

ひろさちや先生の定例講演会を開催しました 平成25年4月28日

ひろさちや先生

昨日、27日(土)に、ひろさちや先生の定例講演会を開催しました。
 この講演会は2ヶ月に一度、東京・蔵前の金蔵寺ホールにて開催しているのですが、今回は日程調整を失敗し、G・Wの初日に当たってしまいました。
 皆さんご予定が詰まっているにもかかわらず、80余名もの方々がお集まり下さり、大賑わいの中で開催することができました。
 今回も『法華経』が主テーマだったのですが、その中でひろ先生は--「考え方は様々にあるんだよ」「すべてが素晴らしい存在なんだよ」というモノの見方を教えているのが『法華経』なんです--と語りかけてくれました。とても心打たれる講演会でした。
 次回は6月29日(土)です。

天台声明の公演会…満員御礼でした 平成25年4月22日

天台声明の公演会

昨日(4/21)に天台声明公演会が千葉市美術館で開催されました。
 これは、仏像展「仏像半島―房総の美しき仏たち」(http://www.ccma-net.jp/index.html)に合わせて企画されたイベントで、天台宗南総教区研修所が「四箇法要」という仏教音楽を披露したものです。
 当日は雨降りにもかかわらず、170名もの方々にお出でいただき、荘厳な雰囲気の中で声明公演を行うことができました。
 全体的には大成功で、「この公演のCDが欲しい」という方までいました。…でも、個人的には知らず知らずのウチに緊張していたのか、普段のように声が出ない、息が続かない…反省点多数で、かなりヘコんでいます。
 秋には、長福寿寺の仏像展に合わせて再チャレンジしたいと思います。

5月5日の【吉ゾウくん御縁日祭】のパンフレットが出来ました 平成25年4月18日

吉ゾウくんの御縁日祭

5月5日の【吉ゾウくん御縁日祭】のパンフレットが出来ました
 この日は、「いつもより10倍もの願いが叶う日」…と伝わる御縁日です。
 吉ゾウくんも、結愛ちゃんも、しっかりとドレスアップします。 
 年に一度のこの日に、願いを叶えにお越しください。

  ■詳しくはパンフレットをご覧下さい。【表面】【裏面

ミツガシワの群生です 平成25年4月6日

ミツガシワ

長福寿寺のミツガシワが咲き始めました。 
 寒冷地、それも湿地帯に咲く植物とのことですが、何故か長福寿寺には群生しています。…秘境だから?
 4月になると白く可愛い花を咲かせます。
 珍しいのでカメラマンも撮影しに来るんですよ。
  花言葉は…「私は表現する」

瑠菜さんが吉ゾウくん&結愛ちゃんパワーをもらいまくりです!! 平成25年4月5日

あなたのLOVE CHIBA教えてキャンペーン

こんにちわ (#^_^#)
 先日、長福寿寺に訪れて、吉ゾウくん と 結愛ちゃん のフォト撮影させて貰いました。
 そして・・・
 ラブラブちば~あなたのLOVE CHIBA教えてキャンペーン~
http://www.kanko.chuo.chiba.jp/campaign/back_number?v=1&pg=3
 コメントを添えて、フォトを投稿した所!
 ①素敵なお宿に泊まりま賞 (ペアー宿泊券)
 ホテルフランクス(千葉市幕張) 宿泊券 1組2名様 が当選!
 
やっぱり! 吉ゾウくん & 結愛ちゃん Wパワーの威力は
 (つд⊂)ゴシゴシ Σ(o゚д゚oノ)ノ凄ッ!って思いました (*-`ω´-*)ゞ

■2人の受験生 平成25年3月31日

長福寿寺では合格祈願をしていることから、数多くのお母様や受験生本人から相談の電話をいただきます。
 その中の典型的な2人の話をいたしましょう。


 2人の受験生…2人とも本命は東京大学、そして滑り止めとして早稲田大学を受験しました。
 残念ながら2人とも東大の夢はかなわず、第2志望の早稲田大学に入学することになりました。
 同じ早稲田に入った2人ですが、そこから大きく人生が異なってきます。
 Aさんは「早稲田大学は、仏さまが私のために選んでくれた大学なんだ」…と気持ちを切り替え、一生懸命勉強し、遊び、恋愛もし、楽しく充実した学生生活を送りました。また、そこで知り合った方の縁もあり一流会社へと就職、素敵な女性とも巡り会い、幸せな家庭を築くことができました。 

 一方Bさんは…「私が行きたかった大学は東大であって早稲田ではない」…と嘆き続け、友達も出来ず、授業にも出なくなり、 とうとう早稲田を中退してしまいました。
  
  この2人、全く同じ境遇なのに、そのとらえ方、心の運び方 が異なり、その後の人生を大きく変えてしまった例です。

 同じ状況でも、自分自身のモノの見方、心の運び方をプラスに転ずれば、状況も好転し、幸せになることができるのです。
 逆に、マイナスに考えれば、自分の心を地獄に落とすこともできるのです。

 お経には「仏さまの住む極楽浄土は、人々から遠く離れた場所にあるのではなく、仏さまの教えを信じる貴方の心の中に存在しているのですよ」と説かれています。

 自らの心を極楽に運び、心豊かに楽しく生きるのも自分次第…
 自ら心を地獄に落とし、悲しみ苦しんで生きるのも自分次第
…なのですね。

女性の守り神・おすくひ夫人の春の大御縁日 平成25年3月29日

女性の守り神・おすくひ夫人

「おすくひ夫人」は、《婦人病除け》《婦人病平癒》《尿失禁封じ》御利益が高いといわれる神様で、特に“40歳以上の女性”に多い『子宮の病気』には優ぐれたご法力があると云われます。
 特に4月13日(土)・14日(日)は、ご利益が10倍増すると云われる《春の大御縁日》です。
 最近は子宮関連の病気を持つ方などが年間3万人以上お参りされるなど、大変注目されています。
 御縁日では、普段入れない長福寿寺の根本中堂にお入りいただき、おすくひ夫人の前にて皆さまと共に読経し、婦人病平癒・婦人病除けを強く祈願させていただきます。
  婦人病でお悩みの方、もしくはそのご親族の方はぜひお参りにいらして下さい。
 詳しくはHP【http://www.choufukujuji.com/kigan_6/index.html】をご覧下さい。

南総教区研修所の研修会…「声明」を練習しました 平成25年3月26日

天台声明公演

今日は南総教区研修所の定例研修会です。
 4月21日(日)に千葉市美術館で行われる声明公演に向けて実地練習をしました。
 皆さん個人練習を積んで来ただけあって声が良く出ています。
 あと、3回の集合研修を行って本番に備えます。
 4月21日(日)午後3時~ 千葉市美術館1階さや堂ホールです。観覧無料ですので、どうぞお出で下さい。

         天台宗南総教区研修所「天台声明公演—四箇法要—」
                  4月21日(日)15:00より(14:30開場)
            千葉市美術館1階さや堂ホールにて/観覧無料
                                           
                      詳しくはHPにてご覧下さい。
                    http://www.ccma-net.jp/event_03.html

歌手の小南泰葉さんが人形供養に来山された様子が掲載されています 平成25年3月25日

小南泰葉

先日、シンガーソングライターの小南泰葉さんが来山され、人形供養を行いました。
 その時の様子が泰葉さんのHPに掲載されました。
 泰葉さん自身が作った人形とのことで、凄く心を込めて供養していた姿が印象的でした。
      HPはhttp://kominamiyasuha.jp/news/ です。

斉藤ひとりさんがお参りに来てくれました 平成25年3月22日

斉藤ひとり

今日は久し振りに「斉藤ひとり」さんがお参りに来てくれました。
  やっぱり、ひとりさんが来ると華やぎます。
  今日のひとりさんの名言
  「社長が忙しくしている会社はダメ、社長の仕事は《上手く回る仕組み》を作ること。」

3月24日の「雛人形供養会」が読売新聞で紹介されました 平成25年3月20日

人形供養の長福寿寺

今週末(3月24日)に執り行われる【ひな人形供養会】が「読売新聞・千葉版」にて紹介されました。
 私が人形を整理しているところの写真も掲載され、長福寿寺の人形供養に対する真摯な気持ちもしっかりと書いてくれました。記者さんありがとうございます。
 当日は、皆さまと共に読経供養し、お雛様に感謝の気持ちを伝えたいと思います。

特別仏像展覧会&天台声明公演が開催されます 平成25年3月19日

仏像半島

【特別仏像展覧会&天台声明公演が開催されます】

■仏像半島 ― 房総の美しき仏たち ―
   会期 2013年4月16日(火)~ 6月16日(日) 
      会場 千葉市美術館

    房総を代表する諸仏(長福寿寺のご本尊・福寿阿弥陀如来も展示されます)のほか、長らく非公開であった秘仏や新出の仏像を数多く含み、まさに決定版といってよい内容です。その魅力にふれるまたとない機会を、どうぞお見逃しなく!詳しくはHPにてご覧下さい。http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2013/0416/0416.html


■今井長秀も出演!! 天台声明公演
   天台宗南総教区研修所「天台声明公演—四箇法要—」
   4月21日(日)15:00より(14:30開場)
    1階さや堂ホールにて/観覧無料
  詳しくはHPにてご覧下さい。http://www.ccma-net.jp/event_03.html
         ※不肖・今井長秀も一生懸命練習しております。仏像展覧会と併せて、お楽しみいただけますと幸いです。

今日からお檀家さん廻りです 平成25年3月18日

お彼岸

今日からお彼岸の棚経(お檀家さん廻り)です。
 一件一件お伺いし、一緒に『円頓章』をお唱えします。
 最近では、棚経を止めてしまう寺院も増えたようですが、長福寿寺ではお檀家さんとのコミュニケーションを深めるため、遠方以外の全檀家さんを廻るようにしています。
 先日、キリスト教の牧師さんから云われたのですが、「仏教はイイですね。信者さんの自宅へ伺うことが出来て…。キリスト教は教会に来てもらうだけなので、相手の家族構成や家庭環境などが全くわからず、具体的に教えを示すことが難しいんです。」とのこと。
 やっぱり、ご自宅に直接伺うことは大切なことはなのですね。
 もちろん私一人では無理なので、お弟子さんと分担して…。
 今回は長男・大空も手伝ってくれているのでゆったりと廻ることができます。ありがたや、ありがたや。

今日は「仏像作り教室」の開眼供養会&研修会です 平成25年3月17日

仏像作り教室

今朝は7時から「仏像作り教室」の開眼供養会を執り行いました。
 総勢32名が自ら彫り上げた仏像を前に、我々と共に読経し、焼香し、開眼を祝いました。
 「仏像作り教室」の生徒さんは100名居るのですが、大きな仏像に挑戦し、長期に渉り掘り続けている方などが居るため今回は32名となります。
 中でも銀杏の木で作ったお地蔵さんなどは見ていて惚れ惚れするほどです。 
 皆さんの愛情がタップリとこもった仏像でした。
 そして、その後は引き続いて研修会です。
 今回は、実際に「天台止観」を実践し、姿勢や呼吸法などを確認、心の安らぎを会得していただきました。

南総教区研修所の研修で鎌倉巡礼に行きました 平成25年3月13日

南総教区研修所の研修会

私が所属する南総教区研修所の定期研修会で鎌倉の神社仏閣巡礼を行いました。
 当日は僧侶の方、信者の方など20名がご参加下さり、早春のポカポカ陽気の中を「鎌倉宮」「荏柄天神」「建長寺」「長谷寺」「鎌倉の大仏」と巡礼して廻りました。
 研修所所長の濱名徳順師からは「鎌倉の歴史」「各神社仏閣の由緒」「仏像の解説」など、詳しいお話があり、私の方からも「パワースポットとしての側面」ということでお話させていただきました。
 お昼は有名な「鉢の木」で食し、ご参加の皆さんも大いに満足されているご様子でした。
 来年は「三浦半島の仏像めぐり」を企画したいと思います。

紅花-春のタネ蒔き祭りが行われました 平成25年3月11日

紅花

昨日10日(日)に「紅花-春のタネ蒔き祭り」が開催されました。
 ものスゴイ砂嵐の中、35名もの有志が集まり、丁寧に種蒔きをしました。
 今年は紅花を立体的に魅せるため3段構え[段々畑]にしたのですが、それに合わせて土を入れ替えたため、とても種蒔きしやすかったです。
 終了後はいつものようにビール&バーベQで舌鼓です(笑)

叡山学院教授・吉田実盛先生の講演会です 平成25年3月2日

吉田実盛先生

昨日(3月1日)に、叡山学院教授・吉田実盛先生をお招きし、講演会を開催しました。
 テーマは「天台の教えと浄土教」です。
 「死んだら本当に極楽や地獄に行くの?」「念仏するだけで極楽に行けるの?」「故人を供養する一番の方法とは?」などなど、とても深い内容のお話をいただくことができました。
 また、後半にはお坊さんが上手に説法する秘訣として「五段説法」を紹介し、実演までしていただきました。本当に充実した研修会でした。

千葉県版「道の駅」に長福寿寺&吉ゾウくんがデカデカと紹介されているゾウ♫ 平成25年2月28日

千葉県版「道の駅」

いよいよ圏央道の木更津-東金間が4/27に開通します。
 長福寿寺から車で3分のところにも「長南IC」が出来、東京・神奈川や北千葉方面からもお参りがしやすくなりました。
 それを特集した千葉県版「道の駅」の春号には長福寿寺&吉ゾウくんがデカデカと紹介されています。
 ぜひ、皆さん「吉ゾウくん&結愛ちゃん」に逢いに来て下さいね~。

特別展示会の記念誌が出来上がりました~ 平成25年2月22日

特別展示会記念誌

平成24年10月20日~22日、千葉市文化センターにて開催された「長福寿寺仏像作り教室の特別展示会」の記念誌が出来上がりました。
 今回の展示会には100名もの生徒さんが作品を出展して下さり、来場者も700名を超えて大盛況でした。
 その素晴らしい仏像の写真と皆さんのコメントを載せた記念誌です。
 出来上がってみると…その豪華さに私自身がビックリしています(笑)

南総教区研修所の定例研修会です 平成25年2月21日

南総教区研修所の定例研修会

昨日、南総教区研修所(所長・濱名徳順師)の定例研修会が開催されました。この研修会は毎月1回、教義として『法華経』を読み、後半は法儀として声明を練習します。教義は主として濱名さんが指導し、法儀は石堂寺の坂本観隆師が指導してくれます。毎回10名足らずですが、逆に中味の濃い、充実した研修会となっています。そして…なんと…4月には声明公演も行います。乞うご期待下さい。

昨日は僧侶の勉強会でした 平成25年2月19日

僧侶の研修会

昨日(18日)は東京・西光寺にて僧侶の定例勉強会がありました。
 この勉強会は毎月1回集まって、『摩訶止観』という仏教書を読み、意見を交わし合うものです。
 今回は3名ほど欠席だったのですが、宿坊研究会の堀内さんが飛び入り参加し、一緒に学びました。 そして勉強会終了後は実際に止観(坐禅)を行い、知識だけではなく、身体で仏の教えを体得します。とても有意義な勉強会でした。

ひろさちや先生の定期講演会を開催しました 平成25年2月10日

ひろさちや

昨日(2/9)、東京蔵前の金蔵寺ホール(金蔵寺・ご住職は藤田泰道師)において、ひろさちや先生の定期講演会を開催させていただきました。
  今回も80名を超える老若男女(18歳の乙女から90歳のお爺ちゃんまで居ます)が集まり、ひろ先生のお話に耳を傾けていました。
  今回から『法華経』のお話です。特に今回は「法華経とは何か?」という大まかなお話をいただきました。
  また、その話の続き(脱線)から、「極楽浄土は別世界にあるのではない。心の運び方一つで、今いる場所を極楽にすることができるのです」という深い教えをいただきました。
  皆さんの心が少しでも豊かになっていただければ幸いです。
  ひろさちや先生、そしていつも会場を貸して下さる藤田泰道先生、本当にありがとうございました。 次回は4月27日(土)です。ぜひ、ご都合繰り合わせの上、お出で下さい。

「夜回り先生」にお目にかかりました 平成25年2月5日

夜回り先生 水谷修氏

先般、「夜回り先生」こと、水谷青少年問題研究所 主宰 水谷修先生とお話させていただく機会を得ました。ご講演の後に30分ほど個別でお話を聴かせていただいたのですが、とても熱い方で心打たれるお話ばかりでした。
  水谷先生は、深夜の繁華街パトロールを通じて、非行や薬物汚染の防止を精力的に行っています。
  その主唱としては「子どもたちが非行や薬物に走るのは、家庭(親)に問題がある。親が夫婦喧嘩ばかりしていたり、イライラしたり、否定的な言葉をあびせ続けたら誰でも嫌になる。これはイジメも同じことだ。まずは親のしつけが一番大切。そして、親の心の病を治すには、身体を疲れさせることが重要。身体は疲れていないのに、心だけが疲れるからイライラしたり、攻撃的になったりするのだ。」と語って下さいました。

女性のためのタウンペーパー「アミーカ」に結愛ちゃんが掲載されました~ 平成25年2月4日

アミーカ

千葉・船橋・習志野・四街道・市原に無料配布される女性のためのタウンペーパー「アミーカ」に長福寿寺の結愛ちゃん(ゆめちゃん)が掲載されました~!
  ハッピーバレンタインの特集の中で紹介されています。
  …他の記事はチョコレートやホテルのバレンタインディナーなどです…ちょっと異色?
  でも、「恋や願いが叶うゾウ! ハッピースポットでご利益を授かろう!」と可愛く結愛ちゃんを紹介していただき、とても嬉しいです。「アミーカ」さん、ありがゾウ♫

今日は2月3日の節分会です。
  
平成25年2月3日

長福寿寺の節分会

今日は2月3日の節分会です。
  長福寿寺でも午後4時より「厄除け開運祈祷会」と「節分豆まき祭り」を執り行います。
  長福寿寺の「豆まき」は「鬼が豆を撒く」ことで有名です。
  自らの心の中に棲む鬼(飽くなき欲望・嫉妬心・怒る心)を追い出して、幸福を招き寄せるためです。今年も森川さんが「鬼のコスプレ」だ~!
  それにしても、撒くお菓子の量がすごいナ~。(わが奥様が調達係)
  また、番号札も撒かれ、景品が当たるんだよ(笑)

日本の仏教は死者を弔うことに特化しすぎました 平成25年1月10日

池上彰

池上彰さんの著書『池上彰と考える、仏教って何ですか?』を読みました。
 その冒頭に「日本の仏教は死者を弔うことに特化しすぎました。(中略)私たちが仏教との接点を見出せなくなったために、その真価が伝わっていないのです。」とあります。
 その上で、「魅力的なお説教をしたり、社会に出て人を救う活動に関わったり、ブッダの教えをわかりやすく伝えるコミュニケーターとなるなど、僧侶一人ひとりが仏教者としての個性を発揮すれば、仏教そのものがもっと活気を取り戻すのではないかと期待したい。」と結んでいます。
 まさにその通りですね。

聴 く (きく) 平成25年1月7日

聴く

先般、「人の話を聴くこと」の大切さを痛感しました。
 それは、僧侶4名で『法華経』の研究会を行っていた時のことです。
 その中の一人が、ひたすら持論を喋りまくり、他の人に話す機会を与えない。他の人が少しでも話を始めると話の腰を折る…という具合です。
 私も最初は聴いていたのですが、さすがに度が過ぎると思い、やんわり?と注意したのです。

 私     「Aさん(仮名)、平成24年に最も売れた本をご存じですか?」
 Aさん  「知らん」
 私       「『聞く』という本ですよ」

 やんわりと注意したつもりでしたが、全く効き目がなく、

 Aさん 「私は喋りたいんだから、喋らせろ」…と逆に怒られてしまいました…(汗)


 つくづく思うのは、僧侶は喋りすぎる
 …ということです。ワタシを含め(笑)

 でも、本当に人の心を救おうと思ったら

 「他人の話に耳を傾け、悩みを聴いてあげる」
                     …これに尽きると思うのです。

 まずは、相手の話を聴き、その心を知った上でアドバイスをする
  …いえ、本当は相手も話している中で「自分で答えを見つける」んですよね。

伝統とは絶えざる革新の結果 平成25年1月6日

 今朝(1/6)の『朝日新聞』に、日本伝統音楽研究センター所長 後藤静夫氏の言葉が掲載されていました。その内容は「文楽」についてなのですが、宗教(仏教)についても全く同じ事が言えるのではないかと共感し、ご紹介させていただきます。
 「文化・芸能には、変えてはいけない本質と、それを保証するために絶えず変革していかなければならない部分があり、その結果、現在まで生命力を保ったものを「伝統」というのだ。従って、伝統を担う者には、日々本質に挑み、自らに備わる「現在」に照らして血肉化して、周囲に提示してゆくことが求められるのだ。」

 …まさにその通りですよね。

「ぐるっと千葉」1月号に吉ゾウくん&結愛(ゆめ)ちゃんが掲載されました!! 平成24年12月22日

初詣は吉ゾウくんへ

今日発売の「ぐるっと千葉」1月号の初詣スポット(P41)に、吉ゾウくんと結愛(ゆめ)ちゃんが紹介されています。
 写真も大きく載っているし、とっても嬉しいです。
 今年の初詣は、ぜひボク(吉ゾウくん)と結愛(ゆめ)ちゃんに逢いに来て欲しいゾウ♫
 
 ※表紙裏も楽しめるゾウ♫

  裏表紙では二択で皆さんにピッタリのご利益をチェックすることができます。
  楽しんで欲しいゾウ♫

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引き続いての「望年会」も大盛り上がりでした 平成24年12月16日

黒田クロ

ひろ先生の講演会終了後、皆さんて「望年会」を催しました。
 講演会では、ひろ先生のお話を聞くだけですが、食事の場では、さらに砕けた話をしたり、質問をしたりと、大盛り上がりでした。
 また、ここ数回、大阪の人気講師・黒田クロさんも駆けつけて下さるので、2人で「なにわ漫才」をしてくれます。大ウケでした(笑)

ひろさちや先生の定期講演会を開催しました 平成24年12月16日

ひろさちや先生

12月15日(土)に、ひろさちや先生の定期講演会を開催しました。
 今回は、今年の締めくくりであり、また著書「釈迦」の最終講義ということもあり、いつも以上に熱の入ったお話でした。
 結論としては「地獄も極楽も自らの心の中にある」ということに尽きるのではないでしょうか。
 また、後半は「浄土」のお話です。先日亡くなられた先生のお母様の話をしながら「浄土」についてお話下さいました。受講者の中には涙を流す方もいて、とても心に響くお話でした。

若手経営者の研修会で名作庭師・小川治兵衛様にご指導いただきました 平成24年12月7日

植庭の名庭

挑戦する若手経営者のための【太陽会】研修会にて名作庭師として名高い小川治兵衛師よりお話を頂戴し、実際に名庭を拝見させていただきました。
 小川師は名作庭師・植治の11代目当主です。
 植庭の名庭といえば、京都はおろか全国的に有名で、平安神宮や円山公園、慶雲館、山県有朋邸などを手がけています。
 現当主の小川師も数々の名庭を手がけています。
 師いわく、「訪れた人の顔がにこやかになり、優しい気持ちになれる庭」を作っているとのこと。
 これは、寺院である私にとってスゴク、スゴク勉強になりました。長福寿寺の境内も小川さんに作庭してもらおうっと!

若手経営者の研修会で京都・真如堂にお伺いさせていただきました 平成24年12月6日

真如堂

挑戦する若手経営者のための【太陽会】研修会にて京都・真如堂にお伺いし、竹内貫主様よりご法話を頂戴しました。
 この【太陽会】は、日本経営合理化協会の牟田太陽専務を会長とし、日々研鑽を積もうという意欲あふれる経営者が集う会です。
 今回は私が幹事をさせていただいたこともあり、「京都の文化にふれる」企画をいたしました。
 その第一弾が真如堂でも読経体験とご法話です。
 日頃、会社経営に邁進されている皆さまに、さらに「心豊かに」生きていただこうと思い、企画しました。
 竹内貫主からは、「自分や自分の会社のことだけを考えず、社会や人々と協力し、共に生きていくことが事業繁栄を長く続ける秘訣である」といったお話を賜りました。本当にありがとうございました。

紅花のタネ蒔き祭りでした~ 平成24年11月11日

紅花の種蒔き祭り

今日は午前8時半より、長福寿寺の境内に紅花のタネ蒔きを行いました。
 紅花を育てる会のメンバー40名が集い、みんなで楽しくタネ蒔きを行い、その後はビール片手にバーベQです。
 タネ蒔きが楽しいのか…、バーベQが楽しいのか…それは秘密です。
 天気も問題無く、無事にタネ蒔きが終了。これで来年6月には、きれいな紅花が咲き誇ることでしょう。

いよいよ…11月23日(金・祝)は、吉ゾウくんの結婚式です♫ 平成24年11月4日

吉ゾウくんの結婚式

来る23日(金・祝)は【吉ゾウくんの結婚式】の結婚式です。
 どんな演出をしようか…今からワクワクです。
 ちなみに、お嫁さんの【愛称】決選投票が先月末で締め切られました。
 すでに確定したのですが…どんな愛称になったのでしょうか?
 ラブリーちゃん? 心幸ちゃん? それとも結愛ちゃん? 
 決選投票には合計600通もの投票を賜り、本当にありがとうございました。
 【愛称】の発表も11月23日です。お楽しみに…♫

長南町フェスティバルに出店してきました 平成24年11月3日

長南町フェスティバルに出店

今日(11/3)は「長南町フェスティバル」が町役場周辺で開催されました。
 私たち【紅花を育てる会】も出店し、「紅花染め工房」の実施、紅花アイスや紅花クッキーの販売などを行いました。
 「紅花フェスティバル」と異なり、町の住民が主たる来場者なので、販売する…というよりも、良きコミュニケーションの場です。
 私も大勢のおばあちゃんたちとスキンシップしてきました。楽しかったです。

柳津の微細彫りに行ってきました 平成24年10月27日

仏像づくり

「仏像作り教室」の皆さんと柳津の微細彫りに行ってきました。
 仏像彫りをしている以上、微細彫りという細かい彫り方、彫刻刀の使い方など学んでおかなければならないということで、微細彫刻士 金坂さん(写真中央の作務衣の方)の工房へ伺ったのです。
 小指ほどの観音様やお地蔵様など…カメラのピントが合わない…どうやったら彫れるんだろうと皆さん興味津々で、とても良い勉強になりました。

仏像展覧会が大盛況にて終了しました 平成24年10月23日

仏像特別展覧会

20日~23日まで、千葉市文化センターで開催していました【仏像特別展覧会】が大盛況にて終了いたしました。
 私は総責任者であるにもかかわらず、御縁日祭と重なったため、準備と最終日にしか居ることができませんでしたが、最終日の昼すぎにお邪魔したところ、すごい人出にビックリしてしまいました。
 芳名帳を見ると、なんと「700名」を超えているではないですか(驚)
 仏像…それもプロでは無い方が作った仏像の展覧会に、これほど多くの方々が感心を持っていただけるのかと嬉しくなりました。
 また、今回はメンバーの皆さんそれぞれが存分に力を出して下さり、その力が結集し、大盛況になったのだと思います。
 また、5年後に千葉で開催しようと誓い、終了させていただきました。感謝、感謝。
       (千葉日報さんも開催日前日に取材に来て下さいました)

今日から「仏像作り教室」の新期スタートです 平成24年10月16日

仏像作り教室

本日より「仏像作り教室」平成24年後期がスタートです。
 まず始めは火曜日コース。新規の方も10名、合計95名でスタートです。
 丸10年を迎えていよいよ盛況! 今週末からの【仏像特別展覧会(千葉市文化センターにて開催)】も楽しみです。

セメント打ってます 平成24年10月16日

セメント打ち

今日は朝からセメント打ちです。
 6月に新設したトイレの前を舗装し、車いすの方でも楽ラク使用できるようにします。
 皆さんが気軽に、親しくお参りできるように長福寿寺内を改造中です。
 …仏像教室の方々には迷惑をお掛けいたします。(すぐ隣に生コン車があり騒音がスゴい!)

今日は紅花畑の土作り作業です 平成24年10月14日

紅花

今日は紅花畑の土作り作業を行いました。11月11日(日)に開催される「秋の紅花種まき祭り」に向けての活動です。
 何事も同じかもしれませんが、何よりも「土壌作り」が基本です。
 良い土壌が素敵な紅花を育てます。
 みんなで「竹酢」「籾殻」「牛糞堆肥」を撒いて土作りをしました。
 雨も止んでくれたので、ありがたいことです。
 また、30名ものメンバーが集まってくれたお陰で作業もスムーズに進み、アッという間に終わりました。本当にマンパワーはスゴイです!

会津の仏像めぐりの旅に行ってきました 平成24年10月13日

会津仏像めぐりの旅

10月12日(金)・13日(土)と、「仏像作り教室」の生徒さんとご一緒に【会津の仏像めぐりの旅】に行ってきました。
 ①いわき市の【白水阿弥陀堂】-極楽浄土を模した庭園と建物、そして紅葉がとても素敵でした。
 ②徳一菩薩が開いた【勝常寺】-国宝の薬師如来など、圧巻の仏像がいっぱいでした。
 ③柳津の【微細彫】工房-親指ほどの大日如来や不動明王…。金坂仏師より手ほどきをいただきました。
 ④【上宇内薬師堂】-大きな大きな薬師如来坐像です。観光客もおらず、ゆっくりと参拝ができました。
 宿もアットホームな旅館「かわち」で、温泉ゆっくり浸かり、美味しい料理をいただきました。
 あと、12日のお昼は、手書きチラシセミナーの講師・出村邦彦先生のお寿司屋さん「すし八」にて寿司三昧! 美味しかった~! 皆さんからも大好評でした。

みのもんたの「朝ズバ!」に長新住職が… 平成24年10月11日

みのもんた

先日、TBS「みのもんたの朝ズバ!」にてカンムリ鶴さんが放映、その時に、またまた今井長新住職がインタビューを受けました。
 元気で面白いキャラなのでテレビ局も喜ぶんですよね(笑)
 また、住職も出たがり屋さんなので…(笑)(笑)

日テレにて放映されました~! 平成24年10月3日

日テレ

昨日午後6時のニュース「every」、そして今朝の「ZIP!」にて【カンムリ鶴】さんが放映されました。
 私は研修中だったため放送を見ていないのですが、大勢の方から「見たよ!」という電話やメールをいただき、本当にありがとうございました。
 朝の3時過ぎから昼まで撮影していたそうです。
 放映も関東だけかと思ったら…全国だったんです。九州や加古川、滋賀の方からもメールを頂戴し判明しました。
 今朝は多くの方が長福寿寺に押し寄せています(笑)

月下美人が咲きました! 平成24年10月1日

月下美人

今年も月下美人が咲きました!
 2年連続です。
 6時過ぎから咲き始め、まだまだこれから大輪の花になっていきます!(^^)!

カンムリ鶴が「鶴岡さん」の墓石の上に… 平成24年9月30日

カンムリ鶴

この写真は土曜日に下園さんが撮影したものです。
 カンムリ鶴さんが「鶴岡家」の墓石の上に留まり、羽を広げたから大騒ぎ…。
 「ツル」が「鶴岡家の墓石」に…と。
 なかなかサービス精神が旺盛なカンムリ鶴さんでした(笑)

カンムリ鶴もお冠(おかんむり)…? 平成24年9月30日

カンムリ鶴

9月27日の『読売新聞』(画像)に掲載された影響で、土日は物凄いカメラマンの数でした。
 朝早くから夕方遅くまで、境内でテントを張ってガンバる方もいて…。
 でも、カンムリ鶴さんからすれば…ちょっと迷惑? 
 何となく長福寿寺に来る回数が減ったような…。境内を歩き回ることが無くなったような…。
 少し寂しさを感じる副住職でした。

三界火宅 平成24年9月25日

三界火宅

南総教区研修所の月例研修会がありました。
 今回は『法華経』の譬喩品(ひゆほん)を宝聚寺の濱名徳順師が読み解く番です。
 譬喩品といえば、有名な「三界火宅の喩え」が出てくる箇所です。日本文学大賞を受賞した「火宅の人」も、この火宅から引用しています。
 ここで説かれていることは…「我々人間は、この世の中で欲望や嫉妬や怒りなどに振り回され、様々な苦しみや悩みを受けている。これは火事になって燃えさかる家の中に居るようなものだ。しかし我々はその燃えさかる家の中にいるにもかかわらず、火事に気づかず欲望のままに遊びほうけている。このままでは焼け死んでしまう。そこで仏さまは巧みな手だてを用いて人々を救うのだ。それも最初から高度な教えを説いても理解できないので、わかりやすいところから始まって、少しずつレベルを上げていき、救いの道へと導くのです。」…スッゴイ大ざっっぱに言えば…こんな内容です。
 今回は軽く(!?)読み解いて、来月の研修でディスカッションします。
 …しっかりと勉強しよう!

仏像の開眼供養会を執り行いました 平成24年9月23日

仏像特別展覧会

「仏像作り教室」の平成24年度前期コースが無事に終了し、心を込めて彫り上げた仏像を開眼させていただきました。
 今回開眼された方は43名、どの仏像も素晴らしい出来映えです。
 手前右側は初めての方が彫る[善財童子]、その左側は2期目の方が彫る[救世観音]です。
 後方にはベテランの方が彫った観音様や地蔵様も居ます。
 彩色までした四天王も見えますね。
 もっともっと重鎮の方の仏像は中央の台にお奉りされているので、写真では見えませんが数年がかりで作り上げたものもあります。
 仏師・椎名長岳師からも「皆さんの心の中に居る仏さまを彫り出したのですよ」との言葉をいただき、さらに意欲を増している皆さんでした。
 なお、今年は「仏像作り教室」10周年を記念し、【特別展覧会】を千葉市文化センターにて開催いたします。ぜひ《感動を呼ぶ名仏》を観に来て下さい。詳しくは長福寿寺のHP【http://www.choufukujuji.com/event_2/index.html】をご覧下さい。

カンムリ鶴が…ついにメジャーデビュー! 平成24年9月18日

いえいえ、今日の「毎日新聞」房総版に掲載されていました。
 お陰⁉で、「あのツルは私が飼っていたものだ」という方が3名も現れました(笑) 
  
  【毎日新聞の記事】

長老支配の組織に未来は無い… 平成24年9月15日

昨日の朝日新聞14面に「長老支配の自民党に未来はない」という読者からの声が掲載されていました。
 谷垣氏の立候補断念の理由が、党の長老である森元首相・古賀幹事長・青山元参院議員会長などの支持を得られなかったこと…に寄せて、「党の改革を推進しようという時に、既得権を守ろうとする長老の思惑通りに事が運ぶようでは自民党に未来はない」…と述べていました。
 その通りですね。
 どの組織でも同じですが、古参の方は自分の身を守るため、既得権を保持するするために変化を望みません。しかし、世の中は移り変わる…どんどんと組織が硬直化する…その差が広がり続け、死に体になっていく…。世の中を観れば、このようなケースはいっぱいあります。
 宗教界も同じかもしれません。
 ぜひ、長老の方々は、自分の身を守ること、既得権を保守することに汲々とせず、鳥瞰の目と寛容の心を持って、若い方々を育て、改革を推進して欲しいものです。

近づいてみると… 平成24年9月14日

カンムリ鶴

近づいてみると…

 羽を広げた姿は「鳳凰」みたいでしょ!

今日のカンムリ鶴は本堂の上で鳴いていました。 平成24年9月14日

カンムリ鶴

今朝は、長福寿寺本堂の屋根の上で鳴いていました。
 すぐ隣の寺務所に居たので、大きな大きな鳴き声に、しばらく仕事妨害…いえ、ウットリとしていました。
 本堂屋根の右上で羽を広げているのがカンムリ鶴です。
 …そろそろ名前募集しようかな~(笑)

日蓮宗の研修会に行ってきました 平成24年9月12日

飯高檀林

日蓮宗の研修会を飯高檀林で行うというので、他宗派(長福寿寺は天台宗)ながら出席させていただきました。
 天台宗南総教区の研修所職員として他宗の研修を参考にしたいということ、そして飯高檀林という同じ檀林寺(長福寿寺も檀林寺です)を一度訪れてみたいという気持ちから知人の馬渡さんに無理を聞いていただいたものです。
 講師は立正大学名誉教授の中尾堯文博士、テーマは「日蓮宗の本尊勧請について」でした。
 日蓮宗は本来「文字曼荼羅(文字で仏の世界を表したもの)」なのですが、時代を経るに従って仏像に変わっていったことや、その理由などをわかりやすくお話下さいました。また、内容もさることながら飯高檀林という立正大学の発祥地である古刹で学ぶことができ、とても嬉しかったです。

カンムリ鶴が飛び立つ寺 長福寿寺 平成24年9月11日

カンムリ鶴

今年初めに長福寿寺へやって来た【カンムリ鶴】ですが、すっかり​住人となりました。
  朝4時過ぎになると長福寿寺の本堂前で高らかに鳴いています。​…息子曰わくは「安眠妨害」とのこと…
  昼間も境内を歩き回り、参拝者の目の前を通り過ぎることもある​ので、皆さんから大人気です。
  たまに本堂の屋根の上で羽を広げた時には、まさに伝説の鳥【鳳​凰】です。
  最近の趣味(!?)は、駐車場に駐めてある車に自分の姿を映し​、喜ぶことです。…しかし、職員にしてみれば、自分の車に傷つけ​られるのではないかとヒヤヒヤしているようですが…(笑)

「禅の会」にて法話をしてきました 平成24年9月9日

禅の会

昨日は、東京巣鴨へ行き、法話と坐禅の指導をしてきました。
 この会は「禅の会」といって、本壽院の三浦尊明師が主宰している定期講座です。
 毎月、10~20名くらいが集まり、坐禅をしたり、写経をしたり、土ぼとけを作ったり…と2時間かけて楽しく仏教を学んでいるようです。
 今回は私が講師として招かれ、「明るく、元気に、楽しく生きる仏様の教え」をテーマに読経15分&法話1時間&坐禅30分&質疑応答15分のプログラムで皆さんと仏教について語り合いました。
 長い間、仏教を学び、実践している方々なので、とても具体的な質問が交わされ、充実した勉強会ができたと思います。
 葬式だけを行うのが仏教だと誤解されている昨今ですが、仏教は、死の教えではありません。皆さんが、「今」を生きるための教えなんです…ということを皆さんで共有してきました。

家族で陶芸体験をしてきました 平成24年8月7日

家族で陶芸体験をしてきました

8月6日に京都・岩倉にある晋六陶芸館(http://www.shinroku.com/)で陶芸体験を楽しんできました。
 女房の実家が滋賀県なので、お盆前の帰省です。(私は車で送り、翌日には千葉へとんぼ返りですが…)
 折角だから、家族で陶芸体験をしようとHPを探していたところ、京都の岩倉に「晋六陶芸館」があり、お邪魔させていただきました。
 子供たちも陶芸体験など不慣れなのですが、先生と奥さんがとっても気さくな方で、ギャグを交えながら楽しく教えてくれたため、みんなとっても喜んでいたました。
 前に体験した工房は、土だけをくれて、あとはご自由に…という感じだったのですが、今回の先生は「陶器は使ってこそナンボ…」と、しっかりとサポートしてくれたので、悲惨な形にならずにすみました。焼き上がったら、ちゃんと使います。
 陶芸体験を通じて、子供たちが一歩も二歩も大きく成長したようです(笑)

佐世保産業塾で講演をさせていただきました 平成24年8月4日

佐世保産業塾にて講演

8/3に長崎県の佐世保産業塾にて講演をさせていただく機会をいただきました。
 この産業塾は佐世保商工会議所が主催し、20~40代の若手・中堅社員向けに勉強会を定期開催しているものです。
 この事務局に、私が兄貴と慕う日本理工の阿比留社長がおり、その阿比留社長からの要請で今回お伺いすることになりました。
 テーマは『自らの力を最大限に活かす教え』。
 90分の中でも特に力を入れたのが ①目標を樹てること(仏教でいう誓願) ②頭で考えるのではなく実行すること(仏教で言う精進)…の2つです。
 目標を樹てることについては、「自分では想像もつかないような、あり得ないような高い目標を設定することが大切です」と伝えました。
 今の自分にとって容易く達成できる目標ではなく、あり得ないような高い目標…です。
 あり得ないような高い目標を樹てるからこそ、自分の殻(固定観念・自己満足・不勉強・堕落…など)を打ち破り、新しい自分を…、自分自身の本当の力を…見つけることができるのです…よネ!
 もう一つの「実行する」ことについては言うまでもありません。
 何事も「頭で考えているだけ、理屈をこねているだけ」では成し得ません。
 すべては「行動」「やり始めること」が大切なんですよ…とお伝えしました。
 …講演させていただくことにより、自分自身も省みることができるので嬉しいです。

長南小学校の2年生が長福寿寺へ探検に来ました 平成24年7月24日

長南小学校の2年生

先日、長南小学校の2年生が長福寿寺へ来ました。
 これは「町探検」という学校行事の一環なのですが、長福寿寺をはじめとする町内の文化遺産や商店などにお伺いし、現地の方から話を聞いたり、見学したりして、町に対する知識を高めようというものです。
 長福寿寺には2年生の諸君が探検に来てくれました。
 あらかじめ考えてくれた…であろう…質問をいくつかもらい、一つ一つに答えていくのです。
 小学校2年生ということで、難しい言葉や漢字をまだ知らないため、わかりやすくお伝えするのに苦労しました。
 でも、みんな喜んで帰ってくれたので、私も嬉しいです。
 画像は、来山されたみんなからいただいたお礼状のうちの1枚です。

エニグモさんの教えです 平成24年7月21日

 ソーシャル・ショッピング・サイト「BUYMA」を運営する(株)エニグモの経営者から教わった教えです。

 ①やんちゃであれ!-世の中に仕掛け、現状を打破することができるのは予想外の行動をとる人。既成概念を超えることができる人である。正論と調和が好きな大人にはなるな。他人の意見にひるむな。ガキのようにやんちゃな大人でいよう。

 ②仕事に美学をもとう!-人の真似をしない。誰のせいにもしない。言い訳をしない。自分がカッコイイと思うことを貫け。

 ③本質を掴め!-古いルールを破る新しいルール、不可能を可能にする道筋。モノゴトの奥にある本質を掴めば、誰かが作った決まりごとも、難攻不落に見えた鉄壁も崩せる。

 ④オープンに!-企んで駆け引きするのは80年代。情報を操れる時代は終わった。今はフェアでオープンな人と組織が生き残る。

 ⑤リアルを追え!-自分を誤魔化すことになれている人は、言葉にリアリティが無い。企画に心が無い。それでは人は動かない。むき出しの自分の心と身体で感じたリアルを、素直な言葉にする。アイデアにする。それが人を動かす。

 ⑥結果にこだわれ!-結果は意志で引き寄せられるもの。「出来ない」を「出来る」にするだけで、今やるべきことが見えてくる。理屈よりも結果で語れる人のところにチャンスも人も集まってくる。

 ⑦限界をやぶれ!-自分の限界を決めているのは自分自身。できないと諦めなければ、人はどこまでも成長する。天上を破るくらいに跳び上がれ!


 心から共感し、実行させていただきます。ありがとうございました。

死の現場を看取ることが大切 平成24年7月21日

青木新門

先日、映画「おくりびと」の原作者である青木新門さんのご講演を聴く機会を得ました…というよりは、私の父が新門さんの友人なので主催者へ紹介したところお招き下さったのです。
 新門さんはご講演の中で…今回のイジメにしても、酒鬼薔薇事件や秋葉原通り魔事件のような辛辣な事件についても…「命の尊さを知らない」ことが根底にある。その「命の尊さ」を知るためには《死の現場を見る》…つまり《身内の死を看取る》ことから始まるのです。最近は老人と同居することが無くなり、また葬儀に同行させることも無くなってしまったため、《死》が身近なものでは無くなり、《人が死ぬ》とか、《他人の痛みがわかる》という感覚が薄れてしまったのです…と話して下さいました。40年にわたり人の死や家族の悲しみに向き合ってきた新門さんだからこそ…の言葉です。
 私も僧侶として、看取りや葬儀に家族全員が参列していただけるようお話してみようと思いました。そして新門さんは最後に「知識では子供は育たない。大人(親)の背中を見せることによって子供は育つんです。」と、親が喜怒哀楽を子供と共にするようにして欲しいと締めくくっていました。

旭化成(株)の蛭田最高顧問の講演を聴いてきました 平成24年7月20日

旭化成(株) 蛭田さん

「蛭田改革」で素晴らしい会社を築き上げた旭化成(株)の最高顧問・蛭田史郎さんの講演を聴きました。
 その中で蛭田さんは「社会環境は変化し続けているのだから、長たるものは、それに対応し続けなければなりません」と熱く語っていました。
 その上で、社会環境の変化に対応するには3つの型があると言います。
 ①【防風林型経営】-変化に対し、これを避けようとする
 ②【パラグライダー的経営】-変化に上手く乗り、経営する
 ③【台風型経営】-変化を自ら起こし、改革する
 このうち、①は安定はしても成長はしない ②と③が成長し生き残ることができる…と変化への対応パターンを分析していました。
 そして、最後にもう一つ…「何もしない」という選択もあり、これは早々に潰れる運命にある…とのこと…。
 そして最後にひと言…「現状の延長線上に成長は無いという危機感を持つことが長となる者には必要なのだ」と締めくくっていました。
 この変化に対応するパターンは「一人一人の人間」にも当てはまるのではないでしょうか?
 もちろん、寺院・仏教…にも当てはまります。
 あなたはどのパターンを選びますか?

4月に開催した「土ぼとけ教室」が掲載されました 平成24年7月1日

土ぼとけ教室

4/30に開催した「土ぼとけ教室」が、南房総の地域情報紙『シティライフ』に掲載されました。
 取材に来ていたのは知っていたのですが、なかなか見かけないのでボツになったと思っていたら6/30号に掲載されたのです。
 指導講師の三浦尊明くんもカワユク写っています。
 作品は現在、日干し乾燥中で、その後に窯で焼き上げられます。
 そして、10月19日(金)から22日(月)まで千葉市文化センターで開催する「仏像彫刻の特別展覧会」に共同展示する予定です。

6/30は「ひろさちや先生」の講演会を開催しました 平成24年6月30日

ひろさちや先生の講演会

昨日(6/30)は、定例の「ひろさちや先生」講演会でした。
 いつものように、東京・蔵前にある金蔵寺さんのホールをお借りし、開催しました。
 今回は、原発問題や増税問題などで悩める方が多いせいか…(ホント?)…82名もの方々にご参加いただきました。
 講演内容は、著書『釈迦』を中心とする…はず…なのですが、いつも脱線が多いのが「ひろ先生」の特徴です。でも、釈迦の出家の動機「私は欲望を叶えるために出家したのではない。欲望が危険であると知り、欲望から距離を離すために出家したのだ。」、そして「欲望を無くすことは出来ない。つまり無欲などということは土台無理なのだ。しかし、自分が持っている欲望をほんのチョット少なくする…少欲知足…この行為そのものが大切であり、心豊かに生きる秘訣なのだ。」という話は、欲望にまみれている私にとって心響くものでした。また、「善とか、悪という概念は、あくまでも自分が勝手に作り上げたもの。仏さまから見れば、善も悪も無いんです」という教えも、日頃、何かにつけて「これは善だ。これは悪だ」と判断してしまう私に直接語りかけてくるようでした。
 次回は10/6です。

藤田浩司さんの奉納ドラムコンサートも開催しました 平成24年6月25日

藤田浩司

キューバ系のドラマー・藤田浩司さんのドラムコンサートも開催されました。
 本堂内、それも僧侶専用のスペースである「内陣」にて本尊をバックに、魂が震えるようなコンサートをしてくれました。
 ドラムのソロコンサートは全くの初めてだったのですが、これほど熱くなるものだとは…藤田さん自身も…かなりノリノリ…イッちゃってました(笑)
 でも、本堂内に150名くらいの方が入り、お年を召された方がリズムにのっている姿を見て、やって良かったな~と思います。…内陣でのコンサートは住職に内緒ですが…。
 よろしければ、藤田浩司さんのブログも覗いてみて下さい。

     http://kojifujita.blog28.fc2.com/blog-entry-2618.html#pagetop

ぐるっと長南《花めぐり》が盛大に開催されました 平成24年6月25日

ぐるっと長南花めぐり

昨日(6/24)に【ぐるっと長南《花めぐり》】が盛大に開催されました。
 今年は11台の巡回バスを用意し、アジサイの野見金公園→紅花の長福寿寺→ヘメロカリスの白井田園を楽しく巡るコースを設定しました。
 天気に恵まれたこともあり、11台のバスが7時間フル回転し、総勢5000名ものお客様にお出でいただくことができました。
 台風の影響で紅花自体はかなり痛手を受けていたのですが、「紅花天女の写真撮影会」や「紅花染め体験工房」「紅の押し花教室」「流し紅花そば」など大盛況でした。
 紅花アイスも800個も出て、美味しいと大評判。とっても充実した1日となりました。

「毎日新聞」にも掲載されました。 平成24年6月12日

毎日新聞

6/12の毎日新聞にも【ぐるっと長南花めぐり】が掲載されていました。
 自分では気がつかないこともあるのですが、お客様が記事を持ってきて下さいます。
 ありがたや~。ありがたや~。
 ちなみに、新聞をご覧になった方が雨の中でも大勢お出で下さっています。
 …でも…花はまだなんだよね~。お祭りは15日からなんだよね~。
  ぜひ、15日すぎに、もう一度お出で下さいませませ。

今朝の「ちばマリオン」です 平成24年6月12日

ちばマリオン

6/12の朝日新聞「ちばマリオン」に【ぐるっと長南花めぐり​】が掲載されました。
  良い天気で、大勢の方に楽しんでいただけるといいな~。

「流し紅花そば」の舞台が完成です 平成24年6月11日

流し紅花そば

紅花を育てる会の平野さん、長岳さん、及川さんが「流し紅花そば」の舞台を作ってくれました。
 長福寿寺では「流しそうめん」ではなく、真っ赤な「紅花そば」を流します。大人気コーナーなんですよ!
 今年のテーマは…渓流下り? ちょっと勾配がきついような…大勢の方に楽しんでもらうためには勾配をきつくした方が良いらしい。
 23日の前夜祭では、「流しそばパーティー」を計画中です。…酒のつまみも流す?

吉ゾウくん&お嫁さんへのお名前刻印、ありがとうございます 平成24年6月10日

吉ゾウくん

吉ゾウくん&お嫁さんの台座へのお名前刻印ですが、今日現在で​1184名と1000名を超えました。
吉ゾウくん&お嫁さんもとっても喜んでいることでしょう。
ご協力いただいている吉ゾウくんファンの方々、総代、そして斉藤一人さんに心より感謝申し上げます。本当にありがとうございま​す。
吉ゾウくんの側面&お嫁さんはまだ余裕がありますので、まだお申込みいただいていない方は、ぜひお声がけ下さい。
詳しくは「願いを叶える吉ゾウくん(左から2番目)」をご覧下さい。

6/24は「ぐるっと長南《花めぐり》です 平成24年5月15日

ぐるっと長南花めぐり

ちなみに、6月24日(日)は「ぐるっと長南《花めぐり》」と題して、①長福寿寺の紅花&スモークツリー ②野見金公園のあじ​さいとスカイビュー ③白井田園のヘメロカリス&野外アートの3​ヶ所の人気花スポットを無料巡回シャトルバスにて巡ることができます。今年で2回目の企画です。​1日かけて楽しんで下さい。

2012 紅花フェスティバルのパンフレットが出来上がりました 平成24年5月28日

紅花フェスティバル

2012年 第28回の【紅花フェスティバル】パンフレットが​出来上がりました。
  今年も15日(金)~26日(火)までの12日間、10万本も​の紅花の絨毯を楽しめます。また24日の大祭では●紅花天女の​写真撮影会 ●紅花染め体験工房 ●紅花餅つき大会 ●流し「紅​花そば」 ●ザリガニ釣り大会 ●紅花観音を彫る彫刻教室など等​、楽しいイベントが盛りだくさんです。ぜひ、遊びにいらして下さい。

今日も斉藤ひとりさんが来て下さいました 平成24年5月23日

斉藤ひとり

今日も定刻(11過)に、斉藤ひとりさんが遊びに来て下さいました。みっちゃん先生の他にお二人連れて…。
 いつもの指定席に直行し、いつもにように「紅花アイス」を美味しそうに召し上がっていました。
 斉藤ひとりさんが「紅花アイスがウマい!!」と方々で言って下さっているので、多くの方が食べに来て下さいます。感謝、感謝。
 そして今日も「寺院興隆講座」をいただきました。
 この寺に来ると「面白い」「楽しい」「飽きない」という寺にしろ! 毎日ドンドン変えろ!…ということで、明日より早速「吉ゾウくん探し」を始めます。
 ひとりさんに「この寺は来る度にドンドン変わっているから楽しいんだ」と言われると嬉しいです。
 ただ、間もなく出そうとしていた「吉ゾウくんカレー」については、かなりのダメだしをいただきました。私は「どこにも無い特別なカレー」を作ろうとしていたのですが、ひとりさん云く「特別なモノ=自我」…自我が強いとお客様に受け入れられないんだよ…とのこと。もう一度原点に戻って考えてみます。
 何はともあれ、いつもありがとうございます。
 最後に、ひとりさんがカレーについて述べたギャグ…吉ゾウくんのカレーですが、ゾウの肉は入っていません(笑)

   ※斉藤ひとりさんは写真掲載が御法度なので、ひとりさんが大好きな「べに花アイス」の写真を掲載します。

松野恵介さんの講演会に出席してきました 平成24年5月18日

昨日は、私の大好きな松野恵介先生の講演会を受講するために目黒の雅叙園へ行ってきました。
 松野恵介先生は、私の人生に対して大変多くのアドバイスをいただいた恩人です。
 今回もとても素晴らしい内容でした。お昼までご一緒していただいたのですが、余りにも多くの示唆にやるべきことが盛りだくさんです(笑)
 そしてキャップのまとめの言葉として

  どうすれば喜んでもらえるだろうか?
  何をすれば楽しんでいただけるのだろうか?
  自分の経験や体験を見直しつつ、
  人々の方を向いて、
  あなたにしか出来ない喜ばせ方を見つけ、
  わかりやすく伝えた時に、
  あなたは、お客様にとって唯一の存在となるのです。
  出来ない理由よりも、できる方法を考え、考え、考えて…実行しましょう!!!!!!


  あらためて私自身の歩み方、長福寿寺のあり方を考えさせられる講演会でした。 
  松野恵介先生、本当にありがとうございました。心から感謝申し上げます。

紅花フェスティバルで演奏していただく藤田浩司さんのブログより 平成24年5月18日

藤田浩司さん

 阿弥陀如来をバックに演奏 17 mayo 2012
 
ついにきた!というか、様々なご縁とお導きによりやってきた機会​。
 
ご本尊の阿弥陀如来を背中にしょって演奏させて頂きます。
 奉納演奏だったら阿弥陀如来の御前で演奏するのが常だろうが、自​分は自分も含めた衆生一人一人の仏性は等しいものであるのと思う​ので、むしろこの形で良いと思っています。
 阿弥陀如来と一体化する感じ。
 
今回の共演者は阿弥陀如来。
 一緒にいれば時間も空間も飛び越える事が出来る。
たくさんの皆様と共に、この有り難い時間を一緒に過ごしたいもの​だ。
 
阿弥陀如来の意味を伝える和名は無量光仏、無量寿仏である。
 遍く照らしたものを光り輝かせてくれるのだろう。
そこで思い出す空海の法号が「遍照金剛」、大日如来も「遍照金剛​」。
 如来はすべて仏の姿であるから無明状態にある私たちの前を明るく​照らしてくれる。
 阿弥陀如来は、その、お導きの性質が飛び抜けて強い、仏のいちす​がたなのだろう。
 
ご縁は脈々とつながっているなあ。
 小学校低学年の頃より読経し、昨年は釈迦のあしあとを訪ねてイン​ドにも渡った。
 
今回の演奏では、今までやった事のない形を実現してみようと思う​。
 内容はドラムの即興演奏だが、自分の体験してきた仏教経験を音に​乗せてみよう。
 日本人の感性、大好きなチベットの音、インドでの体験・・・その​ようなものをこの機会に投影してみたいと思う。
 
6月24日(日)一日二回演奏、会場は千葉県長南町の由緒あるお寺、長福寿寺
 
詳しくは後ほどという事で。
 
藤田浩司氏ブログ  http://kojifujita.com/blog/

6/24のイベントに藤田浩司さんが「ドラム演奏」で燃えます! 平成24年5月16日

藤田浩司

6月24日の「ぐるっと長南花めぐり」の企画に、ラテン系ドラマー・藤田浩司のドラム演奏会&ドラム体験コーナー(11時30分~・13時30分~)を開催することにしました。
 藤田さんはキューバ系スタイルのドラマーとして多くのファンを持つ気鋭の音楽家で、仏教にも物凄く精通しています。
 当日は、キューバ音楽と仏教とのコラボを実現。楽しく、かつパワフルな演奏で皆さんを魅了します。また、「ドラム体験コーナー」も開催。子供からお年寄りまでドラムの楽しさを体験することができます。

きれいなバラが咲きました 平成24年5月15日

長福寿寺のバラ

 お檀家の大森さんが育てて下さっているバラが咲き始めました。
 このバラは、お参りの方々に楽しんでいただけるように「長い期間咲く」「良い香りがする」「棘が無い」ように改良して下さったものです。
 今年で3年目、少しずつ増えてきました。
 これから6月中旬まで、長福寿寺の庭園が賑わうことでしょう。

いよいよ紅花シーズンが近づいて来ました 平成24年5月15日

紅花祭り

 「道の駅」用の【紅花フェスティバル】&【ぐるっと長南花めぐり】の原稿が出来ました。
 今年の【紅花フェスティバル】は、6月15日(金)~26日(火)です。
 その中、3ヶ所の人気花スポット(①紅花&スモークツリーの長福寿寺、②あじさいと展望の野見金公園、③花しょうぶとメロカリスの白井田園)を巡る《ぐるっと長南花めぐり》は24日(日)に設定させていただきました。
 当日は、3ヶ所を巡る巡回バスを10台出します。お好きなスポットで降りて、楽しんでいただき、さらに次のスポットへと自由に移動できます。
 長福寿寺では、紅花乙女の写真撮影会や紅花染め工房、流し紅花そば等も実施いたします。
 ぜひ、遊びにいらして下さい。
     詳しくはホームページをご覧下さい。
 http://www.choufukujuji.com/event_1/index.html

斉藤ひとりさん、ありがとうございます!!! 平成24年5月15日

斉藤ひとり

 吉ゾウくんの大ファンである{斉藤ひとり}さんが、全国のお弟子さんに向けて吉ゾウくんを紹介して下さいました。
 私にも内緒で紹介して下さったのです。〈友人のところにFAXが送られてきたので知ることができました。文字がかすれているのは、友人がインクをケチっているからです(笑)〉
 ひとりさんのお弟子さんといえば、全国に数万人…もの凄いご援助です。
 ここまで吉ゾウくんを応援して下さっているのですから、私自身も、吉ゾウくんをお奉りする住職としてしっかりと修行し、皆さんに吉ゾウくんの素晴らしい力と教えを伝えていかなくては…。
 嬉しいと共に、もの凄い重責を感じている若輩坊主です(笑)
 ひとりさん、そしてみっちゃん先生、これからもバカ坊主をしっかりとご指導下さい。

紅花畑の土寄せと支柱立て作業でした 平成24年5月14日

紅花

昨日は、紅花畑の土寄せ&支柱立て作業のため、紅花を育てる会の皆さんが集まってくれました。
 土寄せ&支柱立て…両方ともに紅花が倒れてしまうのを防ぐために行うのですが、根本に土を寄せて固めるのが土寄せ、ウネの端と端に支柱を立てロープを通して紅花を支えるのが支柱立てです。
 房総半島の紅花は背丈が大きく伸びるため、倒れ防止をしないとちょっとの雨や風で倒れてしまうのです。
 40名ほどのメンバーが集まって、午前中いっぱい作業しました。(スミマセン。私はご法事2軒担当のため、10時すぎにはお暇しましたが…)
 写真は、昨日から新メンバーに入って下さった梁取さん親子です。
 一緒に素敵な紅花を咲かせて、大勢の方に喜んでいただきましょう!!
  (今年の「紅花フェスティバルは6月15日~26日です)

吉ゾウくんのファンの方よりお礼状をいただきました。 平成24年5月12日

吉ゾウくん御縁日祭

 吉ゾウくんのファンの方よりお礼状をいただきました。近藤さん、ありがとうございました。


「こんにちは。先日は五月晴れの中、心洗われる素敵な時間を過ごさせていただきありがとうございました。また、お忙しい中、早速に吉ゾウくんとの記念写真をお送りいただき重ねてお礼申し上げます。
 絵に描いたような青空、凛々しく輝く吉ゾウくん。あとは私たち2人のモデルさえもう少しシュッとしていればよかったですね!
 ご縁日には、吉ゾウくんに触らせていいただいたり、カレーをご馳走になったり、なんとか池の吉ゾウくんの足元にコインを乗せることに成功したり…と本当にたくさんの元氣パワーをいただきました。
 そして、何より、久しぶりにお元気な長秀様やご家族の皆様にお目にかかることができて、元気も幸せも百倍になりました。
 ブログで拝読しましたが、翌日には斉藤一人さんが来られたのですね!
 一人さんのご本は何冊か愛読させていただいております。
 一人さんがわざわざ来られる長福寿寺さんの偉大さを改めて実感するとともに、本当に素晴らしいと嬉しく感じました
 また、吉ゾウくんに会いにお邪魔させていただきます。
 長秀様もくれぐれもご自愛くださいませ。そして吉ゾウくんによろしくお伝えください。」  (神奈川県 近藤琴美様より)

吉ゾウくん御縁日祭の様子です 平成24年5月8日

吉ゾウくん御縁日祭

吉ゾウくんの御縁日祭では、プロのカメラマンを依頼し、来山された方を記念撮影、写真&データをプレゼントしました。大勢の方々が記念撮影に申込み下さり、カメラマンも大忙しだったようです。写真はその中の一枚、子供たち&一番後ろのダンナさんの笑顔が素敵ですね。また、吉ゾウくんもニッコリと微笑んでいます。
 吉ゾウくんの頭と背中と足下にもご注目下さい。
 吉ゾウくんをキレイな花々で着飾るために、茂原のフラワーショップ「はなも」さんが一生懸命作ってくれものです。とっても素敵ですよね。

斎藤一人さんがお参りに来てくれました 平成24年5月6日

斎藤一人さん

私のお師匠さんでもある「斎藤一人さん」がお参りに来て下さいました。
 昨日は御縁日で混雑するだろうから…と、気を使って今日来て下さったのです。
 これからの「お寺のあり方」ついて、いろいろと教えていただきました。
 特に「万人受けするお寺ではダメだ! 特長を尖らせることによって逆に多くの方に喜んでいただけるんだゾウ♫」と教えて下さいました。
 また、吉ゾウくんにお名前を刻印することについても、全面で応援するから…と心強いお言葉までいただき、とっても嬉しいです。(今日だけで10名ものお申込みもいただきました)
 写真や色紙をいただけないのは残念ですが、一人さんに来ていただくと「吉ゾウくんのお庭」も華やかになります。

吉ゾウくんの御縁日祭が無事に終わりました 平成24年5月5日

吉ゾウくんの御縁日祭

 昨日(5/5)は【吉ゾウくんの御縁日祭】でした。
 天気も快晴、吉ゾウくんもお花で素敵に飾られている中、大勢の方々にお出でいただきました。
 吉ゾウくんの御利益をいただく法要も皆さんと一緒に執り行い、花々で飾られた吉ゾウくんとの記念撮影や吉ゾウくんカレーの試食会などで大いに楽しんでいただけたようです。
 とっても、とっても素敵な1日になりました。吉ゾウくん、そしてお出でいただいた皆さん、本当にありがとうございました。

吉ゾウくんのハッピー饅頭ができました!! 平成24年5月3日

吉ゾウくんのハッピー饅頭

この度、吉ゾウくんの新商品「吉ゾウくんのハッピー饅頭」が出来上がりました。
 作ってくれたのは友人でもある能勢勝哉さん(小城製粉(株)/URL
http://www2.ocn.ne.jp/~kojos/
)です。
...  吉ゾウくんが幸せいっぱいに笑っている形にしました。
 最上級の上用粉とアンコを使用した一品です。
 スタッフで試食しましたが、美味しいと大評判でした。
 「吉ゾウくんのハッピー饅頭」を食べて、みんながハッピーになってくれるといいな~♫

千葉日報に吉ゾウくんが紹介されました 平成24年5月3日

吉ゾウくん 千葉日報

千葉県が誇る地方新聞『千葉日報』に【吉ゾウくん】が紹介されました。
 「霊験あらたか幸せ導く」といったキャッチコピーや、私のモットーである「生きている人が明るく元氣に楽しく過ごせるように導くのが仏教である」という言葉もしっかりと取材して下り、とても感謝しております。
 いよいよ明後日は【吉ゾウくん御縁日祭】。
 雨マークだったのが晴れに変わり、とっても嬉しいです。さすが吉ゾウくんパワーですね。楽しみです。

つちぼとけ教室を開催しています 平成24年4月30日

つちぼとけ

 本日は年に一度の「つちぼとけ教室」の開催日です。
 「つちぼとけ」とは、陶芸の土で作るお地蔵さんのことです。
 指導講師は親友の三浦尊明さん。
 今回24名の方が参加され、熱心に作られています。
 面白いもので、お地蔵さんの顔が作っている人の顔とそっくりになるのです。
 自分の心の中がそのまま表れるのですね。

佐白観音にお参りしてきました 平成24年4月28日

佐白観音

 昨日は42名の檀信徒の方々とご一緒に、①笠間稲荷神社 ②佐白観音 ③富谷観音 ④月山寺を巡る参拝ツアーに行ってきました。
 宝聚寺住職の濱名徳順先生、そして仏師の河本雅史先生もご一緒でしたので、各所にて詳しい仏像の解説を聴くことができ、ご参加の皆さんもとても喜んでいました。
 特に佐白観音では普段拝観することのできない「胎内仏(平安時代中期の銅造千手観音立像)」を拝ませていただくことができ、貴重な体験をすることができました。
 ご本尊の千手観音坐像(写真)も鎌倉期のもので、とても秀麗な面貌にウットリです。
 国の重用指定になるはずだった名仏なのですが、先代住職が「コンクリートの保管庫なんぞに入れたら仏さまが可哀想だ」と一蹴、未だに県指定のみという逸作です。
 それにしても…安らぎます。
 ちなみに、私の講義テーマは「稲荷神について」だったのですが、お稲荷さんのご祭神が「きつね」だと思っている人が多かったのにはビックリです。

平安時代の薬師如来が発見されました 平成24年4月26日

長福寿寺で平安仏を発見

 私どもが兼務している寺院にて平安時代の薬師如来が発見されました。
 ボロボロの状態で隅っこの方に置いてあったのですが...、仏師の河本雅史師に見ていただいたところ、平安時代作ということが判明しました。
 いや~、いままで全く気に掛けていなかったのですが…申し訳ありません(笑)
 河本仏師に修復を依頼し、今月初めに開眼供養されたばかりです。
 早速、千葉市美術館から展覧依頼が舞い込んできました。
 今秋に開催する【ぐるっと長南《寺めぐり》】でも来山し、河本仏師の解説付きで拝観していただく予定です。

今日はお地蔵様の御縁日です 平成24年4月24日

光照寺御縁日

 本日24日はお地蔵様の御縁日です。
 住職をしているお寺の1つ「光照寺」のご本尊がお地蔵様なので、毎月24日は午前6時に伺って、お檀家の皆さんと「お地蔵様のお経」をお唱えし、その後はお茶を飲みながらいろいろとお話を聴かせていただいております。
 12年前、住職になった時に、常住することはできないけれども、せめて御縁日にはお参りしてお経をお唱えしようと思い立ったのが始まりでした。
 しばらくすると、お檀家さんたちも参加するようになり、いつの間にか「定例行事」となってしまいました。…サボれない(笑)
 でも…月1回でも…お檀家の皆さんとお茶を飲みながら雑談するということはとても大切なことだと思っています。ついついお膳立てしてもらうことに慣れてしまう坊さんなのですが、いつでもお檀家さん、信者さんと本音で語り合い、励まし合える住職で居たいと願うばかりです。

定期研修会で『法華経』を読みました。 平成24年4月24日

 昨日4月23日(月)は、南総教区研修所の定例研修会の日でした。
 午後1時から4時まで研修するのですが、昨日は私が担当し、『法華経』の安楽行品を読み解きました。出来るだけわかりやすく、かみ砕いているつもりなのですが、どうしても専門用語で逃げてしまうところがあり、その都度…「意味不明」との指摘を受け、冷や汗をたらしながら研修を進めました。
 『法華経』の安楽行品は、修行の初心者に対して行いや心構えを説いています。
 いろいろと戒めるべきところなどが説かれているのですが、その中に「政治的な事に近づいてはなりません。」「賭け事に親しんではなりません」「他人の悪口を言ってはなりません」などの誡めと共に「女性に教えを説く時には、淫らな気持ちを持ってはいけないし、淫らな気持ちを起こさせるような態度をとってはなりません」「歯を見せて笑ってはなりません」「胸元を見せてはなりません」「未亡人の家に独りで入ってはいけません」…などなど、《女性》に対する誡めが数多く見受けられます。もちろん、この安楽行品は《初心者向け》に説かれているのですが、それにしても男性(当時の僧侶は圧倒的に男性が多かったのでしょう)が《女性》に惑わされることを注意する教えが数多くあります。…逆にいえば…それだけ《女性は魅力的》ということですね。 …私も深く誡めなければ…(笑)

今日は紅花畑の草取り作業でした 平成24年4月22日

紅花畑の草取り作業

今日は朝の8時半から紅花畑の草取りのために皆さん集まって下さいました。
 あいにくの空模様でしたが、どうにか10時までは作業ができました。
 今年は寒い日や雨が多いためなのか、紅花の育ちがいつもよりも遅れているようですが、どうかこれからの気温上昇を願うばかりです。
 6月15日からの「紅花祭り」で、素敵な紅花が咲きますように…(願)

 吉ゾウくんの御縁日祭のチラシができました! 平成24年4月21日

吉ゾウくん 御縁日祭

 5月5日は「願いを叶える! 幸せを呼ぶ! 吉ゾウくん」の御縁日祭(ごえんにちさい)です。
 その御縁日のご案内チラシが出来上がりました。
 ぜひ一度ご覧下さい。

 
《吉ゾウくん御縁日祭のチラシ》 ←こちらをクリックして下さい。パンフレットがご覧いただけます。

 保科さん、ありがとうございました。 平成24年4月14日

仏像作り教室のメンバー・保科さんが東北被災地に救援物資を届けて下さいました。
 先般より、「今井さんの救援活動に協力したい」とのお申し出を受け、私たちが救援活動を続けている宮城県亘理町に連絡を入れたところ、新しく【亘理ささえあいセンター「ほっと」】(旧・ボランティアセンター)を設立したが、中の備品などが未だ揃っていないとのこと。
 そのことを保科さんにお伝えしたところ、早速、事務机20、事務イス20、パソコン20を用意し、現地まで運び、組み立てて下さいました。
 それも仕事の合間をぬって、夜に出発し、現地近くで宿泊、朝一番に組み立て・引き渡しを行い、昼前には現地を出発するという強行軍でした。
 私自身は研修会を主催していたため同行することは出来ませんでしたが、保科さんの慈悲心と行動力に心から感銘、感謝を申し上げます。なかなか「行動」に移せる人は少ないですよね。
 保科さんも、前々から支援活動を行いたいという心はあったのですが、そのチャンスに恵まれず、1年経って、やっと支援ができたことに一安心していました。
 これからも一緒に支援活動を継続していきたいと思います。

4月13日(金)~15日(日)は、女性の守り神「おすくひ夫人」の御縁日です 平成24年4月10日

おすくひ夫人

 長福寿寺のおすくひ夫人(お救い夫人)は〈女性の守り神〉として〈婦人病平癒〉〈婦人病除け〉〈尿失禁封じ〉に霊験あらたかなことで有名です。
 来る4月13日は、年に一度の「おすくひ夫人」の御縁日です。 
 そこで13日(金)~15日(日)までの3日間、おすくひ夫人の御縁日特別法要を厳修いたします。ぜひ、おすくひ夫人のご利益をいただきにご来山下さい。

 おすくひ夫人の【ご利益】
 ①[婦人病除け・婦人病平癒]女性特有の病である ・子宮関連の病気 ・更年期障害・便秘 ・貧血 ・生理痛 ・冷え性にご利益高し。
 ②[尿失禁封じ]中高年になると起きやすくなる尿失禁。ほとんどの人は恥ずかし くて言えないけれど悩んでいます。特に、咳やクシャミをした時、笑った時などに少しずつ漏れてしまう場合や、尿意を感じてからトイレに行くまで間に合わずにもらしてしまうことがよくあります。おすくひ夫人(淡島明神)にご祈願すると、徐々に失禁の回数が減り、いつの間にか気にならなくなるといわれます。

 詳しくはホームページhttp://www.choufukujuji.com/kigan_6/index.htmlをご覧下さい。

「仏像作り教室」日曜日コースの第1回目です 平成24年4月8日

いきいき元気塾

本日は「仏像作り教室」日曜日コースの第1回目です。
 継続が14名、新規が4名、総勢18名(MAX)でのスタートです。
 新規の方は、ノミを持つのも、彫刻刀を持つのも初めて(小学生以来)という方ばかりなので、まずは刃物の持ち方から教えます。刃物で手を切ってしまったら、せっかくの仏像作りが楽しく無くなってしまいますから…。
 休憩時間に7年目の加藤さんとお話をしていたら、「楽しいから車で1時間半もかけて来るんだよ!」と嬉しいひと言…やっていて良かったです。
 新規の方にも皆さん優しく接して下さるので、いつの間にか和気アイアイです。
 これから半年間でどんな仏像が作れるか楽しみですね。

【4月のひろさちや先生講演会が行われました】 平成24年4月8日

ひろさちや先生

 昨日(4/7)は、今年2回目の「ひろさちや先生講演会」でした。
 でも…いつもは超満席の会場に少し空席が…みんな花見に行っているのでしょうか?
 実際、終了後の懇親会はいつもより3割も少ない参加率。欠席された方は一様に「花見に合流する」と言っていました(笑)
 今回もテーマは著書『釈迦』に基づき、生老病死についてお話いただきました。
 砂漠の宗教では「生老病死は外から来るものであり、断固として闘う」ことを求めるが、仏教においては「生老病死は自分自身が元々持っているものであり、だからこそ生老病死を受け入れて、仲良く生きる」ことが大事だと教えて下さいました。
 次回は6月30日(土)午後2時~5時です。ぜひご参加下さい。

   画像は、ひろさちや先生の最新書「『維摩経』講話」です。
  『維摩経』は一般社会の商人が主人公の素晴らしい経典です。
  空理空論ではなく、現実社会で生きている我々に大変有意義な教えを説いて下さっています。ぜひご一読下さい。…購入は本屋さんにて…

願い事が10倍叶う!! 吉ゾウくんの御縁日祭 【5月5日】 平成24年3月30日

吉ゾウくん 御縁日祭

 5月5日は「願いを叶える! 幸せを呼ぶ! 吉ゾウくん」の御縁日祭(ごえんにちさい)です。
 御縁日とは、吉ゾウくんが長福寿寺に舞い降りてきた日で、普段の10倍願い事が叶うと云われています。
 ぜひ年に一度のチャンスに、吉ゾウくんに願い事を託して、幸せいっぱい、いっぱいになって下さい。


《御縁日祭 8つの特典》

①御縁日祭で吉ゾウくんに願いを託すと10倍願い事が叶うゾウ♫

②きれいな花々で着飾った吉ゾウくんと記念撮影するゾウ♫
 年に一度の華々しい吉ゾウくんです。
   
※当日は専属のカメラマンを配置し、皆様のご要望にお応えいたします。

③特製[吉ゾウくんカレー]をプレゼントするゾウ♫
 当日、初めてお目見えする[吉ゾウくんのちりめん3D御守り]を購入されるか、千円以上のお土産を買われた方に、もれなく特製[吉ゾウくんカレー]をプレゼント。
 長南町の特産品である自然薯・レンコン・ウコンを上手に活かしたとっても旨い特製カレーです。 本場のインド人の専門のカレー職人が来て作ります。

④みんなで解くゾウ!! 吉ゾウくんクイズ 
 正解者には特製の吉ゾウくんステッカーをプレゼント!!

⑤吉ゾウくんで運だめしするゾウ♫
  池の中の吉ゾウくんにコインが乗ったら
   …あなたの願いは必ず叶う!? 
    運だめしに挑戦してみよう!!

⑥新発売!! 吉ゾウくんのちりめん3D御守り 千円
 京都のちりめんで吉ゾウくんのお守りを作りました。  
 とっても優しくカワイイお守りだゾウ♫♫♫

⑦吉ゾウくんの特別法要
  吉ゾウくんに逢いに来て下さった皆さんと願い事を
  10倍叶えるためにお経を読むゾウ♫
  ※絵馬に願い事を書いて法要に参加するとイイゾウ♫(10時半~・13時半~)

⑧吉ゾウくんのお嫁さんのネーミングを募集するゾウ!!
  11月に吉ゾウくんのカワイイお嫁さんがやって来ます。
  そのお嫁さんの愛称を募集します。ぜひ素敵な名前を付けて欲しいゾウ♫
              選ばれた方には特別プレゼントをあげるゾウ♫

いきいき元氣塾も開催しました 平成24年3月18日

いきいき元気塾

開眼供養会の後は引き続いて「いきいき元氣塾」です。
 この「いきいき元氣塾」は、「仏像作り教室」にご参加されている皆様からのご要望により企画・実現したものです。
 「仏像を彫っているうちに、仏教についてもっともっと学びたくなった。」「メンバー同士の交流をもっと行いたい」…という声です。
 すでに数回開催し、私も法話などをさせていただいたのですが、今回は女性代表として保科美和さんにお話をいただきました。
 テーマは「四国遍路で感じたこと…」です。
 女性ながらに四国を歩いて回った時の話をして下さいました。
 足が痛い中での心温まるお接待、小学生からの励ましの声、遍路コロガシでの苦労話などなど…。
 私も四国遍路をしたときの思い出がよみがえり、とても良い時間を過ごすことができました。
 保科さん…ありがとうございました。

今日は「仏像作り教室」の開眼供養を執り行いました 平成24年3月18日

今日は、平成23年度後期の「仏像作り教室」開眼供養会を執り行いました。
 半年~1年半もの間、情熱を傾けて彫り上げた仏像です。
 初心者の仏像は20㌢程度の善財童子像、一番大きな仏像は7年目を迎える佐々木さんが彫られた40㌢もある観音菩薩像でした。
 さぞ、皆さん嬉しいことでしょう。(写真は水曜日コースの面々です)
 来月からは平成24年度後期の「仏像作り教室」が始まります。
 ぜひ、皆さん、和気アイアイと楽しんで掘り続けてほしいものです。

圓融寺ライブのご案内 平成24年2月20日

圓融寺ライブ

 東京・目黒にある圓融寺にて仏教音楽やJ-POP、シンガーソングライターなどのライブを行います。皆様とお寺とのご縁を結ぶとっても、とっても楽しい企画です。
 開催日時は3月31日(土)午後2時から開演となります。
 私も「天台声明」として出演します。ぜひ遊びに来て下さい。
 ご興味ある方はメール下さい。詳しいパンフをお送りします。

        メールアドレスchoshu0818chofukujuji@ybb.ne.jp (今井長秀)

住職の魅力を研鑽するのみ… 平成24年2月19日

昨日は、山武市・宝聚寺の住職、濱名徳順師と会食を持ちました。会食といってもアルコールは無く、あくまでも「これからの仏教をどのように興隆させていくか」という話し合いですが…。
 その中で濱名師は「仏教の担い手が《檀家》ではなく《個人》に替わってきている。つまり、これからお寺の活動を担うのは檀家では無く、個人(サポーター)なんだ。だから僧侶はしっかりと仏教を学び、修行し、普通の人に出来ない魅力を持たなくてはならない。そこに対して、宗派内の役職や地位は全く役に立たない。住職の魅力を研鑽するのみですね。」と述べていました。全く共感です。先日の作間先生・阿先生のお話とも共通します。
 私も、教団内の地位・名誉に惑わされること無く、なれ合いに流されること無く、人々を元氣にできるように自分を鍛えていきたいと思います。

お寺が生き残るためには今何をすべきか-② 平成24年2月18日

ちなみに、作間信司先生の講演内容要約を掲載いたします。…もちろん、人によって聴き方が違うのですが、私の今の問題点と照らし合わせてまとめました。
 ①まず、住職自身の魅力を磨く(住職自身が最大の売り物なんだ!)
   そのために、しっかりと仏教を学ぶ、そして異なる業界も見て、異文化の方とも付き合うことが大切。
 …私も『法華経』を読もう。異業種の方とふれ合い、ベンチマークをしなければ!

 ②次の売り物を考える(今の人たちはお寺に行く習慣が無い。とにかくお寺に触れてもらうことが大切なんです)
 …吉ゾウくんで多くの方にご来山いただこう! 皆さんを元氣にしよう!

 ③息子を鍛える(小さい頃から親父の背中を見せる。小さい失敗をたくさんさせる)
 …息子を合理化協会の勉強会に連れて行こう…作間さん、安くしてね! 
  経験をさせよう、失敗をさせよう…と誓うのですが…やっぱ子供はカワイイですよね(笑)

 …と、この3点が心に残りました。
 そして最後に「理屈ではなく実行することが大切。1つでもやるか、やらないかで天と地の差がでる。そして全ての原因は《住職自身》のあるんですよ」と結びました。拍手、拍手!

お寺が生き残るためには今何をすべきか 平成24年2月16日

作間信司先生

 今日は、僧侶の研修会で東京に出かけてきました。
 今回の研修会のテーマは『これからの僧侶のあり方を考える』です。
 まず最初に経営コンサルタントである作間信司先生に1時間半のご講演をいただき、その後は阿純章師にお話を賜りました。
 基調講演をいただいた作間信司先生は、経営コンサルタント会社である日本経営合理化協会(
http://jmcacon.jp/guidance/sakuma.html)の常務であり、現場を重視して全国の中小企業を経営指導している辣腕コンサルタントです。
 今回のテーマは「お寺が生き残るためには今何をすべきか」です。
 経営…という立場から「人口が減少していく中、寺院はどのように生き残るか」「葬儀や法事だけを行っている寺院は生き残れない」「生きている人々にお寺に集まってもらうためには…」「寺院が生き残る次なる活動は何か」「息子をお坊ちゃんにさせない方法」など、経営現場から見た生々しいお話をいただきました。
 普段は経営者を相手にビシバシと指導しているので、その口調で厳しくご指導いただきました。
 経営、お客様を幸せにする…という生々しいお話だったので、嫌がる方もお出でのようでしたが、これが理解できない住職は次世代に生き残ることはできないと実感しました。
 …ちなみに、作間先生は私が日本経営合理化教会に勤務していた時の直属の上司です(笑) 
 私自身も経営を学べてホント良かったと思います。…こんな考えを持っていると坊さんからは嫌われるかもしれませんが…(笑)
 2番手は親友の阿ちゃんです。目黒・圓融寺(
http://www.enyuu-ji.com/)の副住職です。嫌がる…いや嫌がっていないな~…阿ちゃんにお願いしてお話をしていただきました。
 テーマは「社会に開かれたお寺づくり」です。
 阿ちゃんが実際に行っている「ちょっと座ろう会」や「タオ書画」、「禅×YOGA×アーユルベーダ」「坐禅で婚活」などなど、社会に根ざした仏教活動を紹介していただき、「あってもなくてもよい寺院」から「なくてはならない寺院」へ変わることが大切だという話をしてくれました。
 僧侶というのは、どうしても内向き(宗門向き)になりがちです。その目を社会に向けないと生き残れないんだぞ…というメッセージをハッキリと打ち出してくれました。
 坊さんを前にココまで言い切る阿ちゃんに拍手、拍手です。
 でも、坊さんって葬儀をするだけの人だと思っている人が多いじゃないですか、それじゃ~必要とされなくなりますよね。やっぱり「生きている人々を元氣にする! 幸せに導く」のが仏教であり、僧侶の役割だと思うのです。
 何はともあれ、充実したお二人のお話でした。感謝、感謝。

それだけで元氣になってくれればイイじゃない! 平成23年12月26日

週に2~3回お参りに来ては「ご住職さん、少しお話を聞かせて下さい」という田丸さんという男性がいる。それも毎回朝7時半のバスに乗り、30分かけて長福寿寺まで来るのだ。そして、お参りの後にいつもテーブルを挟んでお話するのだが…特に何を話すのではなく、10分程度で帰ってしまう。…でも…たったそれだけのことなのだが…週に2~3回はお参りに来るのだ。
当初は不思議に思った。また忙しい時などは面倒臭いと思ったことも何度もある。でも、ある時に女房に言われたひと言で目が覚めた。
女房曰わく「別に会話が必要なのではなく、長福寿寺にお参りに来ること、そして住職に会えること…それだけで元氣になってくれればイイじゃない!」…さすが我が女房、女傑である。
こんな未熟な私でも、「会えば元気になる」ならば、いくらでもご一緒しよう!…と誓った今日この頃である。

妙法蓮華経 如来神力品をみんなで研修しました 平成23年12月19日

今日は南総教区研修所の定例研修会が行われました。
通常は宗務所にて行うのですが、本日は年末大掃除とのことでしたので、長福寿寺を会場に皆さんに集まっていただきました。
本日のテーマは『法華経』の如来神力品です。
天台宗の寺院ならば、毎朝の勤行で必ずと言っていいほどお唱えしているポピュラーなお経です。
…しかし、その内容を理解しているか…と問われると…結構知らない人が多いのではないでしょうか…ということで、このテーマにしました。
細かい内容はともかく、「『法華経』を信仰し、その教えを心に留め置いて生活するならば、どこにいてもそれは修行道場であり、俗世にあっても悟りを得ることができる」と説かれています。
つまり、我々の日常生活においてでも修行は出来る…「今ここ」という現前する一心がすべての本質であり、自分に縁あるすべてのモノ事が真如であり、かつ修行なのだと説いているのではないでしょうか。

長福寿寺で得度受戒をされた飯田様からのお便りです 平成23年12月15日

私がなぜ仏教に惹かれたのかといいますと…
長くキリスト教に親しんできた私ですが、私にとってキリスト教は世の中の矛盾と不公平さを解決できる教えではありませんでした。しかし、仏教の輪廻思想を知った時には目から鱗が落ちたような晴れ晴れとした気持ちになりました。輪廻の中でずっと続く魂の働きを次の人生に引き継いでいく…このように考えれば不公平ではありません。誰もが仏になれる…気の遠くなるほどの年月は要しても、いつかは仏になれるという教えが私自身の希望にもなりました。
また、釈尊の教えが宇宙観で捉えていることも共感いたします。釈尊は決して自分が神だとは言っていません。この世界の創造主とも言っていません。人間の浅はかな知恵では捉えることのできない宇宙の真理を示して下さっているのだと思います。
もちろん、今の私にはわからないことが多すぎるのですが、釈尊も「わからないことはわからないで良い」と仰っています。
すべての物事は無常であり、何事にも執らわれてはいけない…という教えを拠り所としてこれからも少しずつ精進していきたいと思います。
長福寿寺様に巡り会えたことは私にとって人生最高の喜びです。今後ともご指導よろしくお願い申し上げます。   飯田智子

井上日宏先生の講演会に参加してきました 平成23年12月8日

井上日宏先生

今日は、日本経営合理化協会主催による井上日宏先生の講演会に参加してきました。
井上日宏先生は、日蓮宗・玉泉院のご住職であると共に、教誨師(きょうかいし)として東京・千葉刑務所で死刑因に教えを説く真剣勝負の宗教活動を続けてこられた高僧です。
私自身も、井上先生に巡り会い、教えをいただくことによって「布教=生きている人々に仏さまの教えを説く」ことの重要性を学びました。
初めてお目にかかってから十数年、井上先生も83歳を迎えられたとのことですが、未だ老いを感じさせず、元氣ハツラツでお話をして下さいました。
特に今日は、冒頭「面白いから入って、ありがたいところへ抜ける」…これが仏教を伝える秘訣。
…とのお言葉をいただき、今、長福寿寺で行っている「吉ゾウくん」などの布教活動に間違いはないんだと確信させていただけたことを、とてもありがたく思います。

また、平成24年度の4つのキーワードとして
①時間を始めとして「節約」「倹約」
②変化に強くなるために、勇気を持って「変える」
③「継続」は力…良いと思ったことは続ける
④「充実」した経営、「充実」した生活
を教えて下さいました。
来年の行動指針とさせていただきます。
本当にありがとうございました。

「気に入らぬ 風もあろうが 柳かな」
「いささかの 命をけずる 除夜の鐘」

『明日のマーチ』 平成23年11月23日

『明日のマーチ』という本を読みました。
表紙の“ほのぼのさ”に魅了されて購入したのですが、けっこう面白くて最後まで読んでしまいました。
内容的には、突然派遣切りされた4人の青年が、山形県から東京までの約600㌔を1ヶ月かけて徒歩で旅する物語りで、最初は4人で何気なく始めた徒歩旅行が、東京に着く頃には数百人もの仲間を得て、大きな社会現象となっていくものです。メンバー4人のキャラクターも個性的で、パソコンオタクの伸也、中国残留孤児三世でイジメられっ子だった経験を持つ豊泉、元殺人犯の修吾、特に特徴は無いが何事も中立でモノを見ることができる陽介、この4人の旅模様が自分の四国遍路の旅と重なり、何気なく心打たれました。

たとえば、旅をしている最中に修吾が言った「必要な荷物は大して無い。みんなたくさん持ちすぎているんだ。」…私たちは「あれも、これも」と欲望の欲するままに物や地位や名誉にこだわりすぎているのかもしれませんね。

また、食事の時の陽介のつぶやき「特に上等な食材など必要なかった。たっぷりと歩き、身体を飢えさせてやれば、どんなものでも究極の味になるんだ。」…私自身も経験したことなのですが、普段は決して口にしないミカンが極上の味に感じたものです。

さらに陽介は「歩いていると何も考えなくていいのが嬉しい。」と言っています。歩いて、歩いて、歩いていると、仏教で言う「空」の境地になるのですね。

修吾は「みんな、頭で考えすぎているんだ。もっと足に考えさせればいい。」と深イイ言葉を発しています。

そして、何よりも『明日のマーチ』の4人は、《過去ではなく、未来を向いて歩く》ことができるようになった…それが一番の教えでした。

元氣・健康で楽しく幸せになる「言葉」の力 平成23年11月19日

私たちが日頃から何気なく使っている「言葉」ですがこの言葉一つで幸せになることも、不幸になることもできるんです。
このことは、ちゃんと仏さまが説いて下さっているのですよ。
たとえば《不幸になる言葉》として代表的なのが…①疲れた ②困った ③忙しい ④ムリだ ⑤イヤだ ⑥他人の悪口です。
「疲れた」とか「困った」とか「他人の悪口」などを言葉にしてしまうと、皆さんがもともと持っている《光り輝く元氣玉》の前に曇りガラスが作られてしまうのです。
「疲れた」と言ってしまうと曇りガラスが1枚作られ、「困った」と言ってしまうと2枚作られ、「人の悪口」なんて言ってしまった日には10枚ぐらいの曇りガラスが作られてしまいます。
せっかく《光り輝く元氣玉》を持っていても、幾重にも重なった曇りガラスのせいで光が外まで届かなくなってしまうんです。これでは幸せなることができません。

そこで《幸せになる言葉》を使うことが大切になります。

《幸せになる言葉》には  ①ありがとう ②面白い ③できる ④楽しい   ⑤幸せだ ⑥他人をホメる …などがあります。
「ありがとう」とか「面白い」とか「他人をホメる」言葉を使うと《光り輝く元氣玉》の周りに幾重にも重なってた曇りガラスが一つずつ消ていくんです。
「ありがとう」と言うと1枚消えて、「面白い」って言うと2枚消えて…。「他人をホメてあげる」と10枚ぐらいの曇りガラスが消え去っていきます。
そして、もともと皆さんの心の中にいた《光り輝く元氣玉》の光が外に発することがでるようになり、さらに輝きを増すのです。
そしてその《光り輝く元氣玉》が皆さんを元氣・健康で楽しく幸せにしてくれるんです。

元氣・健康で楽しく幸せなる秘訣は「言葉」にあります。
ぜひ、「幸せになる言葉」を習慣化させて楽しい毎日をお過ごし下さい。

講演会 慈覚大師の足跡を訪ねて 平成23年11月18日

本日は、「慈覚大師の足跡を訪ねて」と題して、阿南ヴァージニア史代先生をお招きした講演会に出席してきました。
慈覚大師とは、天台宗の第3代座主であり、日本で一番最初に「大師号」を授けられた高僧です。
特に浄土教の基礎や密教を大成させ、その著である「入唐求法巡礼行記」は、玄奘の「大唐西域記」、マルコ・ポーロの「東方見聞録」とともに、三大旅行記の一つとされています。
今回の研修会では、円仁が中国に渡り、どのように仏教を学んでいったのかを、地図と重ね合わせながら学びました。

歴史が古い…ということ 平成23年11月18日

歴史が古いということは、伝統・安定・安心・信頼といった価値を生む。
その反面、慢心・傲り・不勉強・危機意識の薄さ・内向き体質・既得権益の死守といったマイナス面の温床となることも多い。
これらのマイナス面が組織の文化・風土として定着すれば、いくら素材が良くても優れた人材が育つことは無い。
ファーストリテイリング(ユニクロ)社長 柳井正著「成功は一日で捨て去れ」より

素敵なプリザーブドフラワーをいただきました? 平成23年11月14日

先日、友人の丸金由紀子さんからプリザーブドフラワーをいただきました。
ピンポンマムやカーネーションやアジサイに加えて、長福寿寺の花である紅花までアレンジしていただき、素敵な和風ボックスに飾り付けしてありました。
以前にもいただいたことがあるのですが、ボックス入りというのは初めてです。
とっても可愛くてきれいなプリザーブドフラワーをありがとうございました。
ちなみに、作って下さった丸金由紀子さんは、自らも【プリザーブドフラワー教室】を開設し、教えています。
やさしくて気さくな方ですので、お花とふれあう毎日を過ごしたい方は、ぜひブログを覗いてみて下さい。ちなみに場所は千葉県市川市本八幡です。

丸金由紀子さんのブログは http://ameblo.jp/joshuraflowers/ です。

徳一菩薩の研究で会津へ行ってきました。 平成23年11月10日

徳一(とくいつ)菩薩の研究のため、寶聚寺の濱名徳順さんと会津へ行ってきました。
徳一菩薩は…現在ではあまり知られていないかもしれませんが、奈良時代から平安時代の初期に会津一帯で活躍した法相宗の僧です。父は恵美押勝との説もありますが、真相は定かではありません。
ただ、会津慧日寺や勝常寺、筑波山中禅寺、西光院など陸奥南部から常陸にかけて多くの寺院を建立すると共に、民衆布教を行い「徳一菩薩」と称された高僧です。
我々、天台宗としては宗祖・最澄師と「悟ることの出来ない人がいるのか、すべての人が悟れるのか」という「三一権実論争」という仏教論争をした方として知られています。
その後、法相宗が衰え、天台宗が興隆するため、どうしても分の悪い徳一菩薩ですが、素晴らしい高僧であったと尊敬しています。そして今回、現地に赴き、いろいろと調べさせていただいたら、さらに好きになりました。
今の時代にも徳一菩薩のような方が必要なのでは…。

徳一菩薩についてのわかりやすいビデオは
http://www1.town.bandai.fukushima.jp/kanko/enichiji/mov_tokuitsu.htm

をご覧下さい。

長南町フェスティバルに出店してきました。 平成23年11月3日

昨日は年に一度の【長南町フェスティバル】が開催されました。
私ども「紅花を育てる会」も出店し、紅花クッキーや紅花アイス、紅花まんじゅうなどを販売しました。
今年は「あったか美味しい紅花そば」ということで、茹でた紅花そばの上にイモの天ぷらとワカメとネギを乗せて提供しました。美味しくできたので、相乗効果で紅花そば(乾麺)も売れ行きが好調、何よりでした。残念なのは…天気予報に反して気温が上がらず、紅花アイスが余り出なかったことです。毎年11月3日は快晴に恵まれ、紅花アイスが飛ぶように売れるのですが…。
でも、きれいな紅花を育てるための肥料代は充分に確保できたし、メンバーみんなで楽しく1日を過ごすことができたので何よりです。
…しかし、最近の私は毎週イベントに出かけていて、僧侶というよりは商人になっているような(笑)

仏像を彫ることで仏さまの教えに触れる 平成23年11月2日

今日は「仏像作り教室」水曜日Bコースの2回目です。9時半からスタートなのですが、いつもの如く8時半には皆さん集合し、彫り始めています…みんな早いんです(笑)
水曜日Bコースは現在18名、長い方で3年、短い方でも1年半と比較的同じぐらいのレベルの方が集っている教室です。
中には仏師顔負けの仏像を彫りたいと情熱を燃やしている方もいますが、逆に「何となく~」とか「家にいても暇だから~」という方もいます。…いえ、居ました。
でも、それで良いと思っています。理屈抜きに仏像を彫っていると、いつの間にか仏さまの教えに触れ、自分自身の奥底にある仏心を見つけ出すもの…だと考えています。
「仏像づくりは自分作り」とは良く言ったもので、何となく彫っているうちに心が柔らかくなり、仏さまの教えに親しんでいくものなんですね。

落ち葉… 平成23年10月28日

いよいよ紅葉・落葉の季節となりました。
境内の落ち葉を掃除していると毎年思うことがあります。
それは、落ち葉を「ゴミ」だと思うと掃除が辛くなるんです。
それを「堆肥」…つまり紅花畑の土壌改良の立役者だと思うと、掃除が楽しいんです。
ちょっとした心の持ち方なんですが…。
特に寺院の場合は、広い敷地に落葉樹がたくさん植えてあるため、秋になると毎日が戦争です(笑)
今朝は私も落ち葉掃除しましたし、今はスタッフのトモちゃんが一生懸命落ち葉掃除をしています。 でも、「この落ち葉のお陰できれいな紅花が咲くんだ!」と思いながら掃除すると…ワクワクします。本当に…。
すべては自然の恵みなんですね~。

観音経を読みました 平成23年10月26日

南総教区研修所の定例研修会が開かれました。今回は『観音経』について現代的な意義について学ぶことができました。その中で「常念恭敬観世音菩薩(じょうねんくぎょう)」と説かれている箇所があり大変感銘をうけました。
「常念恭敬観世音菩薩」とは、常に観世音菩薩を心の中に念じて、敬虔な気持ちで救いを求めるならば、三毒(どん欲・性欲・怒り・憎しみ・迷い・愚痴…)から離れることができるという意味です。
常に観世音菩薩を心の中に念じるということは、自分自身の心の中を見つめること、自らの行動を懺悔(省みる)することに他なりません。
つまり、本能である三毒を断ち切ることは出来ないが、自分自身の行動を懺悔することにより自らの心を調えることができるということではないでしょうか。
この教えによって心が救われる…のは…煩悩の多い私だけでしょうか(笑)

他人のメシを喰う! 平成23年10月25日

昔から、子どもを鍛えるためには【他人のメシを喰わせろ!】と言われます。
また、【かわいい子には旅をさせよ!】とも言います。
これは、単に「メシ」とか「旅」とかいうだけのことでは無く、「他社で修行させる」「異業種で揉まれる」「異文化にふれさせる」ことにより、それまでの生活や生き方を客観的に見つめ直し、異なった文化を認めることができるように鍛えることなのだと思います。
私自身も、大学自体は仏教関係の大学でしたが、卒業後は一般企業に10年ほど就職しました。このことに関して父である住職が大賛成、むしろ背中を押してくれたことは感謝してもしきれません。
そして、私自身も息子をそのまま僧侶にするつもりもありませんし、僧侶一途にするつもりもありません。一般社会に出て多くの人々に揉まれながら、世間の荒波を乗り越える強靱な精神力を作って欲しいと願っています。
「大事に育てる」ということと「甘やかす」ことは違います。逆に「他人のメシを喰わせる」ことが一番の大事なのでは…と考える今日この頃です。皆さんはどう思いますか?

【「転び上手」の「起き上手」】 平成23年10月21日

私の親友である東京・西光寺 住職 京戸慈仁師が「無尽灯」という布教用冊子に掲載した文章です。とっても素敵な、わかりやすい教えだったのでご紹介させていただきます。

【「転び上手」の「起き上手」】

「そんなことをしたら失敗するよ」って言われるけど、転ばぬ先の杖が多すぎて邪魔になることもあるよ。
...  いっそ、失敗したら…転んじゃった方が楽だなぁ。
失敗しちゃダメですか?
スキーで最初に習うのは「転び方」と「起き方」です。
人生もきっと同じだよ。
「転び方」を知らなければ、大きなケガをしてしまうし、「起き上がり方」を知らなければ新たな一歩を踏み出すことができません。
七転び八起き
できれば「転び上手」の「起き上手」になりたいものですね。

(西光寺 住職 京戸慈仁師)

播州の名刹巡礼に行ってきました。 平成23年10月12日

信者の皆さん20名とご一緒に「播州の名刹巡礼」に出かけてきました。
この企画は毎年10月に行っているもので、1年目が比叡山&大原三千院、2年目が善光寺&北向観音、3年目が湖北の渡岸寺&高野大師堂、4年目が京都の清涼寺&真如堂&浄瑠璃寺、5年目に山形の立石寺&慈恩寺&宝積寺、6年目は岐阜の石徹白大師堂&横蔵寺、そして今年は兵庫の鶴林寺&浄土寺&一乗寺&圓教寺を巡礼してきました。
メンバーは長福寿寺で行われている仏像教室の方々と法華経勉強会のメンバーです。
この企画を始めるまでは寺院参拝など興味無かった私ですが、今は寺院の荘厳さと仏像の有り難みが何となくわかるようになってきました…僧侶なのに(笑)
今回も全ての寺院で感銘を受けたのですが、何といっても浄土寺にお奉りされている快慶の大作「阿弥陀三尊」は素晴らしい仏像でした。
時間を見計らって午後4時にお参りしたのですが、阿弥陀様の後ろに夕日が輝き、まさに極楽浄土でした。もともと西日を巧に利用して「ご来光」を再現されているとのことですが、思わず手を合わせてしまう尊厳さに唯々茫然としていました。ぜひ一度訪れてみて下さい。
あと、圓教寺の本膳料理は見事でしたよ。

ケニアの孤児の自立をささえるビックママ [菊本照子さん]講演会 平成23年10月9日

ひろさちや先生の講演会でいつも会場をご提供いただいている東京・蔵前の金蔵寺様が講演会&バザーを開きます。金蔵寺の藤田ご住職自身がケニアに数年間滞在し、ケニアに子供たちの生の姿を見て、その支援に乗り出しています。ぜひ菊本さんのブログを見て、ご興味ある方は講演会にご参加下さい。参加費は無料です。私たちもケニアに子供たちを応援しています。

[ケニアの孤児の自立をささえるビックママ [菊本照子さん]講演会]
テーマ:ケニアの子どもたちは今!
会場■金蔵寺ホール (東京都台東区寿1-17-2)
日時■2011年10月29日(土)
13時30分~15時30分[受付は13時より]
長福寿寺の今井長秀の紹介と言っていただければ…参加費無料です。

深おもしろい! 読んでみて下さい。 平成23年10月4日

先般、『坐禅コン』の阿純章くんが天台宗の広報紙『天台ジャーナル』に記事を書いています。これが深おもしろいの何のって…とにかく読んでみて下さい。(私は奥さんを知ってるから更に笑えます)
なお、天台宗もやるな~と思われた方、ぜひ『天台ジャーナル』のご購入を…(販促)…ちなみにリベートはありません(笑)

《タイトル》 こだまでしょうか
「お茶いれて」っていうと
「あなたがいれて」っていう。
「やだ」っていうと
「わたしもやだ」っていう。
「もうしゃべらない」っていうと
「しゃべらなくていい」っていう。
そうして、あとで
さみしくなって、
「ごめんね」っていうと
「あたりまえよ」っていう。
こだまでしょうか
いいえ、妻です。

お茶の時間になると、ひと悶着の末、お茶くみ係を仰せつかる日々である。
ただ、いまひとつ腑に落ちないことがある。言うことを何も聞いてくれない妻が、飼っている二匹の犬には、すすんで毎日餌を与え、犬小屋を綺麗に掃除するのである。
犬以下の待遇に不満を漏らすと、妻はあきれたような表情でこう言った。
「犬はどう?あなたよりも上だ下だなんてこだわってないでしょ。犬って我欲がないから癒されるのよ。あなたみたいに私の顔見るたびにああしろこうしろって言わないし!」
たかがお茶一杯でブツクサ言っていた自分が我欲のかたまりのように思え、反省して頭をうなだれていると、二匹の犬が次々に私の頭を踏み台に妻に飛びつき、しっぽを振ってじゃれ合っている。
あきらかに犬も私を見下しているように思うのだが、ここでこだわってはいけない。こちらが我欲を出せば、それはこだまのように戻ってくるだけのこと。求め合うよりも与え合う関係にこそ癒しはあるのだから。
翌日、私は菩薩のような笑みを浮かべて「お茶いれようか」と妻に言ってみた。どんなこだまが返ってくるかと思えば、矢継ぎ早に「あら、気が利くようになったじゃない。ついでに流しの食器も洗っておいて」という返事が戻ってきた。
結局、現実は何一つ変わらない。いや、むしろ悪化したようだが、こだわりを捨てた私は気持ちよく妻に仕えている。  
東京・圓融寺 副住職 阿純章

「ひろさちや先生の講演会」を開催しました。 平成23年10月2日

昨日は「ひろさちや先生の講演会」を東京・蔵前の金蔵寺ホールにて開催しました。
2ヶ月に一度の定期開催をしているのですが、今回も80名を超える方がご参加され、ひろ先生のお話に耳を傾けました。
私が担当を始めた10年前は20名くらいの参加人数でしたが、徐々に増えているというのは、やはり人生に戸惑い、仏教に関心を寄せる方が増えているのでしょうか? 
さて、本日のお話は著書「仏陀」を中心にキリスト教との違いなどを交えて仏さまの教えをお話下さいました。
それぞれの方でとらえ方が違うとは思いますが、私としては
①仏とは大宇宙そのもの。それは人間が考える真理ではなく大宇宙の真理。そしてその教えを伝えるために釈迦がやって来たのだ…つまり、「法を見る者は我を見る。我を見る者は法を見る。」ということと、
②世間のモノサシ(相対的なモノの見方)だけで生きていると苦しくなる。もう一つ、仏さまのモノサシ(人間的な生き方)を少し取り入れるだけで心が楽になるんだよ。というお話にとても感銘を受けました。
次回は12月3日(土)午後2時~5時です。
詳しくはホームページ http://www.choufukujuji.com/08_zazenkai/index.html をご覧下さい。

人権啓発講師養成研修に参加をしてきました。 平成23年9月30日

3日間にわたる「人権啓発講師養成研修」に教区代表として参加してきました。
かなり重たく、でも非常に中味の濃い有意義な研修会でした。
この研修会を企画して下さった天台宗に心から感謝申し上げます。
今回は特に①部落差別問題 ②差別戒名問題 ③ハンセン病差別問題に関して重点的に研修を受け、実際に国立ハンセン病資料館に出向き、元ハンセン病患者の方々のお話を聞くことができました。
これまで、日本に差別問題があると知っていながら、無知であるが故に恐れをいだき、出来るだけ関わらないようにしてきたような気がします。
しかし、今回の研修を通じて、結婚・就職に差別を受ける地域の方がいること。また国の政策により強制的に収容され、囚人のような扱いを受けてきた方々がいることを目の当たりにすることができたのです。
そして、それは「知らないが故に差別・偏見を生むのだ」…ということがわかったのです。
これからも研修を受け続け、仏教の教えの根底である「平等」をしっかりと伝え、差別の無い世界に向けて活動を展開していきたいと思います。
この文章を読まれた方は、ぜひ「差別問題」から目をそらすのではなく、無関心が差別を助長するということを認識し、自らのこととして捉えていただけるとありがたいです。

東北被災地の水中保全活動 平成23年9月26日

私がスキューバダイビングでお世話になっているココナッツさんは、東北の被災地域で水中保全活動を行っています。つまり、津波によって汚れてしまった湾内など海の中をキレイにしていく活動です。これはダイバーにしか出来ません。もちろん大きいものは重機にて撤去するのですが、それだけでは海が元通りになりませんし、魚介類の生育にも大きな影響がでます。それら海の中に沈んだ様々なゴミなどを回収していく作業なのです。ただし、この活動に参加するには「上級者」でなくては参加できません。やはりかなり危険な作業となるからでしょう。いろんなモノが沈んでますからね。(残念ながら…私の腕前では参加できないとのこと…残念です。)ご興味ある方はクリックしてみて下さい。
http://coconutmakuhari.ti-da.net/e3541590.html

一緒にお経をお唱えする… 平成23年9月24日

昨日はお彼岸の中日、お檀家様廻りで大忙しの最中です。
私はお檀家様廻りの時、お檀家様と一緒にお経を読むようにしています。
残念ながら現代語訳まではいきませんが、お経を書き下したものを一緒にお唱えすることにより、仏さまの教えに少しでも親しんでいただこうというものです。
11年前に始めた頃は…「何で私が一緒に読まなければならないの? お経は僧侶が唱えるものでしょ!」というような声が聞こえてくるようでしたが、現在では…お檀家様自らが経本を手に持って待ち構えています(笑)
実際、一緒にお唱えするようになって、仏教に対する質問が多くなりました。ありがたいことです。

仏像特別展覧会が無事に終了いたしました。 平成23年9月24日

【仏像特別展覧会】が昨日の午後4時、無事に終了いたしました。
9月18日(日)から6日間の展覧会、また21日には台風の襲来に遭いましたが、合わせて2600名もの方々にお出でいただき、大盛況の展覧会となりました。
「仏像作り教室」参加者のご家族・親戚の方をはじめ、お知り合いの方々も大勢観に来て下さり、出展された皆様も大喜び、そして次なる仏像に向けて意気が高まったことでしょう。
23年後期の「仏像作り教室」は、いよいよ10月12日の水曜日コースよりスタートです。

《来山された方の声です》

●偶然にもこのお寺でご縁を結べた事を幸せに思います。一体一体の仏様も素晴らしいものでしたが、添えられたメッセージを読み上げる時、自然と涙が溢れてきました。仏像を彫る事は自分と又宇宙との対話だと気づかせて頂きました。 東京都 飯嶋様

●どの作品もそれぞれの思いがうつっている様で素晴らしいと思いました。自分も母、弟を亡くしたばかりで心が洗われる様で感動しました。又、見させていただきたいと思います。ありがとうございました。 埼玉県 武笠様

●一体一体に心があり顔の表情がみんなちがうし、それぞれに味わいがあり、見ているだけでほっとするというか安心感みたいなことが感じることができました。ありがとうございました。 千葉県 佐久間様

●彫り始めの、又は今回の動機に、ご家族への思い、ご先祖様への思い、大震災の供養等さまざまあり、一刀一彫そのような祈りの下に現出された仏様なのだという感を強くしました。気楽にでも寄らせて頂いてよかったとしみじみ思います。 千葉県 野口様

【仏像特別展覧会】を開催しています 平成23年9月19日

昨日より【仏像特別展覧会】を長福寿寺にて開催しています。皆さんが一生懸命彫り上げた仏像を展示、ご披露させていただいております。熟練の方はすでに10年以上のベテランで、心打たれる仏像も数多くあります。もちろん、仏師・椎名長岳師の素晴らしい日光菩薩・月光菩薩もお奉りさせていただいております。信仰心に根ざした仏像の美しさ…感動をいただけること間違いありません。23日(金)の午後4時まで開催しています。ぜひお立ち寄り下さい。

《生徒さんの声》
●昨年、80歳で亡くなった母の一周忌に間に合って良かったです。亡き母と私どもを優しく、そして厳しく見守っていただければと願っております。八田武明様

●仏様を掘り出していくことにより、仏様と正直に向き合っている感じになります。これからもコツコツと「仏彫」を続けていきたいと思います。嵜山三郎様

●作りが小さく、形が地味なので、少しでも目立とうとアクリル絵の具で彩色してみました。何となく悲しそうで、憂いが出たかなって…手前味噌でした。藤原正光様

●仏像を作る機会に恵まれたことに感謝です。一彫りごとに雑念が払われ、心が軽くなっていくようです。この長福寿寺の「仏像作り教室」に通うことが、何よりの喜びですし、自分の作った仏像が何よりの大切な宝です。谷雅子様

●この白衣観音は、3月の東日本大震災の直後に掘り始めました。被災された方々へのお悔やみや励ましの気持ちを少しでも表現出来ればと思いました。
しかし私の力量では至難の極み。でも私はこの想いはきっと白衣観音様に通じ、願いは必ずや叶えられると信じています。日々両手を合わせ、拝することによって幾年後であろうともこの想いは私の心に留め置かれる事でしょう。今回の仏像作り教室を通して多くの事を学び覚えました。
御指導賜わった長岳先生を始め関係者の皆様に感謝の気持ちで一杯です。有り難う御座いました。阿南惟義様

●地蔵仏頭、63歳にして人生初めての作品です。なにを解らずに仏像作りを始めたのですが椎名長岳先生の丁寧なご指導のもと、教室の皆さんと和やかで楽しい雰囲気のなか優しいお顔のお地蔵様を作りたいと思いながら作りました。齋藤和夫様

●善財童子は私が初めて彫った作品です。仏像について経験も知識もなく教わるままにひたすら一生懸命彫りました。私にとって可愛い大切な忘れる事の出来ない作品となると思います。安部栄子様

●救世観音は2作目の観音像です。少しですが心に余裕もでき、仏像を彫っている時の無心な空間がとても心を豊かにし、時の流れが止まったようなそんな時間が持てる事が、仏像教室に参加出来て何よりうれしい事です。安部栄子様

●今回3回目の課題として白衣観音様の制作でした。長岳先生のご指導で基本に忠実に真剣に彫ったつもりですが、眼・鼻・口…等こだわりすぎて何回も削り直しバランスをくずすことがたびたびでした。白衣観音様は白い布を頭からかぶり、ゆったりとした白衣を着て静かに立っている全身の姿が大切で、あまり細かいところまでこだわると固くなるようです。あくまで初心を忘れずに真剣に取り組みたいと思います。松本哲明様

●白衣観音様、どうぞ私達家族を深い御慈悲の御心をもってお導きくださいますよう切にお願い申し上げます。鴇田洋子様

●5月に姉を亡くし失意の毎日でこの白衣観音を制作しました。特別な思いがこめられています。津守博子様

●日光菩薩です。写真を見て彫りました。その写真はこの教室の方が国会図書館にて複写したもので、御厚意により利用させて頂きました。撮影角度によって生じる寸法の誤差があり、それを補い全体をバランス良くするのに苦労しました。 杉浦哲様

●私は若い頃から仏像には興味が有りましたが、なかなか機会に恵まれず。63才になってやっと、此の会所と先生に巡り会う事が出来ました。ありがとうございます。自分なりに何体かの弘法大師様を作ってはみましたが、顔の作りがうまくいきませんでした。今の教室で顔の作りが大変だいじだと知りました。未だ未だ勉強です。此からもよろしくお願いいたします。 竹内義夫様

●来世へのため迎えに来てくださるという阿弥陀仏。長福寿寺の本堂に安置されている椎名先生の作品を拝見して、いつか彫ってみたいという思いを抱いていました。前期は大日如来でしたが、今期は思い切って阿弥陀仏に挑戦してみました。大きい方が楽ではないかと勝手に思い、手持ちの材の大きさに合わせて彫ってみましたが、知って大変でした。先生や先輩方からのご指導をいただきながら彫りすすめましたが、思い描いていた姿とはほど遠い姿になってしまいました。松久朋琳大仏師の言「少なくとも同じものを十回は彫りなさい」を銘として再挑戦したいと思っています。椎名先生がよく言われるように「毎日彫ること」を目指しましたが、とても無理でした。いつも制作中の仏像は机の上においてあります。彫刻できないときは見ることだけは欠かさないように心がけてきました。木の中に隠れておいでの本当の仏像にはまだお会いできませんが、いつかお会いできるよう精進したいと思っています。 鈴木康夫様

イキイキ元氣塾の開催 平成23年9月18日

今日は「仏像作り教室」の開眼供養会に引き続き、[イキイキ元氣塾]の講演会も開催し、40名もの方々が参加されました。
前座として私が法話した後に、スリランカの子供たちへ教育支援を行っているコスモス奨学金の代表 鈴木康夫氏にご講演いただきました。
スリランカには豊かな才能を持ちながら、経済的に貧しい環境にいるため勉学に困難をきたしている優秀な学生たちが大勢いるそうです。その子供たちの里親となり教育支援を行い、幼稚園まで設立している方です。
私ども長福寿寺ももちろんのこと、仏像づくり教室のメンバーにも里親になっている方が数名いるので、今回、「光り輝く島のこどもたちとの出会い」というテーマでお話をいただきました。
里親として子供たちを教育支援しているつもりでも、実は彼らの生き方・考え方から教えられることがたくさんあるといいます。
今年は住職が行きましたが、来年は私自身がスリランカへ訪問し、子供たちの笑顔に出会うたいと誓いました。きっと心洗われる出来事に出会えると思います。
コスモス奨学金については、http://cosmosyk.in.coocan.jp/ をご覧下さい。

「仏像作り教室」の開眼供養会 平成23年9月18日

本日は、朝7時より「仏像作り教室」にて彫り上げた仏像の開眼供養会を執り行いました。
総勢37名もの方が参加され、情熱を傾けて彫り上げた仏像に魂入れを行ったのです。
短い方でも半年、永い方では2年もの歳月をかけて彫り上げた仏像です。皆さん感無量のことでしょう。
この仏像はそのまま「仏像特別展覧会」にてお奉りさせていただきます。
開眼供養会では、仏師の長岳先生より「仏像を彫るというのは、皆さんの心の中にいる仏さまを導き出すことに他ならないのですよ。」とのお話しもありました。
これからも「仏像作り教室」を通じて、少しでも多くの方の「仏さまの心」づくりに貢献したいと思います。

[広学竪義(コウガクリュウギ)]の事前研修会 平成23年9月16日

今日は私が事務局を努める南総教区研修所の主催で[広学竪義(コウガクリュウギ)]の事前研修会を行いました。[広学竪義]とは、『法華経』を中心とした天台の教えについて論議を行う、いわば僧侶の学問試験のことです。この場には天台宗の教学の最高権威者である探題大僧正も臨席され、ロウソクの明かりだけの閉め切った堂内で厳かに行われます。私も十数年前に受けましたが、とても緊張した記憶があります。今年は我々の地区から10名の僧侶が受けるため、その事前研修を行ったのです。
何事も同じですが、ぶっつけ本番では本来の実力を出し切れません。しっかりと準備・段取りをし、心構えを作り、反復練習をすることで本領を発揮できるのではないでしょうか。
本日の…たった1日の研修会でしたが、学んだことを活かして、自信を持って本番に臨んでもらいたい者です。(写真は会場となる比叡山延暦寺大講堂)

空海と密教美術展 平成23年9月16日

昨日は、東京国立博物館にて行われている「空海と密教美術展」を観に行ってきました。日本の仏教美術・思想に大きな影響を与えた弘法大師の展覧会だけに、大いに見応えがありました。私は特に「帝釈天騎象像」の清楚なお顔立ちと、放つオーラに惹き付けられました。また、象さんのお尻がカワユかったです(普段は後ろを観ることができませんので…)。しかし、入場に炎天下30分待ちというのはしんどかったです。特に58名もの団体さんを引き連れてましたので…熱中症で倒れる方が出るのではと心配しました。…でも、でも一見の価値ありですョ!

ちなみに、せっかく空海の展覧会に行くからと、空海の密教観について学び、一緒に行った皆様にレクチャーしました。その要旨を載せさせていただきます。

■空海の密教観-「すべてを肯定する宗教」

一切の存在は、その本性が清浄である。不浄なものなど何一つ無い。
もし、真実を観る智慧の眼、すなわち般若を開いて、これらすべてをあるがままに観るならば、すべては皆な清浄なのだ。『般若心経秘鍵』

「言説即実相」「声字実相」
「声」とは声・香・味・触すべて 「字」とは見えるもの

すべての出来事が大日如来の活動なのだ。だから全てを肯定する。
↓(つまり)
すべては仏さまからのメッセージなのに、人間は好き嫌いで判断するため苦しむのだ。

そして、空海の根本には「それ仏法は、はるかにあらず。心中にして、すなわち近し。真如ほかにあらず。身を棄てて、いずくんか求めん。」…つまり、仏さまは皆さんの中に元々居るのです。自分の中にいる仏さまに気づきことが一番大切なのです。と述べています。

ディズニーランドに学ぶ【サービス・接客】の教え方」研修会 平成23年9月8日

今日はスタッフが日本経営合理化協会主催の「ディズニーランドに学ぶ【サービス・接客】の教え方」研修会で東京に行っています。
「長福寿寺に参拝に来られた方が心温まるように…」「長福寿寺に来て良かったと言ってもらえるように…」社員を研修に行かせました。
寺院にお参りに行くと結構無愛想な応対を受けることがあります。そんな応対をしていたのでは仏さまの教えに親しんでいただくことはできません。
出来ればディズニーランドのように素晴らしい応対を…。せめて、笑顔で明るく、そして元氣いっぱいに挨拶したいものです。…お坊さんであんまり元気な挨拶すると、「おまえは営業マンか?」と怒られたりします(笑) 
さて、研修内容については日本経営合理化教会のセミナーですので期待をしています。後は、学んできたことを現場で活かして、続けていくことですね。成長が楽しみです。
基礎を学んでもらい、あとは実践の中で教育をしていく、いわゆるOJTが大切なんですね。

「インターナショナル・ギフト・ショー秋2011」に行ってきました 平成23年9月8日

一昨日、東京ビックサイトで行われている「インターナショナル・ギフト・ショー秋2011」に行ってきました。
このショーは日本最大の生活雑貨の国際見本市で、2400社もの出展企業があります。
今話題の新製品や新技術を見ることができるので、春秋の年2回は出向くようにしています。
…え? 坊さんと見本市は関係がない? 
…いえいえ、僧侶といえども世の中の流れを把握しておかなければ変化に対応できません(笑)。
(株)ファーストリテイリングの柳井正社長も「刻々と変わる環境を見極めて、組織を変化・適応させていかなければ生き残ることができない。」と言っています。そのためには「同業界内」だけを見ていたのでは決して変化に気づくことができないと思うのです。
仏教とは「人々を幸せに導く教え」です。その仏教を説く僧侶が「自分たちの世界」だけに止まっていたのでは社会が見えません。人の心がわかりません。だから僧侶といえども…いえ、僧侶だからこそ世の中を良く知り、現実社会で汗を流している人々の心を知らなくてはいけないと思うのです。
また、私のモットーに「現場・現物・現実」がありますので、せめて見本市に行くことによって「現物」に触れようというのが狙いです。
…ホント変わった坊さんですよね(笑)

9月11日(日)は「お元氣あみだ様」の大御縁日です。 平成23年9月3日

まもなく、9月11日(日)は長福寿寺のご本尊である福寿阿弥陀如来様の年に一度の大御縁日です。
福寿阿弥陀如来様は親しく【お元氣あみだ様】と呼ばれ、皆さまの《身体と心の元氣を増大》して下さる絶大な御法力で大変有名です。この仏事自体もすでに200年続いています。今年も今井長新大僧正の他、厳しい修行を積み重ねた高僧十数名により、一心にご祈願させていただきます。ぜひ、ご縁を結びにお出で下さい。

神様のカルテ 平成23年8月24日

お盆の合間に『神様のカルテ』という本を読んでみました。これは8月27日に公開される映画で、櫻井翔くんと宮﨑あおいさんが共演していることでも話題を呼んでいます。
私自身は、映画化されることも知らずに読んでいたほどの世捨て人なのですが…(女房に笑われましたが)…、とても読みやすい上に、仏さまの教えに通ずる生き方でもあるので、とっても共感できました。
特に「思えば人生なるものは、特別な技術やら才能やらをもって魔法のように作り出すものではない。人が生まれ落ちたその足下の土くれの下に、最初からうまれているものではないだろうか。当たり前のように、ずっと以前から結論はそこにあったのだ。迷うた時こそ立ち止まり、足下に槌をふるえばよい。さすれば、自然そこから大切なものどもが顔を出す。そんなわかりきったことを人が忘れてしまったのは、いつのころからであろうか。」という主人公・栗橋一止のセリフは何やら今の自分に対して教えを示してくれているようでした。
簡単に読める本ですので、ぜひご一読をお薦めします。…私は小学館の回し者ではありません(笑)

吉ゾウくんと紅花のユーチューブを発見! 平成23年08月17日

今日は施餓鬼会明けでゆっくりとパソコンの前に座っていました。
すると…長福寿寺の吉ゾウくんと紅花のユーチューブを発見!
何か嬉しくて…ご紹介しちゃいます。
http://youtu.be/K-u3ciPXwkw

「仏像作り教室」水曜日Bコースの8回目です 平成23年08月10日

今日は「仏像作り教室」水曜日Bコースの8回目です。
全10コースですので、残すところあと2回となりました。
9月18日(日)の「仏像特別展覧会」を迎えて、そろそろ完成…いえいえ、なかなかそうはいかないようですよ。「今回はムリだ~! 間に合わな~い!」と嘆いている方も数名…。
でも、一番大切なのは、「みんなで楽しく仏像づくりを行うこと」です。それもお寺で。それによって少しでも仏さまの教えに親しんでいただければ万々歳ですね。
10月からの新期コースに向けて見学の方もお出でになり、和気あいあいと充実した教室ができました。
とても暑い日が続いていますので、帰り道も気をつけて下さい。
「仏像作り教室」にご興味ある方はご連絡下さい。
「ど」素人でも楽しく彫れますよ。
■長福寿寺の「仏像作り教室」

紅花のドライフラワーリーフ 平成23年08月09日

楽しく生きる「仏さまの教え」と先祖供養

紅花のドライフラワーリーフを勝浦の高倉不器子さんが作ってくれました。
とっても大きくて直径が70㌢もあります。
今度、長福寿寺の寺務所を移転すると伝えたら、1つ作ってあげる…と言って下さったのです。ありがたや、ありがたや。9月に新寺務所ができあがったら飾らせていただきます。楽しみです。
また、来年の紅花祭りでは「ドライフラワーリーフ教室」を開いて下さるということです。こうやって寺院を拠点にさまざまな文化が弘められていくことは嬉しい限りですね。
…寺院とは元々「文化交流の場」なんですからね。

丸金由紀子さんの作品がブーケコンテスト2位となりました~! 平成23年08月08日

友人・丸金由紀子さんの作品がブーケコンテスト2位となりました~パチパチ!
そして、何と…8月10日~27日までフロールエバーギャラリー(日本橋本町1-3-5日本橋ビルディング)にて展示される事となったのです。ぜひ、お近くにお立ち寄りの際にはのぞいてみて下さい。
丸金夫人は一度人生のどん底に叩き落とされたのですが、そこで挫けずに見事復活。今ではブーケ教室を開こうと積極的に活動しています。
彼女の生き方に拍手を送りたく、敢えてご紹介させていただきました。

ちなみにホームページはhttp://www.florever.jp/gallery/gallery/post-126.php です。

モンスターペアレンツ 平成23年08月06日

先日、友人の彼女から相談を受けました。彼女は保育士として最前線で頑張っているのですが、先般…噂の…モンスターペアレンツさんに攻撃を仕掛けられ、かなり落ち込んでいる様子でした。
相談内容(…というよりは自分の実情を知って欲しいという内容でしたが…)以下のようなものです。
園児をプールに入れる際に、みんなにシャワーを浴びてもらっていました。
その時に、ふざけ廻っている子供が一人いるので、彼女が何度も注意しました。
しかし、その子供は全く言うことを聞かず、そのうちに足を滑らせて水道管に頭を打ちケガをしてしまったのです。
すると、案の定現れました。
お母様とおばあさまが、もの凄い剣幕で怒鳴り込んできたのです。
「ウチの子供にケガをさせて、どう責任とってくれるのよ~!」と。
事情を説明しても「ウチの子に限って暴れ回るなんてことは無い。ましてや言うことを聞かないなんて事はありえない。すべては保育園側の責任だ!」と罵るばかり…
このお母さん…入園式や運動会などでは、自分の子供のことを全く見ることをせず、携帯電話をイジってばかりいるため、保育園側でも問題になっているところでした。
彼女にすれば、一生懸命に子供の世話をしているにもかかわらず、ちょっとしたミスをつついて攻撃してくる親、それも自分の普段の行動を全く顧みずに自己主張のみするモンスターペアレンツさんのために心身共に追い詰められていたようです。
以下は教職員の統計データですが、09年度にうつ病などの精神疾患を理由に退職した教員が計940人にも上ります。専門家の意見では、「教員はまじめな努力家が多く、人に助けを求められず、うつ状態になりやすい傾向がある。子供だけでなく保護者の対応にも疲弊することがあり、教員が精神疾患を抱えてしまうと、指導を受ける子供にも影響して悪循環に陥る恐れがある。」と指摘しています。
彼女も真面目な性格で、何事も一生懸命、まさにうつ病になる性格そのものです。
世のお父様・お母様、ぜひご自分の子供だけ贔屓するのはやめましょう。そして最後の責任は家庭教育にあるのだということを再認識しましょう。「盂蘭盆経」に出てくる目連尊者の譬えもあります。
そこには「自分や身内、気に入った人にだけ依怙贔屓(えこひいき)していると地獄に墜ちて苦しむことになります。あらゆる人々に出来る限り平等に愛情を注いで下さい。やさしくして下さい。そうすることでみんなが幸せになれるのですよ。」と説かれています。私自身も肝に銘じたいと思います。
ちなみに、彼女にはもちろん「吉ゾウくん」のお守りを差し上げました。吉ゾウくんのご利益で元氣になれるとイイですね。

支援継続と心のケアの必要性 平成23年08月05日

楽しく生きる「仏さまの教え」と先祖供養

8月初に東日本震災の被災地へ支援活動に行ってきました。
今回で三度目のボランティアですが、何度行っても衝撃と感動をいただきます。
なお、今回は多くのお檀家さんからお米や衣類、野菜などの救援物資をおあずかりし、かつ紅花祭りの収益金の一部を支援物資に変えて現地にお届けさせていただきました。現地の被災者の方々より「救援物資をご提供頂いた方々に心より御礼申し上げます。」と御礼をいただいてきたことを先にご報告させていただきます。
初日に訪れたのは、いつものように「宮城県亘理町(わたりまち)」です。
亘理町では荒浜地区が壊滅的な被害を受けたのですが、前回5月に伺った時と違い、瓦礫などが撤去され、異臭も無くなっていたのには驚きです。人間の力というのは凄いんだな~とつくづく思いました。

亘理町では一軒家を任され、庭にたまった汚泥の取り除きや家の中の整備を任されました。このお宅では離れ家と農機具小屋、ビニールハウスがすべて流されてしまったのですが、奇跡的に母屋は無事でした。もちろん床上(いえ2㍍以上)まで浸水したため、壁は破壊され、畳や家財はすべて無くなっていました。その半壊状態の住居をみんなで力を合わせてきれいにしているのです。
すでに数日前よりこのお宅で作業を続けている遠藤さんは、すでに延べ40日間もボランティアを続けているとのこと…。被災者の力になりたくて会社を辞め、テント生活を続けながら支援活動を続ける「勇者」と出会い、人の優しさと強さにあらためて感銘を受けました。
さて二日目は気仙沼(けせんぬま)と陸前高田(りくぜんたかた)まで足を伸ばしました。
そこで見た光景は…何も無い! 本当に何も無いんです。
亘理町は荒浜地区こそ壊滅的な被害を受けましたが、それ以外はまた機能しています。
しかし、気仙沼と陸前高田は…見渡す限り…何も無い! すべてが津波にのみ込まれてしまったのです。その状況が…5ヶ月たった今でもほとんど変わっていません。異臭もまだ鼻をつきます。 被害の大きさと広さに衝撃を受けたメンバーの一人(今回初めて参加)は、足がすくみ車から降りることができません。
また、地盤沈下の影響で、至る所に水が溜まりボウフラが湧いています。
これからの衛生面なども支援活動に入れなければ…。
…実は今回、気仙沼と陸前高田まで足を伸ばした理由は、お年寄りの方々に対する心と身体のケア…「お話を聴く」「買い物に行ってあげる」「炊き出し」…を継続的に続けていくために現地の方と下準備をするためだったのです。
瓦礫や汚泥の撤去作業が少しずつ減っていく中で、仮設住宅に住む独居老人のストレスや孤独死が問題となっています。「誰とも話す機会がなく寂しい。」とストレスを抱えているのです。
「仏教者として何かせずにはいられない」…ということから、ご老人の方々と楽しくコミュニケーションを図り、お話や悩みを聴いてあげる活動をしていきたいという我々ボランティアメンバーの要望により始めていくことになりました。仮設住宅の状況などもありますので、まずは訪問し、現況を確認した上で…と思い、今回訪問させていただいた次第です。
8月末には現地会社(友人)の炊き出し活動に協力することも決まり、これからの支援活動にも弾みがつきそうです。…支援活動は継続が重要です。我々も東北被災地の方々が元氣で明るく生きられるよう、これからも訪れ続けたいと思います。
今回も同行してくれた西光寺の京戸慈仁さん、圓融寺の阿純章さん、そして武蔵野産業(株)社長の山口晃央さん、本当にありがとうございました。これからも支援活動を続けていきましょう。

忘己利他(もうこ・りた) 平成23年07月30日

先般、比叡山に行ってきました。今年2度目の駐在布教です。比叡山へ参拝に来られる方に対してご法話をさせていただくのが駐在布教師のお役目です。実は…比叡山の総本堂である根本中堂で法話している僧侶は、比叡山の僧侶ではなく地方から応援に出向いている僧侶なのですョ。4日間という短い期間ですが、多くの参拝の方々の前でお話をさせていただき、かつ交流させていただいたお陰で、非常に多くのことを学ばせていただきました。感謝、感謝です。
また、大変感激した出来事にも遭遇しました。
私が根本中堂の中でご参拝の方にお話をしていた時のことです。
根本中堂の中庭で一人の「オジサン」が黙々と草むしりをしていたのです。炎天下の中…。
比叡山の上は麓より気温が低いのですが、それでも昼間の猛暑…かなりの暑さです。その中でも「オジサン」は黙々と草むしりをしていました。

あまりの暑さですので、「熱中症に気をつけてね」とオジサンに声を掛けようと近寄ったところ…何と…根本中堂の山本輪番であることがわかりました。
根本中堂の輪番といえば、比叡山でもトップクラスの高僧です。
その高僧自らが炎天下の中で草むしりをしているのです。黙々と…
若手の僧侶でも草むしりをしている人はほとんどいない状況の中で…
その時、頭に過ぎったのが、比叡山を開かれた伝教大師最澄師のお言葉「悪事を己に向え、好事を他に与え、己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり。」という『山家学生式』のお言葉です。
「忘己利他(もうこ・りた)」の格言として有名ですね。
ここで説かれている「悪事」とは、難しく苦しみの伴う仕事を指し、「好事」とは、喜びが伴う仕事のことです。誰もが好まない仕事を自ら進んで引き受け、華やかな仕事は他人に分け与える…このような勇気と思いやり溢れる人間を育てることが仏の教えであり、天台宗の人材養成の基本なのだということです。
山本輪番のような高僧になれば、参拝の方に対するご法話も素晴らしいものであるに違いありません。しかし、そのような「場」は我々若い僧侶に分け与え、自らは誰もやりたがらない「掃除」や「草むしり」に精を出すのです。なかなか出来ることではありません。
その山本輪番からいただいた一言が心に残ります。「おごり高ぶる心を捨てなさい。人間は地位を得るとどうしても高慢の心が芽生えてくる。しかし、それが一番危険なんだ。つねに謙虚さを忘れず、若い人からも学び、自己を反省すること…それが自らを高い境地に押し上げていく根源なんだぞ。」と…。
本当に、本当に学ばせていただいた4日間でした。

人の死を看取る…ということ。 平成23年07月13日

昨日、大切な方が目の前で息を引き取った。享年84歳であった。
お檀家さんの一人として紅花づくりに貢献して下さり、大変恩を感じている方であった。
体が不自由なご子息がいるため、先々の事を大変心配しており、私に後見人になって欲しいという要望があったため、そのことを含めて今後の事を相談させていただくため見舞いに行った矢先のことであった。
私が到着した時には、まだ息をしており、ただ目を閉じていたため起こしては申し訳ないと寝顔を見ていた…私はそのつもりであった。
しかし、突然呼吸が止まり、お医者さんが駆けつけてきて「ご臨終です」の一言。ただただ茫然とするばかりであった。その後、体を清め、長福寿寺の本堂に安置させていただいたのだが…どうしても後悔の念が残る。「どうして病院に着いたらすぐに声をかけてあげなかったのか…」「もっと頻繁にお見舞いに行ってあげれば…」など…
たった1ヶ月前はまだまだお元気で、「ベッドの上は退屈だ~」とフザけていたのに…。

人の死というものは、こんなに速く進のだろうか。
大切な方が目の前で「息を引き取った」現状に、ただただ命のはかなさを感じずにはいられない。
今晩はお通夜です。せめて精一杯、心を込めてお経をとなえ、阿弥陀さまにお導きいただきたいと願っています。

批評する前に「行動」で示しましょう。 平成23年06月29日

今年も無事に「紅花フェスティバル」が終了しました。今年は「ぐるっと長南《花めぐり》」と称して、①紅花の長福寿寺 ②あじさいの野見金公園 ③花しょうぶの白井田園を無料巡回バスでぐるりと回れる新企画に挑戦しました。結果としては、あまりにも大勢の方々にお出でいただいたため、時間帯によっては150名ものバス待ちができ、お客様にご迷惑をお掛けすることになりました。大きな反省材料です。でも、それ以上に多くの方々より「とても花がきれいだったよ」とか「イベントが盛りだくさんで楽しかったよ」と喜んでいただけたので、今回の反省点も踏まえて来年は更にパワーアップして開催したいと思います。ぜひ、お出でいただいた皆様からも改善点などご指摘いただけますと幸いです。…すでにトイレが少ないというご意見もいただいております。
ただ、今回の「ぐるっと長南《花めぐり》」の企画を主として進めた私が思うのは、世の中には余りにも批評家・評論家が多すぎる…ということです。関係者の方々もご意見をいただけるのはありがたいのですが、自分は高みに立って上から目線で批評するのだけは勘弁して欲しいと思いました。特に、前向き・建設的な意見ではなく、悪いところだけをあげつらって良い気分に浸っている方には辟易しました。一緒にタッグを組んで盛り立てて下さった役場の湯原さんも突然の評論家の出現にはかなり参っていた様子です。
仏教は「行動の教え」です。お経にも「道は近くとも行かなければ到達せず。事は小さくとも行わなければ成就せず。」とあります。「伝習録」にも「知っている」「わかっている」「理解している」ということと、「できる」「実行する」ということは、まるで次元の違うことです。しかし、残念ながら多くの人が「知ってる」ことは「できること」だと錯覚しています。「あるべき論」ばかりで「行動」がなければ何も生まれません。行動を起こしなさい。と説かれています。
人を批評してみても何も生まれません。特に悪口やあげつらいはマイナス要素です。
ぜひ、ご自身の思うところを「実行」して下さい。

すべては戦略からはじまる 平成23年05月31日

またまた素敵な本の紹介です。今回は『すべては戦略からはじまる』西口貴憲著(ダイヤモンド社)という本です。
これも会社…というより組織を活性化させる戦略思考を小説形式でわかりやすく教えてくれています。…ラブストーリーも交えて…(笑)
ストーリーとしては、主人公の今井慎也がパソコン用シミュレーションゲーム専門メーカーであるK&H社の再建のために親会社から派遣されます。同じように経営立て直しのために派遣された有能キャリアウーマンの高嶺舞から経営戦略について教えてもらいながらK&H社を見事に再建していくという流れです。
その内容が、現在の天台宗や各寺院を盛り立てていくために必要なことばかりでしたので、結構熱を入れて読んでしまいました。
現在、ほとんどの寺院は既存の檀家制度に安住し、天台宗の組織内部ばかりを見ている内向き体質です。また内向き体質であるがために、目が「生きている人々」に向かず、したがって仏教について真剣に勉強しよう、人々に仏さまの教えを広めようという姿勢が希薄な僧侶も多数見受けられます。
しかし、この本を読んで、仏さまの教えを広めるのにも「戦略思考」が必要なのだということを実感したのです。その中でも、
■経営のPDCAサイクルを回す。
戦略(plan)は、それを実行(do)した後、成果が達成されているかを検証(check)することが大切であり、それを修正(action)していく必要がある。
どんな戦略も時代や状況によって通用しなくなることがある。だからこそ検証し、修正していくことが大切なのだ。
…という箇所があります。
これは経営論としては「当たり前」のことなのでしょうが、天台宗では全くといって良いほど行われていません。
寺院本来の役割(仏さまの教えを広める)を忘れ、手段としての檀家制度に安住しているのが実情です。時代に合わせ、人々の状況に合わせて寺院もPDCAサイクルを回す必要があるのではないでしょうか。
また、

■外部からの客観的な批判を受け止める。
…ということも苦手なようです。…お坊さんは偉いと思っている僧侶が大勢いますので…。
先般も比叡山に行ってきましたが、外部や参拝者の声に耳を傾ける…という姿勢が欠けているように見受けられます。もちろん比叡山だけでは無く、ほとんどの寺院が同じ状況だと思うのです。でも、これからの寺院は、人々の声に、僧侶以外の方々の声に耳を傾け、批判を受け入れる器量を持たないと変革できないと思います。
そして、最終的には

■戦略不在が組織をダメにする。
戦略とは組織の長期的な戦闘計画→経営資源の適切な配分ができる。
組織がどういう方向に向かっていくのかが全員理解できる。
具体的にどうやって目標を達成するのかという行動計画も立案しなければ意味が無い。皆がどのように動いたら目標を達成できるのかという具体策を示す必要がある。
…ということです。

宗教界は、これまで続けてきた儀礼には一生懸命ですが、「今」を捉えて活動する活力に欠けている場合が時々見受けられます。折衷案というカドの立たない案を用いて、結局ありふれた活動を続けているのです。
何を為すにも選択と集中、つまり自分たちの魅力を打ち出せる分野を選択し、そこに力を集中投下することが大切なのですね。この本から、寺院の活性化、仏教の広め方を学ばせていただきました。

県庁おもてなし課 平成23年05月17日

県庁おもてなし課

とても面白い本を読んだので紹介させていただきます。〈営業マンではありません(笑)〉
タイトルは『県庁おもてなし課』、著者は有川浩さんです。
舞台は高知県、県庁の「おもてなし課」に所属する主人公・掛水史貴(かけみず・ふみたか)さんが、アシスタントの明神多紀(みょうじん・たき)ちゃんや、観光コンサルタントの清遠和政(きよとう・かずまさ)氏、作家であり良きアドバイザーである吉門喬介(よしかど・きょうすけ)氏と共に、高知県を観光立県(高知レジャーランド構想)にする物語りです。
現在、「人々が気軽に集まり、仏さまの教えに親しむことのできる寺院づくり」を目指している私にとって、最高の教科書でした。また、長福寿寺の名物である「紅花祭り」を町と共同で盛り立てていこうと行政通いをしている今、とってもタイムリーに「行政と共同しての地域活性化」を段取りすることができました。
詳しくは、ぜひ書店にいって『県庁おもてなし課』を購入し、読んでいただきたいのですが…重ね重ね、「営業マン」ではありません…(笑)
いくつか気に掛かったポイントを羅列させていただきたいと思います。

①地元の魅力を掘り起こし、有機的につなぐ
清遠「地域の観光スポットを洗い出し、有機的に結ぶ、これだけでかなりのレジャーランドになりそうやとは思わんか?必要なのは情報の結合、交通の整備、トイレや休憩所の設備なんじゃ。」
②女性がテストユーザー
吉門「女性がOKしたらその企画は勝ったも当然。女性が集まれば男性は勝手に集まる。」
③郷土色豊かな食事
清遠「食事は郷土色豊かなものを取り入れる。客は胃袋で掴め…じゃ。」
④実現への粘り
吉門「実現できない理由を並べ立てるのではなく、実現するにはどうすれば良いのかを考える。」
⑤物語りがお土産
「物語が欲しいんですよ。その土地に行ったことによる物語をお土産に持って帰りたいんですよ。」

…などなど、こうやって箇条書きにすると無味乾燥で面白くないのですが、実際に読むとドタバタ有り、ラブストーリー有りの中に地域を観光で盛り立てるポイントが散りばめられています。この本を読んでいる時に紅花祭りを中心とした「長南ぐるっと花めぐり」の企画を推進中だったので、大いに参考にさせていただきました。「長南ぐるっと花めぐり」については下記にアドレスを載せてあります。ご参照の上ぜひ遊びに来て下さい。

■長南ぐるっと花めぐり http://www.choufukujuji.com/06_benibana/index.html

【深根栄枝】 平成23年05月11日

昨日、右足が肉離れをしてしまいました。久しぶりのテニスだというのに準備運動もせずハリキッて走り回ってしまったせいです(笑) 「ブチッ!」と音がしたときにアキレス腱を切ったかとヒヤヒヤしましたが、また肉離れだったのでちょっと安心…?
しかし、「スポーツも人生も同じだな~」とつくづく感じます。…つまり、しっかりと基礎(準備運動も含め)を積んでおかないと大きく花開くことはできないんですね。
「深根栄枝」…つまり、深く根を生やしてこそ枝が栄えるということ…身にしみます。
僧侶も同様です。たとえ寺院に生まれたからといって、それだけで僧侶の資格があるのかというと、そうではありません。人々を幸せを伝える僧侶になるためには、日夜の勉学や修行、そして僧侶仲間や社会人との切磋琢磨が大切だと考えます。
私ごとですが、今月23日から比叡山での駐在布教に行きます。駐在布教というのは、比叡山の根本中堂などで、お参りに来られた方々に法話をさせていただくことです。皆さんが比叡山にお参りに行って法話を聞くことがあると思うのですが、実は我々地方の僧侶が応援に行っていることが多いのです。もちろん比叡山の高僧の方々もご法話されます。しかし、人手が足りません。そこで我々地方寺院から応援に行くのです。…というのは建前であって、実は「スッゴク良い修行」になるのです。我々地方のお寺は檀家さんの前で法話することには慣れますが、全く見ず知らずの人々の前での法話には慣れていません。そこで比叡山へ駐在布教という名の自己研鑽に出かけているのです。お参りに来られる方は老若男女、年齢や趣味や生き様も多種多様です。その方々が「比叡山に来て良かった~」と思える法話をさせていただく…これは並大抵のことではありません。だからこそ良い修行になるのです。まさに「深根栄枝」の基礎を築く最適の場です。

でも、最近の傾向として若い坊さんの中には人々の前での説法・法話を嫌がる者が多いようです。駐在布教にも行きたがりません。とても嘆かわしいことです。天台宗内における地位にはもの凄い執着するのですが、仏教の本質である「人々に仏さまの教えを伝えること」には関心を持たない。仲良しクラブを作り、切磋琢磨しない…「ゆでガエル(注)」のような印象を受けることがあります。
ま、他の僧侶はいざ知らず、私自身は決して「ゆでガエル」にならないよう、常に「人々と、社会と共にあるように」心がけています。
ぜひ、長福寿寺にお参りに来られた時には、チェックを入れて下さい。
皆様方のチェックとお叱りとお褒めの言葉が何よりの栄養源ですので…。
(注)ゆでガエル…カエルを熱いお湯に入れると、すぐに飛び跳ねて脱出・生存するのだが、カエルを入れてから緩やかに熱くしていくと気づかずに死ぬ」という警句。スタンレー・ホール(アメリカの心理学者)によって提唱された。

東北被災地の復興ボランティアで感じたこと… 平成23年04月20日

東北被災地の復興ボランティアで感じたこと…

先般、西光寺の京戸くん、円融寺の阿純章くん、成就寺の板倉啓充くん、そして兵庫県からわざわざ駆けつけてくれた能福寺の雲井雄善さん、また僧侶では無いのに参加してくれた元木くんの6名で東北被災地へ復興ボランティア活動に行ってきました。
メンバーのほとんどは毎月一回『法華経』の勉強会で集まるメンバーです。『法華経』を勉強する中で、知識だけではなく何か実践できないか、お力添えできないか…という悩みが高まり、京戸くんのコーディネートにより実現したものです。
今回はボランティア活動に行くのが初めての人がほとんどであったため、日程も2日間に絞りました。また、被災した箇所も石巻・大船渡・多賀城・岩沼・亘理など広範囲にわたりますが、1カ所に拠点を定めようということで「宮城県亘理町」に絞りました。石巻の被災状況はかなり甚大であるのですが、1日数千人ものボランティアが駆けつけてくれていること、それに反して亘理は原発から近いためにボランティアの数が余り多くない、また我々関東からも程近いといった理由からです。もちろんどこに行くのが一番…などということはありませんので…。
初日にボランティアセンターへ行く途中の景色を高速道路から見ていると…あまりの被害の酷さにみんな絶句です。また、我々の力で何ができるのか…といった無気力さえ湧いてくるぐらいです。私自身は千葉県旭市の被災地に数日間ボランティア活動に行っていたので少しは現状を知っているつもりでいましたが…やはり規模が違いました。本当に、本当に広大な地域が津波にのみ込まれてしまったのです。でも、メンバーみんなで励まし合いながら、何か1つでもお手伝いができたら…、現地の方々と少しでも安らぎを分かち合えたら…と気持ちを1つにして行きました。
現地では「鈴木さん宅」を任され、瓦礫やヘドロの除去に専念しました。我々の他に佐賀県から駆けつけた(株)ミゾタの土井さんたちと一緒になり、鈴木の奥さんとも交流しながら2日間お手伝いさせていただきました。異臭と粉塵のためマスクとゴーグルは手放せず、慣れているとはいえ一日中スコップを振り回すのでみんなバテバテだったと思います。でも、「少しでも…」という気持ちが先に立っているので夜になるまでは疲れにさえ気がつきませんが…。また2日目はドシャブリの雨…東北の雨は寒い、冷たい…。1ヶ月前はもっと寒かったんでしょうね。被災された方の辛さが身にしみます…。たった2日間なので、本当に微力のお手伝いしかできませんでしたが、今回一度きりの活動で終わらせるのではなく、2ヶ月に一度は現地に赴いて復興活動をお手伝いさせていただきたいと次の予定を組んでいるところです。
そして今回、被災地に赴き感動したことがありました。まず1つは、本当に多くの方がボランティアに駆けつけてくれていることです。それも老若男女を問わず…。テントでの野宿生活をしながら1ヶ月間ボランティアに従事している学生さんや、遠く佐賀から毎週金曜日の夜に出発し、土日と復興活動を手伝い、日曜日の夜に佐賀へ戻っていくというサラリーマン集団にも出会いました。60歳をとっくに過ぎている方も軽トラで駆けつけていました。女性の姿も決して少なくありません。ビックリするくらいの「慈悲心と行動力」です。人を思いやる心と、それを実行する力…みんな、みんな、思うだけではなく行動で救援しようと駆けつけている方ばかりです。この2つがあれば日本は決して挫けない…そう確信した2日間でした。また、被災された方を少しでも勇気づけようと現地に向かった私でしたが、逆に私たちが勇気づけられたような気がします…そんなことも感じたのでした。

心打たれたこと… 平成23年03月18日

今日、とても心打たれたことがあります。それは地域の皆様の優しい心配りです。
実は、本日よりお彼岸のお檀家さん廻りをしました。いつもならば軽自動車で廻らせていただいているのですが、今回は自転車で廻りました。それは…ガソリンを少しでも被災地用に回したいからです。微力なのはわかっていますが、せめて愚僧の私にできること…と思い行いました。そこで驚いたのはお檀家さんそれぞれが精一杯の節電やガソリンの節約になどに取り組んでいることです。ほとんどの家は電気を消していましたし、ストーブも焚いていませんでした。お年寄りだからキツイと思われるのですが、膝掛けを2枚重ねて寒さを凌いでいるのです。また、稲作のために田圃を耕さなくてはならない時期なのですが、ガソリンを使わないために田植えの時期を遅らせている農家の方もいました。農家にとって「タイミング」というのはスッゴク大切なことなのですが、敢えて遅らせることにより、少しでもガソリンを使わないようにしているのです。さらに、ある小学校ではお弁当を粗食(おにぎりだけ)にするように通達、できるだけ食料品などの買いだめをしないように案内しているとのことでした。それらの人々に感動し、心を打たれたのです。一人一人は「本当に小さな節約」ですが、それが何十人、何百人と集まると大きな力となります。その電力やガソリンや食料が少しでも被災地に届けられ、寒くて凍えている方々のためになれば…みんなそんな気持ちなのです。皆さんのこの優しい心配りがあれば、必ずやこの難局を乗り切ることができると感じたのです。

《東北地方太平洋沖地震》 今、私たちにできること… 平成23年03月15日

この度の大地震で被災にあわれた方々に心よりお見舞いを申し上げます。また、この地震により尊い命をなくされました方々のご冥福を謹んでお祈りし、私ども長福寿寺の僧侶一同も亡くなられた方のご冥福を念じ、そして被災に遭われた方々の安心を念じて福寿阿弥陀如来様に祈念させていただきます。
私の母も岩手県大船渡出身です。実家があった場所などは壊滅状態です。親類の中にも未だ連絡がとれない人がいます。心配です…。
私がいる千葉県長南町は比較的被害が少なく、長福寿寺に於ても山門の片側が崩壊したぐらいです。(宮城や岩手・茨城とは比べものになりません)
被災していない私たちが今できることは何でしょうか?
義援金を送ること、節電・節水をすること、買いだめをしないこと、ガソリンをできるだけ使わないようにすること…いろいろとあります。もちろん微力なことはわかっています。しかし、何もせずにはいられません。少しでも被災された方のお役に立ちたい…。
そして、特に我々僧侶に出来ることは、「祈ること」です。ご冥福を、そして被災地で頑張っている方々に応援の心を込めて精一杯お祈りさせていただきます。精一杯…。

阿弥陀さまの形像とその教え  仏師 椎名長岳 平成23年2月23日

私たちにとって馴染み深く、かつ長福寿寺の本尊である阿弥陀さまについて、そのお姿(形像)や教えにふれてみましょう。
仏像には大きく分けて「如来(にょらい)、菩薩(ぼさつ)、明王(みょうおう)、天部(てんぶ)」の4種類があります。
「如来」は修行を完成し悟りを得た者を意味し、釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来に代表されます。
「菩薩」は悟りを得るために修行に励み、さらには衆生を救うために慈悲行を実践している者を指します。観音菩薩、文殊菩薩などが代表です。
「明王」には不動明王、愛染明王があり、仏の教えを伝える使者的な役割を担っています。
「天部」は人の力を超えた能力をもつグループで阿修羅像、四天王が該当します。

ここで質問です。私たち誰もが一度は訪れたことのある《鎌倉の大仏様》は何の仏像でしょうか?

奈良の大仏様とは違う姿をしていますね。

答えは「阿弥陀如来」です。

手の形を見てください。
親指とほかの四本指で輪を作り膝の上で手を組んでいます。「弥陀の定印(みだのじよういん)」と言って阿弥陀如来の特徴です。
この他にも、指で輪を作り、両手を胸の前に突き出す形(説法印)や、左手を膝上に置き、右手は肘を曲げ胸の前に突き出す形(来迎印)の3種類があります。
このように、仏像は私たちに手の形をもって語りかけてくれるのです。
長福壽寺のご本尊である福寿阿弥陀さまは「定印」で、信仰の篤い人たちをいつも温かく迎え入れてくれるのです。
また、像の後を被う光背(こうはい)は「飛天光背(ひてんこうはい)」といって音楽を奏でる者、踊りを舞う者たちが描かれ、美声の鳥が鳴き、豊かに木々が生い茂り、得も言われぬ香が満ち満ちた極楽浄土の世界を表現したものです。
そして阿弥陀様が乗っている台は蓮の花を形どった「蓮台(れんだい)」といい、仏様たちがいらっしゃる世界をあらわしています。これが仏像全体の姿なのです。

ところで、阿弥陀様は私たちに何を語りかけているのでしょうか。
私たちの世界は人と人とがいつもせめぎ合い、一日として安穏な日々がありません。
心は病み、肉体は衰え、死を間近にして不安におののくばかりです。
はるか遠い西方十万億国土の極楽浄土にいらっしゃる阿弥陀さまがこうした汚れた世の中を無くし、誰もがいがみ合うことの無い平和な仏国土を建設しようと私たちに語りかけてくれているのです。この上ない深い愛情をもって苦しみにあえぐ人々を救ってくれます。
また、阿弥陀さまの浄土を信じることによって不死への希望が満たされ、死におののくことがなくなり、今生きていることが実感できます。あなたの心持ち一つでこの世の中が極楽浄土になることを是非感じてください。
私は仏像づくりに通ってくる人たちとできるだけ心が通うように努めています。仏像は人と競ってつくるものではありません。それぞれがみんな素晴らしい作品です。仏の世界と作者の真心が感じられ仏像を刻むことが大切であり、それが阿弥陀さまの願いに叶うことであると信じています。
いよいよ4月から平成23年前期の「「仏像作り教室」が始まります。ぜひ遊びにいらして下さい。

幸せになるための「柔らかい心の運び方」 平成23年2月11日

さて、本日は【幸せになるための「柔らかい心の運び方」】と題してお話をさせていただきます。
このお話のベースは、『法華経』の如来寿量品に「質直意柔軟」という教えがあります。意味としては「心柔らかく素直に…」ということなのですが、この「心柔らかく」ということが「どんな心」なのかを掘り下げてみようと思います。
なお、前提として「私たち自身の心が極楽浄土も地獄も創り出してしまう」ということをご理解下さい。
『維摩経』にも「仏土は即ち衆生の影響(ようごう)なるのみ」「物(もつ)の宜(よろ)しき所に従いて国を制す」「衆の心に称適(しょうてき)するが故に国を現ずること同じからず」と説かれているように、同じ場所、同じ状況にあっても、そこを「極楽」にするのか「地獄」にしてしまうかは、我々の心運び次第なのです。
今回、【幸せになるための「柔らかい心の運び方」】として、3つの例え話をさせていただきます。1つは「極楽の食事と地獄の食事」というお話。2つ目に「舌切り雀の昔話」。そして3つ目に「サイコロの見え方」という内容です。
一度にHPに掲載すると長くなってしまうので、3回に分けさせていただきます。ご了承ください。

①【極楽の食事と地獄の食事】
まず1つ目は「極楽の食事と地獄の食事」というお話です。このお話は「三尺箸の喩え」という名で知られていますので、ご存じの方も多いかと思いますが、知らなかった…という気持ちで読んでやって下さい。
それから、本来のお話は3尺(約1メートル)なのですが、3尺では何となく実感が乏しくなるので、私は3㍍の箸として説明させていただきます。
さて、皆さんは極楽と地獄との食事風景をご存じですか?…知っている人がいたらビックリですが(笑)
たぶん、極楽と地獄…というのですが、食べ物から備品まですべてが全く違うと思っていますよね。…私もそう思っていました。
でも、食事内容と備品やシチュエーションは全く同じなのです。
極楽も地獄も、どちらにも円卓の上に並べられた美味しい美味しいご馳走があって、極楽も地獄も3メートルの箸が置いてあるのだそうです。
地獄では、その長い箸で我先にと自分が食べようとするため、どうしても自分の口に入らず、食べ物は落ちてしまいます。だからみんなお腹をすかせています。また、自分のことだけに必死になり箸を振り回すものだから、周りの人の頭にぶつかり、それが元で醜い争いも起きてしまいます。
一方、極楽の食事はといいますと、極楽の方は長い箸を使って向かい側の方に「お先にどうぞ」と食べさせてあげます。すると、反対側の方も「ありがとうございます。お礼にどうぞ」…という具合に仲良く食事をしています。おかげで、いつも楽しく満ち足りています。
ここでの教えは、「俺が、俺が」…という心が地獄を生み出し、「相手を思いやる心」が極楽を生じるということです。
人間誰しも自分が可愛いのです。
でも、自分が可愛い…ということをよくよく考えてみると、相手の方も自分が一番可愛いのです。
それぞれが「自分が…、自分が…」と考えて、自分勝手に行動していたらどうなるでしょうか? 想像できますね。
自らの心を極楽浄土にするためには、「まず相手のことを考える」という心運びをして下さい。
たまに「そんな…人のことを先に考えていたら、自分がダメになるのではないか」とおっしゃる方がいますが、そんなことはありません。
人間は、放っておいたら99%自分のことしか考えていません。
「相手を思いやる心」を持った状態で、やっと2割の心が相手に向けられるだけなのです。それほど人間というのは自分勝手な生き物なのです。
ですから、精一杯「相手のことを思いやって」下さい。
そうすることによって、「自らの心が柔らかく」なり、幸せになれるのです。

②【舌切り雀】の昔話
2つ目に「舌切り雀の昔話」をします。「舌切り雀」のお話は大変有名ですので、皆さんご存じだと思います。しかし、これを《仏教的に解釈したら》…どうなるのでしょうか?
まずは「舌切り雀」のあらすじを思い出してみましょう。
優しいお爺さんに助けられた雀がいました。その雀がお婆さんが障子の張り替えに使おうとしていた糊を食べてしまい、舌を切られて逃げ出します。その雀をお爺さんが追って山へ行くと、雀たちが恩返しにご馳走してくれたり踊りを見せてくれたり…。お土産として大小2つのつづらのどちらを持って行くかを聞かれ、お爺さんは小さいつづらを選びます。家に着いて中を見てみると小判が詰まっていた。それを見ていた欲張り婆さんは、大きなつづらをもらおうと雀の宿に押しかけ、大きい方を強引に奪い取ります。家まで我慢が出来ずに帰り道の途中でつづらの蓋を開けてみると、中から妖怪や蛇などが飛び出してきて、欲張り婆さんは腰を抜かし気絶してしまう…という話です。
さて、この話をよくよく考えてみると…面白いことに気がつきます。
たとえば、もし優しいお爺さんが大きいつづらを選んだら…。、妖怪が出てきたのでしょうか? それではスズメは優しいお爺さんを苦しめることになります。
また、欲張り婆さんが小さいつづらを選んだとしたら…。小判が出てくるのですから欲張り婆さんの思うつぼです。
では、スズメは最初から「優しいお爺さんのつづらにはどちらにも小判を…」、「欲張り婆さんのつづらにはどちらにも妖怪を…」入れておいたのでしょうか?
これを仏教的に考えてみたいと思います。
実は、大きなつづらも、小さなつづらも、両方共に小判が入っていたのです。
そして、お爺さんは「足ること」を知っていたので、小さいつづらに入っていた小判で十分であり、宝物となるのですが、欲張り婆さんは「足ること知らない」がために、大きなつづらの中の小判では満足することができず、その心が「妖怪」となってしまったのです。
ここでの教えは「小欲知足」…つまり、足ることを知れば心が柔らかく、心豊かに過ごすことができ、足ることを知らなければ、自らの心が地獄に堕ちる…ということです。
同じ事を『法華経』では「足るを知るは最上の財」と云い、龍樹菩薩の『大智度論』では「一切の善悪は欲望を本と為す。足ることを知れば、心憂うこと無し。」と述べています。
欲望には限りがありません。ですから、「もっと欲しい。もっと欲しい」という欲望の心が自らを地獄に落とし込み、「足ることを知る」…つまりは欲望をコントロールする(欲望を無くのではありません)ことが極楽の心を生み出すのです。自らの欲望に振り回されないようにしましょう。

③【サイコロの見え方】
最後に、「サイコロの見え方」というお話をさせていただきます。この話は以前にもさせていただいたのですが、今回のテーマにピッタリなので再度お話をさせていただきます。ご了承ください。
さて、我々がモノを見る時に、その見る角度や心の状態、周りの環境によって見え方が違ったという経験がありませんか?
例えば…「サイコロ」は見る方向で全く数字が異なります。同じサイコロを見ている…つもりでも見る方向が違えば《1》を見てい人もいれば、《6》を見ている人もいて、《3》が見える方もいます。それぞれの見る「見る方向」によって全く違う数字が見えるのです。
これは他のモノを見ても同じことが言えます。
同じように、人間は自分の置かれている地位や立場、性格、生活環境などで【モノの見え方・とらえ方】が異なるのです。それが当たり前のことなんです。だから意見が違って当たり前なんです。
しかし人間は、自分の見えている【見え方・考え方】が「絶対」だと錯覚し、執着してしまうのです。
こだわった(執着した)モノの見方をせずに、いろんなモノの見え方・考え方があるんだと思えるようになる…。決して一つのモノの見方・考え方・尺度では測れないことを理解し、異なった考え方の人を認める…この心運びが幸せになるコツなのです。
ここでの教えは、「自分のモノの見方・考え方」に頑なにこだわると地獄に落ち、「相手の違う見方・考え方」を認めることで極楽になる…ということなのですね。
以上、「極楽の食事と地獄の食事」「舌切り雀の昔話」「サイコロの見え方」という3つの例え話から【幸せになるための「柔らかい心の運び方」】をお話させていただきました。『法華経』にも「悟りとは、外にあるものではなく、皆さんのモノの見方・考え方を柔らかくすることなのです」と説かれているように、自分自身の…他人ではなく…心運びを柔らかくすること、それが幸せになる一番の極意なのです。
ぜひ、日常生活で実践してみて下さい。

八王子にある「了法寺」を参拝してきました。 平成23年1月14日

先般、八王子にある「了法寺」を参拝してきました。
「了法寺」とは、たぶんテレビなどでご覧になったことがあると思うのですが、山門脇に美人イラストの看板を建て、弁財天をモチーフにした「とろ弁天」をお奉りしている、いわゆる「萌え寺」として有名です。
私は法務の都合で朝8時半にお参りさせていただいたのですが、「了法寺」さんに大変感銘を受けました。
もちろん、寺を「萌えキャラ」化していることに対して、批判的な方もいるのかもしれません…が、何よりも、仏さまの教えを出来るだけ大勢の方に伝えたい、寺に気軽に集まって欲しいという熱意が感じられました。

つくづく思うのが、今の既成の仏教教団には「宗門や教区という内部志向」が蔓延しています。つまり「馴れ合い・もたれ合い」ということです。しかも、檀家寺院は「葬儀」にしか目を向けず、仏教本来の「教義」を学ぶことも無く、自分の言葉で伝えることも得意ではありません。何よりも、「生きている人々や社会」を見ていない寺院が多いのではないでしょうか?
もちろん、中には素晴らしい僧侶もいらっしゃいますので、全ての寺院や僧侶ではありません。しかし、大多数の僧侶が「教団内部や葬儀にもたれ合い」しているのではないでしょうか?

その点、了法寺さんは違いました。
まずは人々に集まってもらいたいと数々の仕掛けをしています。弁財天が「萌えキャラ象」だったのにはちょっとビックリしましたが…いえ、私の頭がまだまだ固いのですね(笑)
また、「萌えキャラ」だけではなく、焼香や布施などをわかりやすく説明している掲示板があったり、写経会を開催したり…とにかく「守り思想」ではありません。
見たところ、敷地も決して広くは無く、入ると墓地が広がる通常の檀家寺です。でも、これから変わるでしょう。いえ、今のご住職が変えてくれるのではないでしょうか?
 
墓参り以外の方が入ってくるのを無意識のうちに拒んでいる…そんな寺から「人々が集まり、仏さまの教えに気軽にふれ合える」…そんな寺にして欲しいですし、私自身は必ず長福寿寺をそのようにしていきます。

ご興味ある方は、ぜひ一度「了法寺」にお参りしてみて下さい。…テレビやホームページで見てもわかりませんよ。実際に「現物」を見ないと…。
ちなみに、了法寺さんのホームページは http://ryohoji.jp/ です。

この記事は了法寺さんの了解をいただいているわけではありません。私がお参りした時も不在でしたので面識もありません…が、素敵なご住職だと思います。
了法寺のご住職とだけではなく、大勢の僧侶同士が「お互いに磨き合い、かつ助け合い、成長し合い、仏教を弘めていける」といいですね。

瓦は瓦、鏡は鏡 平成22年12月12日

先日、信者さん方と共に京都の禅寺巡りをしてきました。
禅というのは日本の中世文化、特に鎌倉文化や室町文化を考える際にはとても重要で、、当時の文学や建築・庭園・食・茶などに大きな影響を及ぼしています。しかも一時の影響にとどまらず、今日の日本文化として定着していることは驚くべきことですね。
ちなみに、禅宗とは、菩提達磨がインドから中国に伝えて成立したとされる大乗仏教の一派のことです。
不立文字(ふりゅうもんじ※)を原則とし、坐禅を基本的な修行としますが、坐禅そのものは古くから仏教の基本的実践の徳目であり、坐禅を中心に行う仏教集団が禅宗と呼ばれ始めたのは中国の唐代末期からのことです。
禅宗では、「自分自身の内に本来そなえている仏さまになる性質(仏性)を再発見するため」に坐禅を組みます。文字や言葉で教えることを避けて坐禅を勧める理由として、拈華微笑(ねんげみしょう※)における以心伝心の故事を信奉し、かつ自分の内にある仏を忘れて経典や他人の中に仏を捜しまわることはかえって仏道成就の妨げになるからだと説いています。

※不立文字-『維摩経』「文字の性を離れることが悟りである」→文字とは(善悪・多少)のように対立する概念を説明するために生まれたもので、悟りの心境は言葉で表せないと仏教では考えています。
※拈華微笑-霊鷲山上で釈尊が説法している時、黙って華を拈(ひね)ったところ、弟子たちはその意味を理解することができなかった。しかし迦葉尊者だけがその意味を理解して破顔微笑したため、迦葉に禅の法門を伝えたという伝説。

さて、今日は禅宗の逸話として大変有意義なお話があるので、それをご紹介させていただきたいと思います。
タイトルは「瓦は瓦、鏡は鏡」です。

それは、中国の実質的な創始者といわれる馬祖が南嶽のもとで修行していたときの話です。
ある時、馬祖が坐禅をしていました。
そこに師である南嶽がやって来て、馬祖に質問します。「お前は何をしているのか?」
すると馬祖は答えます。「坐禅をしています。」と
それに対して南嶽がまた質問します。「それでは、何のために禅をしているのか?」
馬祖が答えます。「仏になるために…」
すると、南嶽は傍らに落ちていた瓦を磨き始めたのです。どこにでも落ちているようなただの瓦です。
馬祖はしばらく黙っていましたが、師がいつまでたっても瓦を磨くことを止めないので、とうとう我慢しきれずに質問しました。
「何をしておられるのですか?」
南嶽が答えます。「瓦を磨いておる」
それに対して馬祖は「何のためにですか?」と聞き返す。
すると南嶽は「鏡にしようと思ってな」と返答する。
そこで馬祖が「でも、瓦を磨いても鏡にはなりませんよ」と師に忠告すると、南嶽は「そうかい、それがわかっているならば、どうしてお前は坐禅して仏になろ うとするんだい。坐禅したって凡夫は凡夫だろ」と答えました。話はここで終わっています。あとは皆さんそれぞれが答えを出す…のが本当の禅なのでしょうね。
ちなみに、私の考えとしては先程申し上げたように「我々は、もともと光り輝く仏さまを持っている。しかし、長年の間に煩悩や欲望という垢がこびり付いて少し曇ってしまっているのだ。だから、仏さまの心の運び方(仏道修行)をして、自らの心を磨くことが大切なのだ。…でも、決して無いものを得るのではなく、自らの内に元々あるものを磨いているのだ。」ということになります。私たちはもともと仏さまなんだ…ということに気がつくことが大切なのですね。
皆さまのご意見はいかがですか?

大好きな親方の死を迎えて… 平成22年11月15日

先日、私が尊敬する親方が亡くなりました。享年83歳です。総代であり、かつ近所に住んでいるため、幼少の頃より様々なことを教えられ、叱られて育った記憶があります。小学生の頃は大好きな親方の家に泊まりに行き一緒に寝たこともあります…我が家から100㍍しか離れていませんが…。生まれて初めてのアルバイトも親方の会社で土木作業をし、全身筋肉痛になったこともあります。長じて、檀家廻りの時には「ウチには一番最後に来い」との[指令]をいただき、夕方遅くにお邪魔しました。実は、読経の後にお酒が用意されており、そこで長福寿寺の復興について、地域への馴染み方について、住職(父)との接し方について…などなど、数多くのことを学ばせていただきました。特に、「長福寿寺は敷居が高くて人が集まりにくい」ということに関しては、口を酸っぱくして諫められ、地域活動にも積極的に参加するように導いて下さいました。もちろん、口で諭すだけではなく、私が地域活動に参加した時には、近くに呼び寄せ、知人を紹介してくれたり、辛いことを言われた時にはかばってくれたり…本当に言葉であらわすことのできないくらいに大恩があります。

そんな親方が逝ってしまった…本当に辛いことですね。
こんな時にお釈迦様はどのように考えたのでしょうか?…教えて下さい。
確かに「諸行無常」と言います。『法句経』の中でも「すべてのものは常に移り変わり不変のものは何一つない。それが真理なのだ」と説いています。…しかし、そうはいっても割り切れないのが人間です。
…今は、親方への感謝の心を抱きながら、心から御冥福をお祈りする…それが一番なのでしょう。

さて昨今、「直葬」といい、葬儀も行わず、親類縁者すら知らせずにすぐ火葬してしまう形が少しずつ増えているようです。そのことに関して今、親方を亡くして辛い気持ちを抱える私から一言述べたい…
葬儀は遺された者(今回はご遺族や私自身、そして生前に御縁のあった方々)が亡くなった人とのけじめをつけ、悲しみから立ち直っていくためにとっても必要なことなのではないでしょうか。今回、親方の葬儀を通してそのように感じました。まだまだ悲しみが癒えているとは言えませんが、「葬儀があり、祈りの時間があったからこそ、親方との別れができ、ケジメをつけることでこれから元氣でやっていけているんだ」…そのように考える今日この頃です。皆さんのご意見はいかがですか?

子育て 平成22年11月13日

先日、「子供の教育」のプロとお話する機会がありました。
我が家も高2と中2の息子がおり、反抗期ともいうこともあり手を焼いている状態なので、思わず話が「子育て」になり真剣に聞き入ってしまいました。
その中で特に印象に残ったことを書き記してきましたので、少しご披露させていただきます。
先生が言うには、子供が助けを求めているときに「自分でしなさい」と突き放したり、当人がしようとしているにの口出ししたり、とがめたり、違うやり方を横から教えたりすることは、子供の成長にとって大きな妨げとなるとのこと。私を始め、親はついついこのようにやりがちですが、子供は「失敗から学ぶ」ということを肝に銘じて欲しいと言われました。子供を応援してあげることは大切ですが、それ以上することは、逆に子供の成長の妨げとなってしまうのだそうです。
また、子育ては、言って聞かせる「話し手モード」よりも「聞き手モード」の方が効果的だとか…。そのためにも親には心の安定が要求されます。悩みを批判したり、助言することではなく、「ただひたすら聴いてあげる」ことなのですね…忍・忍。
そして、家族や子供が心の病にかかることを予防する最良の方法は「遊んでやる」ことと「話をきいてやる」ことだそうです。これが、家族や子供をストレスから守る予防となるようです。
考えるに、人間は常に自分中心でものごとを考えています。そのくせ、あるいはその罪滅ぼしのために他人に何かをしてあげたくなるのです。子供や家族に何か言ってあげたり、してやったり、役に立ちたいと考えます。しかし、相手がしてほしいと思っている肝心のことはなかなかできないものです。物質的なもの(お小遣いやお菓子など)ならあげることができますが、心のケアを物質で補うことはほとんどできません。
要するに、子供のタイミングで遊び、子供のタイミングで話を聴いてあげること…これが最大の方法なのだということを学びました。
あとは…【実践】のみですね(笑)

すべての出来事に【仏さまからのメッセージ】が込められているのです。 平成22年11月4日

「お遍路は人生そのもの」とよく言われます。
実際に歩いてみると、急斜面の山道、それもドシャブリの雨の時もあれば、アスファルトの平坦な道が100㎞続くときもあります。晴れた太平洋を見渡せる素晴らしい時もあれば、土砂崩れで道を引き返さなくていけない時もあります。雨の中で車に水をかけられることもしばしばですし、逆に雨の中で野宿場所を探してさまよっていると見ず知らずのお婆ちゃんに声を掛けられ、泊めていただいたこともあります。また、室戸岬では太平洋をながめながら泣いてしまったこともあります…。
本当に、本当にいろんなことが起きるのが歩き遍路の40日間なのです。だから「お遍路は人生そのもの」と言われるんですね。
良い時もあれば、辛い時もある。悲しくて泣いてしまう時もあれば、嬉しい時もある…そのすべての出来事に【仏さまからの《お導き》《メッセージ》が込められている】のです。
私は四國遍路でそのように感じました。お遍路を「同行2人」というのもそのためなのでしょう。

いつもお大師様・仏さまと一緒なんです。
ですから目の前に起こった出来事を拒絶するのではなく、素直に、前向きに、我欲をできるだけ取り除いて見つめることが人生にとって大切なのではないでしょうか。
素直に、前向きに、我欲を取り除いて「出来事」を見つめ、仏さまからのお導きに順って対応すれば、必ず心を高め、幸せな生き方ができるようになります。
このことは「円頓章」という経典にも説かれています。

これは天台大師が『法華経』をわかりやすく解説した書物ですが、その中に『一色一香。無非中道。已界及佛界。衆生界。亦然。陰入皆如。無苦可捨。無明塵勞。即是菩提。無集可断』と説かれています。

経典なのでわかりにくいかもしれませんが、要約すれば「すべての現象・出来事に仏さまが宿っているのですから、嫌なことも悲しいことも拒絶するのではなく、自分自身のこととして素直に見つめなさい」というのです。
先にお話したことと全く同じですね。

人はうまくいかないことで成長し、うまくいくことで試されています。置かれた状況の中で「どう生きるか」「その経験から何を学ぶか」…このことが何よりもたいせつなこと。つまりそれは、失敗してもめげず、成功しても奢らず、学び、成長し続けることなのですね。

すべての出来事に意味がある。だから「今起こったことを素直に見つめ、今を大切に生きる」…これが仏さまの教えであり、四國遍路で学ばせていただいたことです。

悲しい経験したからこそ、人の心の痛みがわかり、優しくなれるのです。
辛いことを経験したからこそ、挫けずに強く生きられるのです。
楽しいことを経験したからこそ、自信をもって生きられるのです。

このような心運びで修行していきたいな…と思う愚僧です。

同行二人…独りの力より2人の力の方が倍増するんですね。[2人遍路修行のご報告] 平成22年10月29日

10月17日(日)から25日(月)までの9日間、またまた四國のお遍路修行に行って参りました。(1番の徳島・霊山寺から31番の高知・竹林寺まで巡拝させていただきました。)
今回は、2年半前のお遍路で知り合い、交流を重ねた立命館大学の北谷洋介君との2人旅です。
初めて出会った時には大学1年生だった洋介君も、早や大学4年生になり、来年は就職です。
学生最後にもう一度お遍路修行がしたいということで、一緒に行くことになりました。

今回のお遍路で痛感したことは【独りでお遍路するよりも、2人で歩いている方が元氣パワーが倍増する!】ということです。
独りで歩いている時には、雨の時、疲れがたまった時、山中の道、そして野宿して寝るとき…それぞれ不安を抱くことや、心が落ち込むことが…多々ありました。
しかし今回、洋介君と一緒に歩いた時には、何も不安や寂しさを感じないばかりか、心が元氣になっていくのを実感できるのです。
もちろん、身体は疲れています。特に4日目に洋介君が「50㎞遍路に挑戦したい」と言い出して実行した時には、疲労は極限状態でした。でも、でも…心は楽なんです。楽しいんです。また、成就できた時の喜びも2人で倍増して喜びました。

また、2人遍路をすると、1週間目ぐらいでお互いの「自我」が出て、ケンカをすることが多いと聞いていたのですが、今回は全くその気配もなく、2人で充実した遍路をすることができました。
洋介君の素直で優しい人柄に依るところが多いのだと思いますが、【すべての出来事には仏さまからのメッセージがこめられている。】【自分に見えているモノだけが唯一正しいのではなく、立場によって見え方が異なる。だから、相手の立場に立ってモノ事を見るようにすれば、自然と問題は解決する。】という仏さまの教えを胸に抱きながら遍路修行をさせていただいたことも良かったと思います。
今回は仕事の都合、学業(洋介君の卒業論文)の都合により、9日間という限られた期間でしたが、本当に有意義で充実した遍路修行ができたと思います。
一緒に歩いてくれた北谷洋介くん、途中で出会った寺内さん、馬場さん、阿部君、そしてこのような素晴らしい人々との出会いをお導き下さった仏さまに心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

※写真は前を歩く北谷洋介くんです。歩いて、歩いて、歩きまくっていると…いつの間にか懺悔し、涙することが多いのです。この時も洋介くんが方を落として泣いているので後ろからコッソリ写しました。後で話を聞くと、彼女である友美子ちゃんのことを思い出して、懺悔し、泣いていたそうです。…でも、そうやって懺悔し、人は大きくなるのですね。

仏像の御前に座っていると心が安らぎます 平成22年10月13日

10月の8日(金)・9日(土)との2日間をかけて岐阜の名刹参拝に行って参りました。メンバーは「仏像作り教室」の26名と【法華経に学ぶ会】の3名、そして仏師の椎名長岳師と私、合わせて31名でのバスツアーでした。今回のお参り先は①石徹白大師堂 ②長瀧寺 ③横蔵寺 ④華厳寺の4箇所です。
初日に訪れた石徹白大師堂には、平安時代に奥州藤原氏が寄進したと伝えられる国指定の重要文化財【虚空蔵菩薩像】がお奉りされていました。普段はあまり訪れる人の少ない所だということでしたが、お守りをされている上村さんに特にお願いし拝観させていただきました。
…すると、そこには今までお参りさせていただいたことのないような荘厳な虚空蔵菩薩像がお奉りされているではありませんか。総勢31名が…ただただ心打たれて自然に手が合わさるのでした。いや~本当に素晴らしい御像でした。ぜひ皆さまも一度お参りしてみて下さい。お薦め中のお薦めです。
次に訪れた長瀧寺は天台宗の古刹なのですが、現在は住職が常住せずに総代方が御護りしている寺院でした。明治初期の神仏分離令のために長瀧寺と白山神社に分離されてしまったとのこと…。仏像を安置している瀧宝殿には鎌倉時代の釈迦三尊像や四天王立像がお奉りされていました。
初日に郡山地方の石徹白・白鳥を巡ったのですが、この地域は霊峰白山への登拝口にあたり、また白山を篤く信仰していた奥州藤原家の影響により豊かな仏教文化が花開いた様子がうかがえます。
さて、2日目は少し移動して揖斐川町の横蔵寺と華厳寺です。横蔵寺は大学院時代に大変お世話になった坂本廣博(こうばく)先生がご住職をつとめる寺院です。坂本先生には学会でお目に掛かることがほとんどだったため、坂本先生の法衣姿を初めて見ました…と皆さんにお伝えしたら大笑いされました(笑) 
横蔵寺は「美濃の正倉院」と称されているだけあって平安末期の大日如来坐像、西遊記・沙悟淨(さごじょう)のモデルとなった深沙大将立像、十二神将立像や仁王尊立像など、荘厳な仏像の宝庫でした。
今回の仏像参拝であらためて感じたのですが、荘厳な仏像の御前に静かに座っていると心が洗われ、安らかになるのですね。本当にありがたい2日間でした。
最後に訪れた華厳寺は西国観音霊場の満願寺です。私も是非、西国遍路に挑戦して見たいと思います。
以上、岐阜の名刹参拝ツアーのご報告でした。来年は会津に行きます。

「友」とは何か… 平成22年10月5日

今日は「友とは何か?」について考えてみたいと思います。
皆さんにも、何人かの親友がいることでしょう。
私にも「くにみち」と「くにひろ」という2人の親友がいます。どちらも「くに」が付いているのはキミョーなのですが、2人とも性格はまったく異なるので笑えます。

さて、「友」という字の意味を調べてみると、「手と手を取り合って助ける意味」とあります。
つまり、お互いが切磋琢磨し磨き合い、辛いときには助け合い、共に成長する…のが「友」ということではないでしょうか?

現代の子供たちに「親友は何人いるの?」と聞くと、「30人」「50人」と平気で答えます。私からすると「それは知り合いであって、親友ではないでしょう」と思うのですが…。小学校の先生の話によると、現代の子供たちはお互いの心の奥深くまでわかり合おうとはしないそうです。
願わくば、単なる馴れ合い仲間では無く、お互いを深く知り、お互いの長所も短所も《認め合う》友をつくって欲しいと思うのです…これは年寄りのボヤキでしょうか(笑)

昨今、若い人の間で「ホメ活」というのが流行っているそうです。
「ホメ活」…つまり、相手をホメる活動ですね。
意識して相手の良いところをホメるのはとても素晴らしいことだと思います。ホメられて嬉しくない人はいませんし…。
ただ、それが表面上の社交辞令であったり、おべっかであるならば別です。
せっかくですから、「相手のことを本当に思って心から認め、ホメる」ことができるようになりたいですね。それが本当の「友」なのではないでしょうか。

「ケニアの子どもたちは今!」ケニアの孤児・自立をささえるビックママ 菊本照子さん 講演会を開催します。  

この講演会は、長福寿寺が主催する「ひろさちや先生の講演会」の会場でいつもお世話になっている金蔵寺・藤田泰道ご住職が開催するものです。
菊池照子さんについての詳しいプロフィールは下記のをご覧下さい。
とても有意義な講演会になること間違いありません。ぜひ、ご参加下さい。
会期■10月23日(土) 午後1時開場 1時半~3時半講演
会場■金蔵寺ホール(台東区寿1-17-2) 電話03-3841-7804
※詳しい内容につきましては、直接・金蔵寺様へお問い合せ下さい。

吉川英治文化賞を受賞する菊本照子さん 2007年4月11日

ケニアの孤児自立支えて25年 東アフリカ・ケニアの首都ナイロビで、スラムの子どもの支援を始めて25年になる。教育や職業訓練など、「自立のため、一人ひとりの可能性を信じてチャンスを与える」のが目標だ。

電気、水道、トイレもない劣悪な環境。貧困やエイズ。問題は山積しているが、「人々が夢を持って毎日を一生懸命生きている。ここには生きることの原点がある」と挫(くじ)けない。

島根県出身。好奇心が強く、「海外で活動したい」と中学教諭を5年で辞めた。大阪での会社勤めを経て、1981年、支援活動を志す夫とケニアに渡った。

日本とケニアの支援者らの協力で87年、ナイロビ近郊に孤児院を開設。だが、3年後に代表だった夫が蒸発、自身の幼い子ども3人と孤児50人が残された。

一時は支援者も離れ、資金難などの苦境に陥ったが、「自分で選んだ道。子どもを養い、孤児院も続ける」と決意。通訳や翻訳の仕事で生活費を稼ぎ、「無我夢中で踏ん張った」。

孤児院では、皆で清掃をし、家畜や有機野菜を育て、木を植える。石と草だらけだった敷地に今は森ができた。これまでに90人が巣立ち、現在も約20人が暮らす。巣立っていった若者たちが里帰りしては活動を支えてくれる。

「お金や名誉じゃないものがたっぷりと返ってきた」と思っていた時、受賞が決まった。授賞式は11日。賞は「もっと頑張れ」という激励と受け止めている。

慢心 平成22年9月26日

人間とはお調子者、すぐに慢心してしまう生き物なのかもしれない。
仏さまの教えを述べた経典にも「慢心を戒める言葉」が数多く見られる。
たとえば…「おごり高ぶる心を捨てよ。余すところなく高慢の道より離れよ。人が高慢の道に酔いしれて、失敗すること数限りなし。」とか、「仏、増上慢の人のために婬・怒・癡を離るるを解脱となすと説き給うのみ。もし増上慢無き者には、婬・怒・癡の性、すなわち是れ解脱なりと説き給う。」などと述べられています。
2番目の文は『維摩経』の観衆生品というところに説かれているものですが、ここでは、増上慢の人のために「仏教修行者は煩悩を断じることが大切だ」と述べているのであって、慢心しない人にとっては「煩悩すら修行の大切な要素なのだ」と説かれています。何とも深いですね。…だからといって何でもしていいワケではないですよ。我々は「慢心する人々」なのですから(笑)

私事ですが、私自身も先日慢心し、悔いることをしてしまいました。
息子の誕生日なので行きつけのレストランに行った時の話です。行きつけの店なので、いつもはドアを開けた瞬間に「今井様、いらっしゃいませ~!」とばかりに元氣良く挨拶をして下さるお店なのですが、たまたまその時には新人のウエイターさんだったのでしょうか、私たちの顔を知らないがために「どちら様でしょうか?」と聞かれたのです。本来ならば、「あ、予約している者です」とでも言えば良かったのでしょうが、私の心に慢心があったのでしょう。「え? 私のことを知らないの?」と言わんばかりの応対をしてしまいました。その後、席に着いてから女房に「あんたは何様なの?」…と、こっぴどく叱られました。心の中に芽生えてくる「慢心」を常に叩き潰していないといけないのだと深く自戒した夜でした。

また、こんな事もあります。
私どもの寺には十数名の修行者が日夜修行しているのですが、その中でも古株の方を指導員として置いています。しかし、この指導員というのが曲者で、すぐに慢心してしまう立場にあるのです。自分の修行は怠っているにもかかわらず、他人を指導することだけには力を入れてしまう。…人間ならば誰でも陥るワナなのかもしれません。

仏さまは述べられています。
「慚愧(ザンキ)の水をもって塵労(ジンロウ)を洗えば、自身ともに清浄の器となる」『心地観経』
私たちが本当に正しく、心安らかに生きるためには、自らの行動を常に懺悔し反省することが大切なのです。…いかに人間が慢心しやすいかということの裏返しです。

また、慢心すると人の諌言を聞かなくなります。それに対して『菜根譚』に心に染みる箴言がありましたのでお伝えさせていただきます。
「耳中、常に耳に逆らうの言を聞き、心中、常に心に払(もと)るの事ありて、わずかに是れ徳に進み行を進むるの砥石(しせき)なり。若し言々耳を悦ばし、事々心に快ければ、便ち此の生をとって鴆毒の中に埋在せん。」

→常に耳に聞きづらい忠言を聞き、常に心には思い通りにならないことがあってこそ徳行を修める砥石となるのである。それと反対に、耳に心地よい言葉を聞き、すべてが心を満足させるようであっては、その人生を猛毒の中に沈ませてしまうことになるのだ。

…仏典からの引用ではありませんが、お調子者の私としては常に気をつけておきたい言葉です。

【仏像展覧会】を終えて… 平成22年9月25日

先般、9月19日(日)から23日(木)までの5日間、長福寿寺の根本中堂において【仏像展覧会】を開催しました。合わせて80体近い仏像を、しかも「仏像教室」で皆さんが心を込めて彫り上げた仏さまが一堂に会したのです。彫り上げた方それぞれの思いや感情がにじみ出ており、拝観した私自身も心から感激しました。

その中でも、今回特に嬉しかったことがあります。
それは齋藤さんが出展して下さった【粘土で作った仏像】です。
「木彫りの仏像の中にナゼ粘土の仏像が…?」と思われるでしょう。

実は…齋藤さんは私どもの「仏像作り教室」で数年間一緒に仏像を彫っていた仲間なのです。しかし、脳溢血で倒れ入院、リハビリに励み、歩けるようになりましたが、利き腕がマヒして動かなくなってしまいました。木彫りの仏像は、ノミを使ったり、彫刻刀に力を入れて彫り上げるため、どうしても両手が必要となることが多いのです。しかし、齋藤さんは利き腕が動かなくなってしまった…これは考えられないぐらいのショックだったそうです。「大好きな仏像作りが出来ない」…悩み、落ち込み、ストレスでうつ病になってしまいました。
そんな憂鬱な日々を過ごしている齋藤さんを見かねた仲間がいました。同じ仏像教室で仲良くしていた渡辺さんです。その渡辺さんから相談を受けました。「何とか片手で仏像を彫ることは出来ないでしょうか? このままでは齋藤さんがダメになってしまいます…」と。本当に仲間思いの方だな~と心が揺さぶられました。そこで思いついたのが今年の5月に開催した「土ぼとけ教室」です。詳しくは5月のページを見ていただきたいのですが、私の友人が「陶芸の土」で仏さまを作る教室を開いているので、その友人に来てもらい長福寿寺で「土ぼとけ教室」を開催したのです。…と、ここで全ての方が満足していたならば何の問題もありませんでした。しかし、片手の齋藤さんにとっては「陶芸の土」でも難しかったのです。陶芸の土は乾燥が早く、片手の齋藤さんのペースでは思ったように作れません。「土ぼとけ教室」当日もかなり苛立っている様子でした。…しかし、そこであきらめないのが齋藤さんの凄いところです。「土」で仏さまが作れるとわかったので、作りやすい土を捜し出してきたのです。そして今回の出展となりました。
私が嬉しいのは、齋藤さんが「仏像を作りたい」という情熱を冷ますことなく、自ら「最適の土」を探し出して、自ら仏像を作り上げて来たことです。
もちろん、そこに至るまでの経緯は大変だったでしょう。ご家族に苦労もかけたでしょう。…でも、でも、悩んで落ち込んで鬱病にまでなった齋藤さんが自らの意志で仏像を作り上げたことは素晴らしいことだと思います。仏さまが導いてくださったのでしょう。心から感謝申し上げます。

もし、脳溢血などで体がマヒしてしまった方がこの記事を読んでいたら…お願いです。齋藤さんのような方もいらっしゃいます。ぜひ、あきらめずに、前向きに生きていきましょう。そして、御縁があるならば、「粘土」で仏さまを作ってみて下さい。自らの心から温かくなっていくことでしょう。
何かご質問などございましたら、お気軽にメールして下さい。 長秀

【今回出展された方のコメントです】
・白衣観音を彫っていると、母と妹を思い出します。
・仏像彫刻にふれて早や1年半が過ぎます。いい加減な性格の私が3体も彫ってしまいました。仕事柄、多くの樹木の生命を奪ってきた私にとって、仏像を彫ることは、その償いと、これからの修練だと考えています。
・不思議な御縁に導かれ、この地で初めてお目に掛かることができた善財童子様、今後は私の守り本尊として末永くお導き下さいますようお願い申し上げます。

※出展された仏像の中からいくつかを選んで「仏像作り教室」のページに掲載してあります。一度覗いてみて下さい。

みんなが一体一体、心を込めて作り上げた《仏像》特別展覧会 平成22年9月14日

9月19日(日)より23日(木・祝)まで、長福寿寺「仏像作り教室」の生徒さんたちが、一体一体情熱を傾けて彫り上げた仏像を展示、披露させていただきます。
熟練の方はすでに9年以上のベテランです。かなりの腕前で心打たれる仏像も多くあります。もちろん、仏師である椎名長岳先生の素晴らしい作品も展示させていただきますし、詳しい説明もさせていただきます。
信仰心に根ざした仏像の美しさ…皆様に感動を与えること間違いありません。
ご興味のある方はぜひお出で下さい。
(※20日(月)と23日(木)の午後は仏師・長岳師がいます。詳しくお話を聞きたいという方は20日と23日の午後においで下さい。)

なお、10月からは【仏像作り教室】も始まります。

[会期]平成22年9月19日(日)~23日(木・祝)午前10時~午後4時
[会場]桓武天皇勅願寺 三途台 長福寿寺  長南町長南969

※80体余りの仏像を展示します。  [拝観無料]

■お問合せ先 
電話 0475(46)1837  
担当 副住職 今井長秀

私たちの回りには、近年社会・家庭問題などから仏様に手をあわせる人が多くなってきていますが、心から無心になって拝んでいないような気がします。何か仏様に頼み事ばかりしているようです(笑)
そうではなく、仏の心を感じ、仏界の中に自ら飛び込んでいくことも大切なのではないでしょうか。また、仏像という姿を通して、常に心穏やかに他人を思いやり、自分のありようを十分認識し、正しい生き方をすることが「仏さまの心にかなう」ということなのかもしれませんね。

お盆で大切なこと 平成22年7月15日

お盆は正式には盂蘭盆会(うらぼんえ)といい、古代インド語の「ウラバンナ=倒懸(さかさづり)」を意味します。つまり、「逆さ吊りになったような苦しみ」にあえぐ亡者を救う行事が盂蘭盆会なのです。
「盂蘭盆経(うらぼんきよう)」によると、お釈迦様の弟子の目連尊者(もくれんそんじや)が餓鬼に堕ちている母親を見つけました。そこでお釈迦様に相談すると《大勢の僧侶に布施供養を行いなさい。そうすれば、母親のみならず餓鬼道に堕ちてしまった全ての人々を救い出すことができますよ》と教えてくれました。教えの通りにすると、多くの亡者が苦しみの世界から安楽の極楽浄土へと救われていきました…という内容です。
母様が餓鬼道に堕ちたのは、自分の子供(目連尊者)を溺愛するあまり、他の子供の苦しみ・悲しみに目を向けなかったからなのです。
つまり、ここでの教えは、「自分や身内、気に入った人にだけ依怙贔屓(えこひいき)していると地獄に墜ちて苦しむことになります。あらゆる人々に出来る限り平等に愛情を注いで下さい。やさしくして下さい。そうすることでご先祖様が救われるのです。」ということです。
さて間もなくお盆です。ご先祖様の霊を迎えるにあたってお仏壇を掃除し、精霊棚を作ります。お仏壇はご本尊とご先祖さまをお奉りする大切な場所です。なるべく家族全員で行う ようにしましょう。若夫婦やお孫さんたちが「ご先祖様を尊び、生きていることに感謝する」絶好の機会です。
お奉りの仕方はそれぞれの地区により違いが見られます。一般的には、笹竹を立て草縄を張ります。そこに五如来幡やホオズキなど実のなる植物の枝を逆さまに掛けます。棚の上にはナスやキュウリなど新鮮な野菜などをお供えします。また水を入れた器を供え、野菜を細かく刻んで洗米と混ぜたモノを中に入れます。
迎え盆(十三日、あるいは十二日の夕方)から送り盆までは、線香とお供えを絶やさず、しっかりと供養しましょう。
そして何よりもお盆で大切なことは、ご先祖様に「今、自分が生きていることを感謝し、その恩に報いるために、あらゆる人々にやさしくしてあげること」なのです。

◆キュウリの馬とナスの牛
精霊棚に「キュウリとナス」に足をつけてお飾りします。これは「キュウリの馬」と「ナスの牛」を表しています。「キュウリの馬」は、ご先祖様が馬に乗って一刻も早く帰ってきてもらいたいという願いを表し、「ナスの牛」は、お土産をもってゆっくりとお帰り下さいという気持ちを表しています。どちらもご先祖様に対する敬虔な心のあらわれですね。

スリランカとの架け橋になりたい 平成22年9月9日

昨日、スリランカのアマラワンサ高僧がわざわざ長福寿寺にお出で下さいました。それもスリランカの菩提樹苗木をお土産に…。
実は、長福寿寺はスリランカの「貧しくて勉強する環境がととのっていない子供たち」に援助をさせていただいております。スリランカの子供たちは、とても優秀で勉強熱心なのですが、貧しいために勉強する場所や机が無く、木陰や草の上で勉強しています。その子供たちに少しでも勉強する環境を調えてあげたいとの一心から
コスモス奨学金を通じて学校建設資金・机・勉強道具などを寄付しています。また「仏像作り教室」で作った仏像も寄付し、子供たちに「心」を育んでもらえるようにと願っております。

★右の写真は、寄贈した仏像を手に微笑む子供です。
…この子供たちに心豊かな人生を歩んでもらうために、私たちは何をすればよいのでしょうか…

元氣で、心豊かに生きるために… 平成22年9月9日

まもなく、9月12日(日)は長福寿寺のご本尊である福寿阿弥陀如来様の年に一度の大ご縁日です。
福寿阿弥陀如来様は親しく【お元氣あみだ様】と呼ばれ、皆さまの《身体と心の元氣を増大》して下さる絶大な御法力で大変有名です当日ご参拝いただき、ご加護をいただけば、必ずや《元氣で長生き》できます。
特に今年は、今井長新大僧正の他、厳しい修行を積み重ねた高僧十数名により、一心にご祈願させていただきます。ぜひ、ご縁を結びにお出で下さい。

ところで、福寿阿弥陀如来様のお経である『阿弥陀経』の中に「池中蓮華。大如車輪。青色青光。黄色黄光。赤色赤光。白色白光。微妙香潔。舎利弗。極楽浄土。成就如是。功徳荘厳」という経文があります。  
私自身がとても好きな経文の一つなのですが、直訳すると「池の中では、蓮の花が車輪のように大きな花びらを咲かせ、青い花は青い光を、黄色い花は黄色い光を、赤い花は赤い光を、白い花は白い光で輝いています。その輝きは素晴らしく清浄です。舎利弗(仏弟子の一人)よ、極楽浄土とは、このような「心もち」と「生き方」を成し遂げることなのです。
そうすれば、必ず楽しく元氣で、心豊かに過ごすことができるのです。」となります。

さて、「青い花は青い光を…」とは何を説いているのでしょうか。

この経文は【自分自身の特長をよく見極め、自分らしく生きてください】ということなのです。

得てして人は、自分自身を見つめることよりも、世間の噂や他人の目を気にし、振れ回され、自分自身の本当の良さを見失っているものです。
この『阿弥陀経』では、【それぞれの人が、自分の持てる力を最大限に輝かせ、その素晴らしい力を、みんなの為に活かすことが、「心豊かに、楽しく元氣に生きるための秘訣」なのです。】と説いているのです。また、自分が自分らしく生きていれば、他人を他人らしく、そのまま認めることができ、いがみ合いも起きません。
この「心もち」と「生き方」を日々の生活の中で活かし、楽しく愉快で、みんなと仲良く過ごせる毎日をおくって下さい。

仏さまの智慧―執着しないモノの見方・考え方 平成22年9月1日

我々がモノを見る時に、その見る角度や心の状態、周りの環境によって見え方が違ったという経験がありませんか?
例えば…「サイコロ」は見る方向で全く数字が異なります。「1」を見てい人もいれば、「6」を見ている人もいて、「3」が見える方もいますそれぞれの見る「見方」によって全く違う数字が見えるのです。

これは他のモノを見ても同じことが言えます。

同じように、人間は自分の置かれている地位や立場、性格、生活環境などで【モノの見え方・とらえ方】が異なるのです。
それが当たり前のことなんです。
だから意見が違って当たり前なんです。
(でも、人間は自分の見えている【見え方・考え方】が「絶対」だと錯覚し、執着てしまうのです。)

こだわった(執着した)モノの見方をせずに、いろんなモノの見え方・考え方があるんだと思えるようになる…
決して一つのモノの見方・考え方・尺度では測れないことを理解し、異なった考え方の人を認める
…これだけで「心が楽」になるんです。悩みが少なくなっていくんです。
ぜひ、日常生活の中で心がけて下さい。必ず幸せになれます

[悟りとは、外にあるものではなく、皆さんのモノの見方・考え方を柔らかくすることなのです]『維摩経』

海は広い~な、きれい~だな~! 平成22年8月8日

先日、家族でダイビングに行ってきました。
…とは言っても、ダイビングできるのは私と13歳の息子(優慈)だけなので、他の家族は海岸で泳いでいましたが…。
ダイビングショップのココナッツでツアーを組んでもらい、西伊豆の田子へ行ってきました。
今回はアドバンスドコース取得のダイブで、内容としては①真っ暗な夜のナイトダイビング ②30㍍深さまで潜るディープダイビングの2つでした。
ナイトダイビングでは、漆黒の闇の中(…実際は海中電気で照らしていますが…)の中に現れる未確認生物(…私が知らないだけですが…)。昼間の生き物とは全く違う種類&行動パターンに圧倒です。
また、ディープダイブでは30㍍の深海(?)に現れる魚・魚・魚の群れ! 完璧に1人の世界に入っていました。最高の癒しですね。
地球の奥深くに潜っていき、自然のままの魚たちを眺めている…母なる地球に包まれている感覚です。また、逆に足の下は闇黒の地底がどこまでも続いている…科学では到底計れない自然の奥深さを感じることができました。
また、地球が汚染されていることについても、直に目で見ることができ、環境について深く考える要因にもなりました。

ところで、仏教で「海」といえば、「薩婆若海(さばにゃかい)」のこと。これは、仏さまの広大かつ深遠なる智慧を海に喩えたものです。
実際、海に潜っていると地球に、仏さまに抱かれているような感覚を持ちます。
文明・科学・建造物に囲まれているだけではなく、たまに大自然の中に身を置くことは自分自身を考えるためにも、地球を考えるためにも、そして自分の心を癒すためにも大切なことなんだとあらためて実感したダイビングでした。
今回はココナッツのカズちゃんに何から何までお世話になりました。感謝、感謝です。皆さんもダイビングにご興味ありましたココナッツ幕張本郷店のカズちゃんを訪ねてみて下さい。親切に教えてくれること間違いありません。

イオンの「布施の価格目安」について考えてみました… 平成22年7月8日

先般、「流通大手のイオンが、自ら手がける葬儀紹介サービスの中で「布施の価格目安」を打ち出したところ、仏教界が「布施に定価はない」と反発している。」という記事を目にしました。また、ある信者さんからは「寺院も《布施》などと曖昧なことを言わずに明確に料金設定するべきだ」とのご意見を頂戴したこともあります。
確かにその通りだと思います。実際、葬儀や法事の時にお施主様がいくら包んで良いかわからず右往左往するのは気の毒だと感じています。本当に…
でも…でも、やはり《布施》という信仰を残し、敢えて…あえて寺院に納める金額を明快にしない方が良いのではないか…とも思うのです。

そこで、まず《布施》とは何か?…について考えてみたいと思います。
経典を紐解いてみると、『大乗義章』には「布施とは、己の財事をもって分けて他に分与するを布と名づけ、己をうれいて人に恵むを施と名づく」とあり、『維摩経』には「布施とは是れ菩薩の浄土なり」とあります。ちょっと難しくなってしまいましたが、基本的には福利(ふくり)を人に施与(せよ)することです。その福利も、決してお金だけのことではなく、財施(信者が僧侶に財物を施すこと…昔は僧侶の法衣などを信者が寄進していたのです)。法施(僧侶が信者のために仏法を説くこと…法話などですね)。無畏施[むいせ](人々の心から不安や恐怖を取り除くこと)『大智度論』とあります。
このように、金銭や仏法を相手に与えるのが[布施]であることに間違いはありません。
…ただ、娑婆世界の考え方とちょっと違うのは…「布施の時に世間の名誉福利の報を求めず、但だ出世の善根及び涅槃の因を資助(しじょ)するために、清浄心をもって布施するをいう」『大智度論』…と説かれているように、娑婆世界でいう【対価】ではないのです。[ちなみに対価として布施することを不淨施といいます]
いい加減なことを言っているのではないと解っていただくために難しい経典を引きましたが、私なりに…ホントに私なりに現代語訳させていただきますと…「布施とは、自分がこれまで積んできた悪業を清浄化し、仏さまに感謝の心を伝えるため、御加護・御供養を祈念してお渡しするものであって、決して葬儀や法事の対価では無い」ということです。
だから、表書きは「読経料」ではなく、「御布施」となるのです。

このように考えると、皆さまご自身が《布施》をすることにより、心を清浄化し、仏法に帰依し、仏さまからのご加護をいただき幸せになることが一番大切なことなのです。だから、「布施する方が御礼を述べよ」と経典にも説かれているのです。(僧侶も法話をさせていただくことで、自分自身の徳を積んでいるのですから、法話をした後は僧侶側が御礼を述べるものなのです)
皆さま方が布施を僧侶に渡すことにより、悪業を清浄化していただくのですから、皆さま方が精一杯の心で包んでいただくのが布施なのです。だから「対価」と見なされてしまう金額設定はできるだけ控えた方が良いのではないか…と考えるのです。もちろん、あまりにも不透明だとお施主さんも困りますので、長福寿寺においても「あくまで目安として」ご提示させていただいております。ただし、それは「目安」であって料金設定ではありません。ですから、お包みいただいた金額がとても少ない場合でも気にもしません。…もちろん、目安を示した時点で本来の布施ではないのでしょうが…。(本来ならば、ご自身が「ちょっと痛い」と考えられる金額を包みなさいと言われます。なぜならば、簡単に出せる金額ならば、ご自身の欲望は清浄化しません。何事も少欲知足なのですね。)
「僧侶はお金を払っても御礼も言わない」「何に使っているかわからない」という声を聞きます。しかし、本来の布施で考えるならば、ご自身の悪業を清浄化するために布施しているのですから御礼を述べるのはお施主様ご自身なのです。…もちろん、僧侶の中には金欲坊主もいます。しかし、悪い使い方をすれば、僧侶自身に災いが及ぶのが布施の考え方なのです。

さて、イオンの話に戻りますと、イオンのコーポレート・コミュニケーション部のコメント「『布施の価格が分からずに困った』『寺に聞いても、はっきりと教えてくれない』といった声が多くあり、それに応えることにした」と説明。「疑問と不安のない明瞭(めいりょう)な価格を提示するのは当社の理念」…という発言も、第一生命経済研究所の小谷みどり主任研究員のコメント「最近、事前に見積もり費用を明朗提示する葬儀社が多い。僧侶の読経も、遺族が信仰のない場合にはサービス財にすぎない。消費者の立場からすれば、布施価格の明示はありがたいのではないか」という発言も、すべては《葬儀の対価》として捉えていることに起因していると思います。
これは寺院側の布教不足にも責任があります。生きている時から「仏さまの教え」をしっかりと示していればこのような《葬式・読経の対価》などといった考え方は生まれません。今のお寺さんが葬式坊主・職業坊主となり果て、「生き方としての仏教」を示していないから生じる問題なのではないでしょうか。まずは、僧侶が深遠なる仏法を学び、実践し、その生き様を示していくことで《本当の布施》を理解していただく以外に道は無いのでしょう。
皆さんはどう思われますか? ご意見お聞かせ下さいませませ。

秩父巡礼のご報告-【秩父遍路で教えていただいたこと…】 平成22年6月30日

さてさて、秩父遍路を終えて、すでに1ヶ月が経ちますが、ようやくこの巡礼日記も終わりに近づいてきました。最後に、今回の秩父遍路で学んだこと、気がついたことなどを記させていただきたいとおもいます。もちろん、「遍路は人生そのもの」と言われるように、人それぞれによって感じ方、とらえ方が違うとは思いますので、ちょっと参考にしていただければ…とそんな軽い気持ちです。
まず私が感じたのは、「歩くことによって、自然に触れることによって見えてくるものがある」ということです。我々は日常《差別》の中にいます。
あ、そうそう、よく誤解されている方がいるのですが、《差別》というのは対象物(相手側)にあるのではなく、対象を見る我々の側にあるのです。
我々が花壇でチューリップや朝顔を育てている時に雑草を除きます。でも、山に登る方ならばわかりますが、山野草(…つまりは雑草)がどれほど我々の心を癒してくれるものか…。つまり、「雑草」という草があるわけではありません。同じ草花を山で見ると山野草となり、庭で見ると雑草になるのです。我々の心が勝手に差別をしているのです。自分の都合で…。
お遍路をしていると、草花はもちろんのこと、川の流れ、道ばたの石ころ、流れる風、すべてが私の先生となります。いろんなことを教えてくれるのです。心を癒してくれるのです。そして、どんなものでも無駄なものは何一つ無いんだ。すべてか私を支えてくれているんだ…ということを肌で感じることができるのです。

また、歩いて、歩いて、歩き疲れてくると…「オレが…、オレが…」という自我が自然に薄れてきます。実際、体力で歩けるのは3~5日、気力で歩けるのは7日~10日、その後は体力・気力ともに尽きて…「すべてを仏さまにお任せする」…そんな境地になってくるのです。
今回はたった3日間でしたが、それでも少しだけ自我から離れることができたような気がします。これは山や川や峠や樹や動物などが関係しているのでしょうか?…でも、自然の中に溶け込むと、不思議と無欲になるのです。…もしかしたら、我々が欲望・争いから抜け出ることができないのは…文明のせい?…と思うぐらい自然はいいものですね。
日常生活ではどうしても心に垢がこびり付きます。年に一度、温泉に入って身体をきれいにするように、遍路をして心を浄らかにしていきたいと思います。
本当に充実した3日間でした。ありがとうございました。

秩父巡礼のご報告-【身体のついて…】 平成22年6月29日

さてさて、今回は秩父遍路での身体についてお話させていただきます。
…とはいっても、秩父霊場の場合、総距離も100㎞、期間も3日間と短いため、心身的に極限まで追い込まれるということはありませんでした。
もちろん足は痛かったですし、5月という温かい季節なので、歩いていると汗だくとなり、ヘソ周りがアセモだらけになってしまいましたが…未だに痕が残っています(笑)
…ということで、今回の身体については四國遍路や石鎚山修行、羽黒山修行などの状況を参考にお話させていただきます。
もちろん、体力・気力というのは個人差がありますので、一概には言えませんが、私のお遍路のお師匠様である白戸秀憲先生によれば、「体力に自信のある者ほど極限で挫ける」ということです。
私も四國遍路や石鎚修行で感じましたが、体力に自信がある人は「体力のみで勝負してしまう」のです。
…でも、体力で勝負できるのは3日~5日です。前回のコメント欄にも書かせていただいたのですが、体力で四國遍路や石鎚修行、羽黒修行を修めるのは…たぶん…無理だと思います。1日40キロを地下足袋と野宿で歩く四国遍路では無理ですね。実際…。
3~5日で体力が…、そして一週間で氣力か尽きます。…その後が問題なんだと思います。その後、私の身体を動かし、足を前に進ませて下さるもの…それが「仏さま」なのです。「仏さまにお任せ」の境地で歩むからこそ、仏さまからのお力添えをいただくことができるのではないでしょうか?
石鎚修行でも、断崖絶壁を鎖一つを頼りに登っていきます。この時に体力・気力だけでは「恐怖」が襲ってきます。下を見れば数十㍍の断崖絶壁なのですから…。ですから我々行者は「南無お鎖大権現」と一心におとなえしながら登ります。「南無お鎖大権現」とは「すべてをお鎖にお任せします」という「空」の境地に他なりません。お四國では「南無大師遍照金剛」とおとなえします。これも「弘法大師様にすべてをお任せします」ということです。また、道中に「般若心経」をとなえることもあります。これも「空」のお経です。
長々と続きましたが、つまりは「体力・気力だけではなく、無我(空)の境地があるから修行を楽しむことができる」のだと思います。…また、お四國へ行きたいよ~!

秩父巡礼のご報告-3日目 平成22年6月16日

3日目は本当に素晴らしい1日となりました。 まず天気が快晴であったこと。2つ目にお参りさせていただいた寺院がとても素敵なお寺さんばかりであったこと。3つ目は大好きな峠越えが沢山あったことです。
昨日の豪雨はどこへやら…早朝から青空が広がり、爽やかな風が吹き抜け、気温も少し寒いくらいで、歩く私にとっては最適温度です。
まずは31番の観音院へ。観音院は34霊場の中でも、最も険しい難所に建つ寺院です。
…でも、これまで、ほとんど街中を歩いてきた私にとっては大歓迎ですね。
観音院に到着したのは朝の7時前、山門を入って296段の長い長い石段を一気に駆け上がり、観音院にたどり着いた…その時、目に飛び込んできたのは素晴らしい滝でした。
不動明王様をお祀りする聖静の滝は、高さ60㍍。あふれんばかりの水が流れ落ち、修験大好きの私にとっては水垢離に最適の修行道場に見えました。
後に聞いた話ですが…現在は水が枯れてほとんどチョロチョロ水の滝なのだそうです。
しかし、昨日の大雨で一気に水量が増え、私が見た素晴らしい滝となったのです。
これだけの水量は何年も見たことがないと留守番の方がおっしゃっていましたので、私としては本当にありがたい体験でした。
巨大な岩を抱くようにして建つ観音堂にお参りし、心を浄めさせていただきました。
早朝ということで、お参りの方が一人も無く、たっぷりと40分ほど読経三昧させていただき、滝を見て洗心し、最後に鐘突堂にて鐘を撞かせていただきました。お遍路の喜びを感じることのできる素晴らしい観音院、一番の思い出です。
さて、観音院を後にして次なる霊場・法性寺に向かいました。途中までは国道、そして小鹿野の街中を歩く道だったのですが、歩き遍路の道しるべが少なく難渋しました。何度となく道を聞き、どうにか大日峠への道しるべを見つけた時には一安心です。
しかし、「大日峠」の入口には「くま出没注意!」の看板。ちょっとビビります。でも、先生より「鈴の音を響かせ、ご真言をお唱えして歩けば、決してクマに襲われることはない」と教えられていますので怖れることはありません。
それでも、3.5㎞の急勾配はかなりの難所で、峠の大日如来にお参りできた時には、とても嬉しかったです。大日如来は私の守り本尊…実は阿弥陀如来好きなのですが…それでも、大日如来様は別格です。しっかりと手を合わせ読経して参りました。
峠を下ると間もなく法性寺へ到着です。法性寺は、まず荘厳な山門に心奪われました。堂々とした二層の鐘楼門はどっしりとして心を洗われます。石段を少しのぼり本堂にまず参拝、そして観音堂へ。観音堂も山の斜面に建つ見事な御堂です。また、くつを脱いでお参りできるのは嬉しいです。歩きっぱなしでしたので、立ったままで読経していると足が震えてくるのです。正座をさせていただくことにより、ぐっと安らかな心でお参りができました。そして何といっても法性寺の醍醐味は奥の院に安置されている大日如来様と岩上に立つ岩船観音様です。(実は、何も知らずに奥の院へお参りに行き、そこに安置されている大日如来様、岩船観音様を一目見て感動してしまった愚僧です。)
観音堂を少し下った大岩の間を縫って奥の院へ向かうのですが…これがかなりの距離があるし、道は整備されていないし、昨日の大雨で道が川状態、足元ビチョビチョ、しかもあまりお参りの方がいないのか案内板も地面に倒れていました…これが「お遍路」っぽくて、結構ワクワクするんです。
そして最後は巨岩の鎖場です。足を踏み外せば命がない断崖絶壁を登り、巨岩の上に立った時は感動です。(…でも、さすがに一歩踏み出すと真っ逆さまのスペースでしたので、立ったままでの読経は出来ませんでした。)お顔立ちも端正な大日如来様にお目に掛かることができて本当に幸せです。
そして、そこから少し行くと巨岩に立つ青銅の観音様、いわゆる岩船観音様が奉られています。
岩船観音様もとても優しいお顔立ちをしていました。心が救われます。
また、巨岩から遙か足下に法性寺や市街を見下ろすことができ、その眺望の素晴らしさにしばらくたたずんでいました。
心を奪われた大日如来様、そして岩船観音様から巣立ち、次なる霊場、第33番の菊水寺へ。
結願も間近なので足が速まります。
本来ならば33番の菊水寺をお参りさせていただいたぐらいで本日は終了し、明日結願しようと思っていたのですが、菊水寺を出た段階で午後2時過ぎ…少しでも水潜寺の近くに…と思って歩き出したのが運の尽き…いえ、仏さまのお導きで峠に突入、休むことも許されない状況になったのです。
9㎞の札立峠はとても素敵でした。もちろん、山深いし、急勾配ですし、クマに注意の看板はあるし(笑)…でも、樹木の間、土の道を歩いていると心が清浄化されていくのがわかります。人間はコンクリートよりも木の方が心清らかになるのですね。
さて、どうにか結願寺である水潜寺に到着したのは午後5時を回っていました。「もう入れないかな?」と恐る恐る近づいてみると、水潜寺の副住職さんが気さくに話しかけて下さり、安心してゆっくりとお参りさせていただくことができました。それも座って…嬉しい。
更には、駅まで送っていただくほどの厚遇、副住職さん、本当にありがとうございました。とても心に残る水潜寺でした。

秩父巡礼のご報告-2日目 平成22年6月1日

2日目は朝からドシャブリの大雨、カッパを着ての出発です。
雨なので山中のコースを避けて県道72号線を行くことにしたのですが…これが苦しい旅の始まりでした。歩道がほとんど無い上に交通量も多く、また朝の通勤ラッシュ時なのでしょうか、もの凄いスピードで飛ばしていく車がいっぱいありました。特にインカーブの場合、皆さん内側に寄って来られるので、ミラーすれすれという危険な場面が何度かありました。車を運転の皆さん、そんなに急がないで! 余裕をもって家を出て! …そう叫びたくなりました。車はブツかっても痛くも痒くもありませんが、歩行者は大ケガ、下手をしたら死んでしまいます。「歩道」のありがたさと、自分自身の運転を振り返る良い機会を得ました。
まず朝一番のお参りは24番札所の法泉寺です。法泉寺は116段もの石段上にあるのですが、朝一番なのでヘッチャラです。まだ7時過ぎということもあり、とても閑静で荘厳な雰囲気でした。朝から有り難いことです。
28番の橋立堂は高い岩壁に抱かれるように観音堂が建っていました。朝靄の中で拝む馬頭観音様にも心を奪われたものです。
また、30番の法雲寺では、お前立の如意輪観音様の美しさにウットリ。本当に素敵な如意輪観音様で心が癒されました。ご本尊は秘仏ですので拝観することはできませんが、寺伝によれば鎌倉時代に道隠禅師が中国から請来した渡来仏で、通称「楊貴妃観音」と呼ばれているのだそうです。1年に一度、4月18日、そして午年にはご開帳されるとのこと…必ずお参りに来よう!
さて、素敵な如意輪観音様をお参りした後は、秩父霊場巡り最大の道中が待っていました。
次なる観音院までは山中を18㎞、約5時間かかります。また、警報が出るほどの豪雨でしたので本当に苦行…いえ修行になりました。カッパは歩いていると中が蒸れて蒸れて…、また前が見にくいのが難点です。でも、右手に杖、左手に数珠を持っているのですからカサはさせないですね(笑) とにかく歩く…歩く…歩く。…この歩いている間が無心になれるんです。坐禅止観をすることで「空の境地」を得ることもできるのでしょうが、私は「歩くこと」の方が「空」になれます。感じることができます。…私は「歩く」という行為そのものから多くのことを学び、感じ、今まで見えなかった素晴らしいモノ(物質だけではなく精神的にも)が見えてくると思っています。
本来、人間の力で移動できる速度は歩く、もしくは走る速度です。
車や電車などは確かに便利なものですが、早すぎて見落としてしまうことが多くあるのではないでしょうか。道ばたに咲いている花、さわやかな風、美しい町並み、豊かな山や川などの自然、人との出会いなどなど、本当の美しさを見過ごしてしまいがちです。
また、汚染された空気、ゴミだらけの道、凶器と化した車、開発された山々など、本当の「現実」も見えなくなってしまいます。
自分が自然の一部であることを実感しなくなることによって、人間が尊大になり、また心を病んでしまうのです。
「歩く」ことにより、自分が自然の一部であり、生かされていること、いろいろな人々と御縁によってつながっていることに気づくことができます。それが本当の幸せなのではないでしょうか。
この「歩く」というシンプルな行為そのものの中に、多くの気づきと学びがあると感じました。ぜひ、皆さまもご一緒に歩いてみましょう。

秩父巡礼のご報告-1日目 平成22年5月29日

先般、秩父34ヶ所の観音霊場巡りに行って参りました。徒歩にて4泊5日の行程(約100㎞)と言われるのですが、私は野宿で巡礼させていただいた為、朝早くから夜遅くまで歩けるので3泊4日…実際には3泊3日で結願しました。(野宿の場合、公園のベンチ等で寝ます。そのため朝5時すぎには明るくなり目が覚めるのです。夜は夜で、あまり早い時間に休んでいると散歩の方などに迷惑が掛かるため夜7時までは歩くことになるのです。)
今年は「お四國遍路」に行くことができず、何か心に引っかかるものがあったので、せめて…と思い秩父巡礼を思い立ったのですが、思っていた以上に教えていただくことの多い修行となりました。感謝、感謝です。
今回は、秩父巡礼のご報告を…①札所のご紹介(洗心) ②巡礼前後の身体について(痛) ③お接待について(涙) ④車の恐怖(ひぇ~) ⑤今回の巡礼で教えていただいたこと(感動)…5つに分けて順次ご報告させていただきます。

初日、1番札所の四萬部寺に到着したのが午前4時、少し休んでから…と思っていましたが、一度始まってしまうと走り出してしまう性格…早速お遍路を開始しました。もちろんお寺さんは開いておりませんので、門前にて読経・ご真言をおとなえし、お賽銭は門前に置かせていただきました。御朱印はいただいておりません。野宿での巡礼のため納経所が開いていない時間でのお参りが結構あります。ですので、御朱印分はお賽銭にプラスしてお納めさせていただいております。また、ご朱印をいただいていると…いつの間にかスタンプラリーになってしまうこともあるので(笑)
…と、2番札所の真福寺近くになってから気がついたのですが、秩父巡礼は初めてなので1番で地図を購入する予定でした…しかし、開いているワケも無く、地図無しでの巡礼となってしまいました。お陰様で何度となく道に迷いました。お四國と違い目印がとても少ないのです…でも、迷った時にやっと見つけた目印は本当に嬉しいものです。…人間には「先が見える」ことが大切なのですね。

さて、2番に歩き出したものの、5月の4時はまだ薄暗い…そして2番は山中のため、森の中は殆ど真っ暗。ちょっと恐かったです。その山中に突然家が2軒…救われた思いがしました。昔は遍路旅館などをしていたのでしょうか。
2番札所の真福寺は三間四面の入母屋造、欄干の龍の彫刻がとても立派でした。真福寺を終えて下山。途中で光明寺にも詣でました。

秩父霊場はほとんどが街中にあるため、道中は少し忙しない感じがするのですが、何と言っても嬉しいのが「巡礼者が少ないこと」です。…お寺にとっては嬉しくないのですが。
お四國などでは、バスで参拝される団体の方が本堂の前を占領し、なかなかお寺に近づけない、もしくは読経している最中にドヤドヤとやって来て騒がしくなる…ということもしばしばなのですが、秩父はとっても静かです。境内に居る方はどんなに多くても5名、団体さんはほとんど見ませんでした。お陰様で心静かにお参りさせていただくことができました。
また、武甲山の雄大な山並みが目の前に迫り、とっても6番霊場の卜雲寺境内から眺める武甲山は力強く圧巻でした。山はパワーがありますね。
1日目の最後のお参りは23番音楽寺、音楽に関する願い事を叶えてくれる寺として新人歌手や新曲を出す歌手がお参りする寺として有名です。また、明治17年の秩父事件の歳に鬨の鐘として打たれた梵鐘があることでも名高い寺です。
お寺自体もとても風情があり、落ち着いた雰囲気でした。すでに7時近くになろうというのに、嫌な顔をせずお参りさせて下さった僧侶の方にも感謝、感謝です。
時間的にも身体的にも限界が来て、かつ音楽寺の下に公園があったので、公園のベンチを借りて今日は寝ることにしました。屋根もついているので快適です。実際、夜半に雨が降り出しましたので、屋根付きのベンチで本当に良かったです。【1日目終了】

自分で喋るよりは…聴(き)きましょう(笑) 平成22年5月20日

人の話をよく【聴く】ことは、幸せになるためのとても大切な秘訣です。
しかし、人間はとにかく喋(しゃべ)ることが大好き! 「俺が、俺が…」と自分のことだけを一方的に喋(しゃべ)りまくっているものです。自分の知識や情報を得意気にペラペラと喋るばかりで、せっかく人から話を聞けるチャンスを無くしてしまっているのですね…私を含め…。
それだけ寂しん坊なのか、もしくは自分が主役になることに快楽に酔いしれているのか…。さらには一人だけで盛り上がり、聞いている人は白けているという場面にも遭遇します(笑)
また、たとえ人の話を聞いているように見えても、内心では「次は何を話そうか…」と自分のことで頭がいっぱいです。
人にする話は、たとえそれが失敗談だったとしても何気なくどこか自慢っぽく聞こえたり、ましてや成功した話などは、自分では自慢だと思っていなくても、相手にとっては不快なものです。自慢話を〈聞いてあげる〉ことは人間関係を良くしますが、自慢話を〈する〉ことは決して好まれません。
夫婦関係や友人関係、親子関係がこじれるのは『人の話を聴かないから』なのです。

先般のことです。勉強会に出席してきました。総勢10名で『摩訶止観』を読む勉強会なのですが、一人の方が持論を長々と述べまくり、とうとう勉強にならなかった…という「事件」がありました。本音では、初参加者の中にとても面白い活動をしている方がいらっしゃったので、「その方のお話も聞きたいな」…と思っていたのですが、話題を変えてもすぐに自分の話に切り替えてしまう始末…。ちょっと残念な思いをしました。

ところで、お釈迦さまの耳は大きいですね。昔から大きい耳は福耳と呼ばれます。
これは、『人の話をよく聴く』ということを耳の大きさで表現したものです。
つまり仏さまは我々の悩みや願いを聴いてくれる存在なのです。
また、聖徳太子が一度に七人の話を聴けたというのも、同じく「人の話をよく聴く」ことの大切さを象徴化したものです。…多弁な聖者は余り見たことがないですね(笑)
「人の話をよく聴く」ということは、【相手を認めてあげる】ことに他なりません。
あくまでも、自分の考えと他人の考えは違って当たり前…これを前提に、一心に相手の話を聴いてあげましょう。そうすれば、必ず幸せになれます。…お釈迦さまが保証します。
さあ、今すぐ「人の話をよく聴く」ことを一緒に実行してみましょう!

一身弁じ難く、衆力(しゅうりき)成じやすし 平成22年5月9日

今日は紅花の草抜き&支柱立て作業でした。NPO「紅花を育てる会」のメンバー30名が朝8時半に集合して、昼間までみんなで一緒に汗を流しました。特に報酬の出ないボランティア活動なのに、皆さん一生懸命です。人間の素晴らしいところですね。昔はメンバーが少なく、5人ぐらいで草抜きをやっていると辛くて寂しくて涙が出そうになったものです。独り作業ではなかなか出来ないことも、みんなの力を合わせれば成就するんだということを教えていただきました。こんな時に伝教大師最澄様(天台宗の宗祖)のお言葉を思い出します。

それは「一身弁じ難く、衆力(しゅうりき)成じやすし」というお言葉です。このお言葉は別当大師光定師が伝教大師のお言葉を記録された『伝述一心戒文』の中に記されているもので、伝教大師が比叡山に初めての梵鐘建立を発願された時のお言葉だそうです。大まかに意味としては「独(ひと)りの力というものは所詮知れていますし、独善的になり道を誤ることも多いのです。多くの人びとの力を合わせることにより素晴らしいパワーを発揮することができるのです。」となります。事実、独りで何かを為し得ようとしてもなかなか大変なことも、大勢の力を合わせると成し遂げられることが数多くあります。

…と、ここで私の話が終わっているならば、単なる「清僧」の戯言になってしまいますね。

実は、さらにお伝えしたいことがあるのです。

「独りの力より大勢の力」といっても、烏合の衆では何もできません。実際、小田原評定ではないですが、「大勢が集まって会議して何も実を結ばない」ということも数多くあります。特に日本人は異なる意見の人を毛嫌いし、同じ意見の人と「馴れ合いの仲良しクラブ」をつくることが大好きです。何かを為すために力を合わせるのでは無く「集まるための集まり」つまり自らの意見を述べないことが集団維持の基本のようです。

「大同小異(だいどうしょうい)」という言葉をご存じでしょうか? 出典は『荘子』です。この言葉を日本人が読むと本来の意味から外れてくるそうです。本来の意味は「小さな異なりを認めて、大同を求む」…つまり、それぞれの意見の違いがあることを前提にして、それらを認めつつ、妥協できるところを妥協しようという意味です。しかし、日本人が読むと「小さな異なりを捨てて、大同につく」となります。つまり、日本人は他人と何かする時に、小さな異いまでをも一緒になろうとするのです。だからどうしても「事なかれ主義」「他人の顔色を見る」「異なる考え方を排除する」という現象が生まれるのですね。しかし、本来の意味が「小さな異いを認めて大きく同ずる」であるように《一人一人が異っていることを、異なりは異なりのまま、そのまま認め、大きな方向性を同じくして協力していく》ことが大切なのです。お互いの長所を活かしあいながらの和と、べったり一つにくっついて何もかも同じにならないといけない和とでは大分違うように思われます。自分と他の人とでは「顔が異うように、考え方も性格も、そして長所も異なります。だからこそ、【お互いの違い・長所を認め合い、お互い切磋琢磨し合う】…これが本当の「衆力成じやすし」なのではないでしょうか。

…仏教界もそうありたいものです。


なお、今年の【紅花フェスティバル】は6月11日(金)から27日(日)まで開催です。
詳しくは→http://www.choufukujuji.com/06_benibana/index.html

長福寿寺にて「つちぼとけ教室」を開催 平成22年5月5日

昨日、長福寿寺にて「つちぼとけ教室」を開催しました。
「つちぼとけ」とは、簡単に言えば陶芸用の粘土で仏さまを造ることです。

長福寿寺では8年前より「仏像作り教室」を行っていますが、これは「木」から仏像を彫り出すもの。今回は「粘土」です。

…実は、「仏像作り教室」の元メンバーの方で、脳溢血で倒れて片手が不自由になり、彫刻刀を使っての仏像作りが出来ないため、家で粘土(固まらない粘土)で仏さまを作っている方がいます。しかし、独学でしかも片手の為、なかなか思うように作れません。そこで、私の友人に「つちぼとけ教室」を全国で開いている三浦氏に依頼し、今回の教室開催となりました。

総勢18名の参加者が三浦先生の手ほどきにより、それぞれ仏さまを作り上げていきます。
基本的には「お地蔵様」を、それも三浦先生に教えられた通りに作り上げている…つもりなのですが、何故か表情がそれぞれ異なるのです。

三浦先生いわく、「自分の心の状態がそのまま顕れてくるのですよ。穏やかな心で作っている時には穏やかな仏さまが、イラついている時に作った時にはイラついた仏さまが出来ます。そして何よりも自分自身の顔に似てくるのです」とのこと…。

つまり、土で仏さまを作っているつもりでも、実は【自分自身の心の中にいる仏さまを導き出している】のですね。
木彫りの仏像づくりでも全く同じです。
作り上げた仏さまは【自分自身そのもの】なのです。
そして、作り続けているうちに、心が落ち着き、表情が穏やかになり…つまり、自分自身の心も穏やかになっていくのです。
すべての方が、心の中に光り輝く仏さまを抱いています。
その仏さまを感じることができるか、それとも無視するか…の違いで生き方が大きく変わってくるのではないでしょうか。
そのように感じた[つちぼとけ教室]でした。

また、秋口にでも開催したいと思います。
なお、[つちぼとけ教室]にご興味ある方は、一度、三浦先生のホームページをのぞいてみて下さい。
とても素敵なお尚さんですよ。奥様も美人ですし。

ホームページは http://111.or.jp/index.html です。

「無縁死」について考えてみました… 平成22年4月28日

益々加速する混沌たる社会の中、宗教家の方々にしか出来ない役割が一層必然的に必要とされます。
是非とも、私達にもう一度、自らを、他人を信じる力をエスコートしてください。
物質的な豊かさだけでは、更なる欲を芽生えさすだけではないかと感じます。心の豊かさと両立してこそ本当の幸せと、導いていく事が出来るのはやはり、宗教家にしか出来ない技ではないでしょうか??
それぞれに出来ない事を委ね、出来る事の交換をして、社会に求められる私達になりたいものですね。
ところで、今「無縁死」ということが問題になっています。
先日もNHKスペシャルで報道されていましたが、ここ数年「身元不明の自殺と見られる死者」や「行き倒れ死」など、誰にも知られず、引き取り手もないまま亡くなっていく人が増えていうことです。
その数字にビックリしたのですが、「無縁死」が年間3万2000人にのぼり、そのうち1000人が未だ身元不明のままなのだそうです。
日本が急速に「無縁社会」ともいえる絆を失ってしまった社会に変わっている実態が浮き彫りになってきているようで衝撃を隠せません。
そうした現状を踏まえて、宗教者の皆さまにできることはないでしょうか? そして我々にお手伝いできることはないでしょうか?
名古屋市 市原直也


このメールは、名古屋で会社を経営する私の友人から届いたものです。
メールをいただく前に、一緒に鹿児島へ旅行に行った際にも、懇親会の席で1時間にわたり「無縁死」についてレクチャーを受けた後のメールでした。
実際、「無縁死」についてあまり深く考えていなかった私にとって、市原さんの発言は衝撃でした。
それから、頭に「無縁死」のテーマがこびり付いて離れません。
我々僧侶に何ができるのか? 一生懸命考えています。
どうぞ、皆さんからもご意見を頂戴できますよう、お願い申し上げます。


■ちなみに「無縁死」についての記事は
http://www.nhk.or.jp/special/onair/100131.html  をご覧下さい。

金のなる記 [鹿児島県 丸武産業] 平成22年4月11日

先日、鹿児島で訪れた丸武産業さんの工場に掲げられていました。僧侶が「金」の話をするのも何なのですが、仏教の教えと外れることのない素晴らしい教えが説かれています。また皆さんも「家庭」や「生活」がありますのでご参考にしていただければ幸いです。…「お金」にも執着し過ぎなければ良いのでは…

《金のたまる人》

①感謝の生活をする人 ②収入以下で生活する人 ③家庭円満の人 ④金や物を大事にする人 ⑤健康に心がける人 ⑥独立自尊心の強い人 ⑦仕事を趣味とする人 ⑧一事を貫く人 ⑨常に節約する人 ⑩儲けをアテにしない人
《金のたまらない人》 ①常に不平不満を云う人 ②見栄を張り贅沢をする人 ③家庭不和の人 ④金や物を粗末にする人 ⑤悪友を持つ人 ⑥依頼心の強い人 ⑦朝寝坊道楽の多い人 ⑧三日坊主の人 ⑨常に借金をする人 ⑩一攫千金の夢を見る人

…そして最後に「いつ迄もあるとおもうな親と金」と説かれていました。
いや~、金を儲けることと仏さまの教えを守ること…何も変わらないのではないでしょうか?

■右の甲冑は丸武産業さんの作品です。素晴らしい出来栄えですね。

言葉の戒め (良寛さん) 平成22年4月11日

①言葉の多いこと ②話の長いこと ③手柄話をすること ④自分の生まれや身分の高いことを言うこと ⑤人がものを言い切らないうちに喋り出すこと ⑥たやすく約束すること ⑦人に物を渡す前に何々やろうと言うこと ⑧物をやったことを他人に言うこと ⑨心にも無いことをいうこと…

鹿児島優良企業視察を終えて… 平成22年4月10日

先般、鹿児島へ行ってきました。私が以前勤めていた日本経営合理化協会の会員社長12名と鹿児島企業の研修視察です。
視察先は麹菌を活用し健康飲料を開発している錦灘酒造(株)、、本格焼酎・黒霧島で有名な霧島酒造(株)、人口2万6千人の鹿児島県阿久根市で売場面積4500坪のスーパーセンターを運営するマキオ(店舗名はAZスーパーセンター)、時代劇などで使用する鎧兜のシェア9割を占める丸武産業(株)、鹿児島の銘菓であるカルカンなどの原材料を製造している小城製粉(株)などを歴訪し、現場を見て、また各社社長より薫陶をいただいて、研修してまいりました。僧侶の私が参加しているのを不思議に思うかも知れませんが、私の考えでは「宗教界内だけしか経験していない、知らない僧侶になりたくない」のです。
やはり、自分の業界内しか知らないと視野が狭く、かつ保守的になりがちです。
しかし、異業種や異なる国を経験することにより、視野も広がり、かつ自分自身を理解することができるではないでしょうか?
今回も感じたのですが、同行される経営者の皆さまは真剣そのものです。
少しでも学ぶところがないか、自社で応用できないか…と目を皿のようにして観察し、真剣に耳を傾けていました。
もちろん、視察先の会社は素晴らしいところばかりです。「すべてはお客様のために…」と一生懸命お役立ちをしている方ばかりです。
「坊さんもこれぐらい真剣に仏教を探求しないと人々から捨てられるぞ!」と感じたものです。
寺院も人々の心に合わせて布教方法を変える! もっともっとわかりやすくしなければ…変わらなければ生き残れないと痛切に感じたものです。本当に有意義な3日間となりました。

不安になったら「書き出して」みてください。 平成22年2月1日

時々、漠然とした不安に襲われることがあります。何が不安なのかもハッキリとせず、どこから手を付けて良いのかわからないこともあります。さらには、いくつもの不安が次々と頭に浮かんできて、潰されそうになる時もあります。
もちろん人間は生きている限り悩みが必ずついて回ります。しかし、その悩みから逃げてしまうと、ますます悩みが大きくなり、不安が積み重なっていってしまうものなのです。…でも漠然とした不安はイヤなものですよね。

そこで…

まず手始めに、頭に浮かんだことをそのまま書き出してみて下さい。
不安に感じていることはもちろん、不安とは関係ないように思えることでも、ちょっと心に引っかかっていることなどを思いつくままに書き出すのです。
断片的でも構いません。形にとらわれることなく自由に書き出し見てください。
最初は慣れないかもしれませんが、次第に自然にできるようになってきます。
書くだけでスッキリとしてしまうこともありますし、また、書いた後3日間ぐらい放置し、書き出したものを読み返してみると、自分が考えていたことや、何に不安を感じていたのかが見えてくるようになるものです。
…じつは、「不安な自分」に不安がっていることも多いのですが…。
だから、時間を経ることによって自分が不安に感じていたことを少し冷静にみることもできるようになりますし、どうすれば良いのかも冷静に判断できます。
もちろん、すべての不安が解消されるわけではありませんが、8割以上の悩み事はこれで解決できると云われています。一度実行してみて下さい。
そして、その悩み事に直接向き合うことで、あなた自身が一歩も二歩も成長していくのではないでしょうか。

「捨てる」 平成22年4月1日

人間の苦しみは欲望への執着が原因となっていることが多いようです。
地位・名誉・プライド・金・異性・酒・過去・恋愛・怒り・喜び…こういったものに人間は幸せを感じるのですが、そのことへ「執着」するから、今度は苦しみとなってしまうのです。
一度手に入れたら何が何でも手放したくないのが人間です。
しかし、手放したくないという「執着の心」から離れないと、せっかくの「幸せ」が「苦しみ」に転化してしまうのです。
こだわらずに「捨てる」からこそ「いただけるものもある」のです。
何が何でも自分のものだと思って、すべてをつかもうとすると苦しみが生じるのですが、思い切って「捨てて」みて下さい。
必ず仏さまにお導きいただくことがけます。

仏さまは私たちの心の中にいるのです! 平成22年3月25日

私たちの人生を導いて下さるのは仏さまです。
その仏さまは…実は私たちの心の中にいるのです。
私たちの「思い」こそが仏さまなのです。
私たちは自分自身の「思い」によって束縛されています。
そして私たちをあらゆる束縛・苦しみから解放するのも自分自身の「思い」なのです。
身体も「思い」の下僕です。心の中でめぐらされる「思い」に常に従っています。
病気と健康は自分自身の「思い」の現れです。
楽しい「思い」、善の心は、どんな名医よりも上手に肉体から病気を一掃します。
悪意・皮肉・疑い・羨望などで心を満たし続けている時、知らず知らずの間に自ら創り上げた地獄の中に、自らを落としめているのです。

自らの「思い」を、常に明るく、清らかにしていきましょう。

アマラワンサ僧侶よりの手紙 平成22年3月20日

親愛なる今井長秀様
貧しくとも優秀な子供たちを支援しているコスモス奨学金の鈴木代表と共に、今井長秀僧侶の名代として椎名僧侶にお出でいただき、心より感謝いたします。
この度は、大切な仏像や寄付金までいただき、本当に嬉しいです。
いただきました寄付金は、子供たちのために使うことを約束します。
私たちの寺院は西暦2000年に廃寺であったのを復興させたものです。いろいろと苦しいこともありましたが、今では村の中心となる素晴らしい寺院になりました。
さらに、貧しい子供たちのために鈴木先生と五木田先生が奨学金制度を創ってくれました。
地域の子供たちが仏教の勉強ができるように、スリアベヤワンサという日曜学校も始まりました。
勉強する場所や机が無くても、木陰や草の上で勉強しています。
この度の今井僧侶様のご寄付を契機として、スリランカと日本とを結ぶ架け橋が更に強くなることをのぞんでいます。
いつかスリランカにいらしてください。私のお寺にご招待いたします。
皆さまに仏さまのご加護がありますように。    アマラワンサ僧

スリランカのアマラワンサ僧侶からのお手紙です。原文はスリランカ語(シンハラ語? タミル語?)でしたので、鈴木さんに翻訳してもらいました。

瞳輝くスリランカの子供たち 平成22年3月20日

2月13日から17日までの5日間、インドの南東の島[スリランカ]に旅してきました。スリランカといえば昔のセイロン、宝石と紅茶で有名なインドの南端にあり、日本から直行便で約9時間、遠い国という印象がありますが、カレーを常食とし、日頃使う車は殆どが日本社製車で、仏教徒が多くを占める信仰の篤い人々国です。
さて、今回の旅行の目的は、仏像教室の生徒さんの中に、スリランカの子供たちの生活や学業の援助をしている鈴木康夫さん(東金市在住)という方がおり、その方が運営しているコスモス奨学金制度の現地における年1回の奨学金授与式に参列するため、彫刻教室の生徒さん5名と一緒に同行をさせていただきました。 この制度は20年前からスタートし、会員からいただいた会費を(会員が約50名)現地の僧侶たちが中心となって、経済的に恵まれない子供たちへの学用品購入に贈呈するものです。この国の子供たちの就学は6歳から18歳の12年間で、小中高校一貫の義務教育となっており、 授業料は国が全額負担するのですが、勉強に必要 な学用品や通学用品は親の負担となっています。 学校の運営はすべて公立となっていますが、  校舎の設備まで手が届かず、国外からのボランテ ィアに頼っている状況です。最初の奨学金の授与式ではコスモス奨学金の事務局をしている寺院に200名ぐらいの子供や保護者の人たちが集まっており、大歓迎を受けながら参加をいたしました。授与式に先立ち仮設の舞台の上では子供たちによるダンスなどが繰り広げられ、その後学校から推薦をうけた子供たちに1年間の学用品が授与されました。授与式の終了後には、お寺の関係者が夜遅くまで作ってくれたカレーを参加者の皆さんと一緒に地元の人たちのマナーに従い、手を使いいただきましたが、なかなか口に運ぶのが難しかったです。
翌日、コスモス奨学金の援助で建設された学校を訪問しました。生徒数が約50名という小さい 学校で、校舎はバラック建て、各教室との仕切り がなく、全校生徒の集会等にはその都度机を動か し、スペースを作る始末でした。また黒板は板張り で今にもはがれそうで落ちそうで、50年前の私た ちの時代そのものでした。でも、黒い瞳を輝かせ、にこやかに私たちを迎えてくれました。校長先生の話の後、子供たちを代表して、中学生の女の子が挨拶をしました。「今、私たちは日本の人たちのおかげで毎日勉強ができるようになりました。一生懸命勉強してこれからは世界の恵まれない人たちに恩返しをしたいと思います。」と述べ、その言葉に強い感動をうけました。その後、里親として援助している子供の家を訪問しました。街の中心から10㎞程離れた田園の中にある家で、電気さえ引けない貧しい家庭でした。でも子供たちは屈託のない人なつっこい光り輝く目を向け、元気に暮らしていました。食べる物もなく、水だけを飲んで飢えを凌ぐ日がある子もいると聞かされました。それでも勉学に対する意欲は人一倍旺盛で、将来この子は看護師になりたいと一生懸命勉学に励んでいるそうです。
今、日本の子供たちはあまりにも恵まれすぎています。勉強したくてもノートや鉛筆がない、学校に行く制服や靴もない、そんな子供が世界に沢山いることを知りません。私たち大人も忘れてしまっています。毎日腹を空かせ、兄弟仲良く一つのお菓子を分け合い、夢を追い続けていた子供の時代を…。スリランカには、私たちが忘れてしまったあの頃があります。この旅を通じ、これからの日本の時代を担う子供たちを一生懸命育てていかなければならないと思いを新たにしました。
スリランカには沢山の可能性を秘めた将来を担う子供であふれています。スリランカの子供たちに光が輝く永遠の未来を! 

長福寿寺 仏像づくり教室 仏師 椎名長岳

「真の道」 平成22年3月8日

辛いことが多いのは、感謝をしないからである。
苦しいことが多いのは、自分に甘えがあるからである。
悲しいことが多いのは、自分のことしか観ていないからである。
心配することが多いのは、今を懸命に生きていないからである。
行き詰まりが多いのは、自分が裸になれないからである。
これ佛の教えなり。

他人と比較するのを止めよう 平成22年2月26日

現在行われているオリンピック報道を見てひと言…

『法華経』にのたまわく
他人と比較することを止めよう。すべての苦しみは他人との比較から始まるのです。他人との比較を止めるだけで、貴方の心は自由自在になり、最大限の力を発揮することができるのです。
成功しない人は人に勝とうとし、真に成功する人は、自分に勝とうとするものです。

■他人との比較では決して真実の幸福を得ることはできません。比較に終わりはないからです。「自分の心を今よりも高めること」…それが仏教であり、真実の幸せをつかむ道なのです。

自分自身の思いこみ… 平成22年2月20日

お元氣さまでございます。昨日は円融寺の阿副住職さん、西光寺の京戸住職さん、そして廣済寺の佐藤副住職さんと『法華三昧懺儀』についての勉強会をしてきました。そこに説かれていたことは…「自分が『こうだ!』と思ったからと言って、それは絶対ではない」…ということです。つまり、自分自身のモノの見方には偏りもあり、先入観も思いこみもあるのですから、自分自身のモノの見方に執われすぎてはいけない。一度立ち止まって、自分自身の心の中を良く観察しなさい…と説かれています。これを仏教では「空」というのですね。

『怨み尽く』 平成22年2月19日

怨みに対して怨みで対応していては、つぎつぎに怨みが生まれるばかりで辛くなるばかりです。怨みに対して慈悲の心、善の心を持って応ずるならば、相手の怨みも解消され、お互いがhappyになれるのです。まず、あなたから悪意や怨念を持たずに接してみて下さい。
『法句経』第五偈

「ありがとう」と毎日5回言うと幸せが舞い込んできます。 平成22年2月18日

「ありがとう」と毎日5回以上言い続けると幸せが舞い込んできます。「絶対に…」です。
私は毎日最低5回は「ありがとう」という感謝の言葉を使うように心がけています。…「たった5回」と思うかも知れませんが…実は意識していないとほとんど言っていないものなのです。「心で感謝していれば良いではないか」とおっしゃる方もいます。もちろんそれはそれで構いません。ただ、言わないよりも言った方がすべての人がハッピーになれることは間違いありません。特に身近な方…奥様や旦那様、御両親、お子様、直属の上司や部下、近所の方々…などには、滅多に「ありがとう」と言わないのが日本人なのです。
ありがとう…とは、「有り難う」と書き、自分一人の力ではできないこと、成就しにくいことができたとき、あり得ないことが起きたというので「有り難し」と言い、元々は神仏に対する敬虔な気持ちを表す言葉でした。つまり、自分一人が生きていくために様々な人々や動物などの御縁・力添えをいただいていることに対する感謝の心をあらわす言葉なのですね。
《他人に感謝する心》《人を敬う気持ち》がなくなったら世の中どんな風になるのでしょう。
殺人・強盗・放火…すべては感謝の心を忘れ、自分勝手な欲望に振り回されたため引き起こされる行動なのだとお釈迦さまは諭(さと)されています。
ぜひ、感謝の心をあらわす「ありがとう」という言葉を1日5回だけ言ってみて下さい。
夫婦間が…、家庭が…、地域が…必ず幸せが舞い込んできます。

そして最後に…自分自身にも「ありがとう」と言ってあげて下さいね。
自分自身に感謝できない人は、他人にも優しくすることができないのですから…。

平成22年も【忍(にん)・認(ニン)・稔(Nin)】で幸せいっぱい! 平成22年1月1日

新年明けましておめでとうございます。三途台 長福寿寺 副住職の今井長秀です。
今年も、皆さまにとって楽しく健康で、素晴らしい年になりますよう御本尊様に心よりお祈り申し上げます。

そうそう、先日、とても嬉しいことがあったんです。
おととし12月より夫婦円満祈願をさせていただいている神奈川県の斉藤俊男さんより電話があり、「奥様の肩や腰を毎晩揉まされて大変だ」…という喜びの不満?…を聞いたからです。(長福寿寺は夫婦円満祈願でも有名なんですよ。但し、10組限定の、とても大変な御祈願なので宣伝していません。)
実は、この斉藤さん…おととしの12月に電話があった時には、奥様に「夫と同じ空気を吸いたくない」と別居され、ご本人もウツになり「死にたい…」とも洩らしていたほどです。
それが…1年(たった1年なのか、長い1年なのかは本人次第ですが…)で、奥様の身体を触れるところまで仲良くなったんです。ホントに驚きですよね。
斉藤さん自身は「毎晩なんだから大変なんですよ」と言うのですが、私に言わせれば【幸せのボヤき】である。人間の欲望には限りが無いのだから仕方ないのですが(笑)
この1年間、斉藤さんのために長福寿寺の僧侶一同で夫婦円満祈願をさせていただくとともに、斉藤さんご自身にも心を込めて御祈願いただき、かつ、「ある教え」を実践していただきました。その「ある教え」というのが幸せいっぱいになる【忍・認・稔】の真理なんです…私はカワユく「にん・ニン・Nin」と呼んでいます。
まず、おととしの時点では、斉藤さんは奥様に対してボヤいてばかりいました…「ウチの嫁は俺の悪口ばかり言う」「掃除も洗濯もしない」…などなど。奥様が自分のことを愛してくれない鬱憤を奥様に対してボヤいていたのですね。…それでも、奥様とはどうしても離婚したくない…と言うので、ひとつお願いをしました。それは…奥様に対する悪口を止めて、まず【奥様からの暴言をしっかりと忍んで下さい】ということです。
自分の悪口を言っている奥様を、最初から「認める」なん てことは出来ないですよね。でも「忍(にん)→まず、受け止める」ことならばできるの ではないでしょうか。それが夫婦円満への一番の早道だとわかったら尚更です。すると、次の段階として相手を「認(ニン)→認める」ことができるようになります。
実のところ、奥様の深層心理には「私のことを認めて欲しい」という思いがあるのです。これは夫婦関係に限ったことではありません。子どもに対しても同じですし、上司や部下でも同じ事です。例えば、子どもに「早く勉強しなさい!」…と、親は子どものためを思って言っている…つもりです。それを「うるさいな。わかってるよ!」と子どもが反発するのは、子どもなりに頑張っている部分を認めて欲しいからなのです。いつまでも「認めてくれた」という実感が得られない。そう感じると、子どもは親の気持ちとは正反対の行動を起こすようです。また、普段よりも甘えて来たり、小さな怪我でも必要以上に痛がったりするのは、「自分の存在を認めて欲しい」という心の叫びなのです。
斎藤さんの奥様も同じです。奥様の深層心理が「私のことを認めて欲しい」と言っているのですから、認めてあげれば良いのです。そうすれば、面白いようにすべてが上手く回り出すんです。
しかし、最初から「認めよう」とすると大変なので、「忍ぶ=受け止める」ことから始めるのです。これぐらいならば、ちょっと意識を変えるだけで出来ると思います。…最初はストレス溜まりますが…。また、奥様に期待しすぎない。奥様をコントロールしようとしない…ということもお伝えしました。
ところで…「自分が忍耐していたら、相手が余計に調子づくのではないですか。」と言われる方がいます。でも、決してそんなことはありません。必ず相手も柔らかくなってきます。こればかりは実践しないとわからないので、ぜひやってみてください。
さて、斉藤さんの話に戻りますと、3ヶ月ほどは「忍」に悩まされていました。どうしても「自我」が出てくるのですね。でも、夫婦円満に戻りたいという熱意から、どうにか半年後には「忍」が実行できるようになったので、次の段階である「認」を実行していただけるようお願いしました。…実は、「忍」ができるようになれば、自然と「認」になっていくのです。奥様を認められるようになっていくのです。長所を見るようになっていくのです。そうすると、これも仏さまからの御加護なのか、自然と「《稔》(Nin)→お互いがお互いを認め合い、稔り合う」という円満の関係になっていくものです。このような関係を私は「幸せになる《にん・ニン・Nin》の真理」と呼んでいます。 これを日々の生活の中で実践していけば、必ず夫婦も、子どもとの関係も、仕事も良好になり、毎日を楽しく心豊かに過ごすことができるようになるのです。
…ちなみに、この1年間、斉藤さんの相談にのっていた私ですが、一番学ばせていただいのは私自身であったということに…「あ!」と気がついたのは最近のことです(笑)   今井長秀

【布施】について考えてみました… 平成21年12月20日

先般、ある信者さんより「寺院も《布施》などと曖昧なことを言わずに明確に料金設定するべきだ」とのご意見を頂戴しました。
確かにその通りだと思います。実際、葬儀や法事の時にお施主様がいくら包んで良いかわからず右往左往するのは気の毒だと感じています。本当に…
でも、やはり《布施》という信仰を残し、敢えて…あえて寺院に納める金額を明快にしない方が良いのではないか…とも思うのです。

そこで、まず《布施》とは何か?…について考えてみたいと思います。
経典を紐解いてみると、『大乗義章』には「布施とは、己の財事をもって分けて他に分与するを布と名づけ、己を?(うれ)いて人に恵むを施と名づく」とあり、『維摩経』には「布施とは是れ菩薩の浄土なり」とあります。ちょっと難しくなってしまいましたが、基本的には福利(ふくり)を人に施与(せよ)することです。その福利も、決してお金だけのことではなく、財施(信者が僧侶に財物を施すこと…昔は僧侶の法衣などを信者が寄進していたのです)。法施(僧侶が信者のために仏法を説くこと…法話などですね)。無畏施[むいせ](人々の心から不安や恐怖を取り除くこと)『大智度論』とあります。
このように、金銭や仏法を相手に与えるのが[布施]であることに間違いはありません。
…ただ、娑婆世界の考え方とちょっと違うのは…「布施の時に世間の名誉福利の報を求めず、但だ出世の善根及び涅槃の因を資助(しじょ)するために、清浄心をもって布施するをいう」『大智度論』…と説かれているように、娑婆世界でいう【対価】ではないのです。[ちなみに対価として布施することを不淨施といいます]
いい加減なことを言っているのではないと解っていただくために難しい経典を引きましたが、私なりに…ホントに私なりに現代語訳させていただきますと…「布施とは、自分がこれまで積んできた悪業を清浄化し、仏さまに感謝の心を伝えるため、御加護・御供養を祈念してお渡しするものであって、決して葬儀や法事の対価では無い」ということです。
だから、表書きは「読経料」ではなく、「御布施」となるのです。

このように考えると、このページの上【毎月の法話集】の《楽しく生きる「仏さまの教え」と先祖供養》にも書きましたように、皆さまご自身が《布施》をすることにより、心を清浄化し、仏法に帰依し、仏さまからのご加護をいただき幸せになることが一番大切なことなのです。だから、「布施する方が御礼を述べよ」と経典にも説かれているのです。(僧侶も法話をさせていただくことで、自分自身の徳を積んでいるのですから、法話をした後は僧侶側が御礼を述べるものなのです)
皆さま方が布施を僧侶に渡すことにより、悪業を清浄化していただくのですから、皆さま方が精一杯の心で包んでいただくのが布施なのです。だから「対価」と見なされてしまう金額設定はできるだけ控えた方が良いのではないか…と考えるのです。もちろん、あまりにも不透明だとお施主さんも困りますので、長福寿寺においても「あくまで目安として」ご提示させていただいております。ただし、それは「目安」であって料金設定ではありません。…もちろん、目安を示した時点で本来の布施ではないのでしょうが…。(本来ならば、ご自身が「ちょっと痛い」と考えられる金額を包みなさいと言われます。なぜならば、簡単に出せる金額ならば、ご自身の欲望は清浄化しません。何事も少欲知足なのですね。)
「僧侶はお金を払っても御礼も言わない」「何に使っているかわからない」という声を聞きます。しかし、本来の布施で考えるならば、ご自身の悪業を清浄化するために布施しているのですから御礼を述べるのはお施主様ご自身なのです。…もちろん、僧侶の中には金欲坊主もいます。しかし、悪い使い方をすれば、僧侶自身に災いが及ぶのが布施の考え方なのです。

さてさて、現実問題として「布施」を考えていると、いかに自分が不勉強なのかを思い知らされました。これからも更に経典を紐解き、学んでいきたいと思いますので、どうぞ皆さまからもご意見・ご指導をいただけますと幸いです。もちろん、《布施》についてだけではなく、仏教でわからないことがあったらドシドシとお問い合せ下さい。皆さまからのご質問にすべてお答えできるとは思いませんが、少し時間をいただければ必ず調べてお答えさせていただきます。
ご一緒に深遠なる仏教を学んで行きましょう。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

ちなみに、昔から寺の賽銭を盗むと「他人の悪業までもらい不幸になる」と言われるのです。
(四國遍路では、他人の杖を使うことを不浄とします。前に使っていた方の悪業をいただくからです。もちろん僧侶の場合はその悪業を清浄化して歩くので気にしませんが…)

■メールで気軽にご意見を下さい(今井長秀)…あ、匿名でいいですよ。
(決して正解などないのですから、皆さまのご意見を聞いて、私自身が学ばせていただけますと幸いです。)
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仏像彫刻特別展覧会を開催して 仏師 椎名長岳 平成21年12月

先般、11月18日から29日までの12日間、「長福寿寺仏像作り教室」主催による仏像彫刻の特別展覧会を開催しました。
これまで展覧することは余りなかったのですが、ご参加者からの熱心な希望により開催を決め、最終的には50点以上にも及ぶ仏像を展示することができました。日頃の労作を展示していただいた方々にあらためて感謝を申し上げます。
制作された作品は地蔵菩薩の仏頭をはじめ善財童子像、救世観音像、大日如来坐像、不動明王坐像など多岐にわたり、短い人で半年、長い人で2年近くかけて作り上げたものです。
その中でも目を惹いたのは、今年4月から彫刻を始められた方々による15体の善財童子像でした。それぞれに姿、形が異なり、制作者の熱い思いが伺え、その上、製作にあたっての感想の一筆が多くの人に感銘を与えました。
その熱い思いをいくつかをご紹介いたします。

①心を無にして一心に仏像を作れることに喜びを感じています。
②亡き息子とみじかに心の会話ができるしるべになり、感謝しています。四苦八苦の古稀の手習い、片道1時間の自転車通勤ですが、充実感でいっぱいです。
③善財童子、ノミは亡き父、小づちは亡き母、見て嗅いで聞いて彫る。
④御仏のまなざしに魅せられて分け入れば入るほど遠くなる道。(男性Dさん)
⑤観音様を彫り上げた時は今までにない体験です。何か温かく、浮き浮きして、それでいてゆったりとした気分です。
⑥古稀を迎え、硬い頭に油を注ぎながら黙々と彫りました。まずは不動明王に乾杯

どうでしょうか。こんな思いで作品作りに取り組んでいたとは全くの驚きです。感動です。
また、ある方は善財童子像の顔に板目の傷が表面に出てきて厳しい顔になってしまったので、私がそれではと、口元をゆるめ笑顔にして差し上げました。それからは善財童子が自分に語りかけてくれるというのです。「表面ばかりみてはいけない、本質を見なくては。傷に惑わされてはいけないよ」…そんな言葉を書いてくれました。
長福寿寺で仏像彫刻教室を開いて8年目、数年間は4,5名の時が続きましたが、今や70名近くの人たちが、所狭しと励んでくれています。近年仏像ブームと言っていいのでしょうか、地方寺院でも仏像巡りが盛んです。
仏様に手を合わせ、お顔を拝観していると心が落ち着き、元気になるという人が多いようです。そこでこうした展覧会等を通じ作品を見ると自分にもできそうだ、やってみようと思い、参加の希望を寄せられるのではないのでしょうか。
本来仏像は仏様の世界を形に表したものであり理解しにくいものです。しかし、「仏像作り」を難しく考えることはないのです。
寺院のご本尊を作るのではないのですから、亡き息子と語るしるべ、亡き父、母への菩提、仏像が好きなどそんな身近な動機でいいのです。
一心に彫ることによって心が穏やかになり、出来上がったものはきっと素晴らしいご自身の、さらには託される相手方の守り本尊になると思います。
仏像作りを縁に、仏様との「縁」がより 深まり、この世の中にあまねく仏様の教えが広まることを念じています。
展覧会の会期中は土砂降りの中をお出でいただいた方もありました。また船橋、市川市等の遠路から参観に来られた方もいらっしゃいました。本当に多くの方々にご参観いただき心より御礼申し上げます。

「生・老・病・死」を楽しむ《仏さまの教え》 平成21年11月

私たちは一刻一刻と確実に歳をとっていきます。これは誰も避けることはできません。そして「人は必ず死ぬ」ということも絶対的な自然の法則なのです。

この自然の法則を受け入れることができずに逆らって生きている人は毎日が苦しみの連続となってしまいます。生きていくことが辛くなり、落ち着きも失われ、余計な悩みに苦しめられることになります。若さへの執着、美貌への固執、将来ボケることに対する不安…
しかし、仏さまは説かれます。自然の法則に逆い「病気になりたくない」とか「いつまでも若くいたい」とか「歳をとりたくない」「死にたくない」と無理な願いを持つよりも「これは自然の法則なんだから、そんなことを願ったところで何の意味も無いことなんだ」と泰然とした心運びをし、「病気になることを怖れたり、死ぬことに不安がっても、それはただ疲れるだけで愚かなことなんだ」と明らかに知ることが大切なのだと…。歳をとる・老いる…死に向かって生きていくという現実をそのまま素直に認めて受け入れることができる人こそ、この世でもっとも幸せに生きることのできる人なのです。

つまり、
■今をしっかりと生きること
■変化を楽しむこと

過去に執われ、歳をとることに逆らう生き方ではなくて、今を生き、未来を見つめて、歳をとることを楽しむ生き方、心運びが大切なのではないでしょうか。
また、病気に対しては「治す」というよ りも、「仏さまにお任せする」…という心運びが大切です。「お任せ」することにより、明日を幸せ に生きることができるのです。
一番大切なのは、病気によって不幸にな らないこと…余計な苦しみを味わう必要はありません。常に明るい心を持って過ごしましょう。→そのために「言葉」が大切なのです。

みちのく山形最上観音霊場の仏像拝観の旅 仏像教室 仏師 椎名長岳 平成21年10月

松尾芭蕉の句「五月雨をあつめて早し最上川」で有名な最上川沿いには、三十三観音霊場の寺院が点在しています。ここに霊場が開かれたのは今からおよそ570年以上の前のことで、観音信仰の篤いお城のお姫様の悲話をきっかけに観音霊場の巡礼が広まったと言われます。札所のご本尊の中には9~10世紀にかけて制作されたものがあって、この地ではもっと古い時代から観音様が信仰されていたのではないかと思います。
さて、去る10月1日から2日にかけて長福寿寺の「仏像彫刻会」と「法華経を学ぶ会」のメンバーの方々と仏像見学に、最上観音霊場札所の二番山寺千手院と四番圓應寺と、山寺立石寺、寒河江市の慈恩寺、山形市の宝積院を訪ねてきました。参加者は女性9名を含む25名です。
1日目はあいにくの雨になってしまいましたが、先に山寺立石寺を参拝し、根本中堂にあがり、内陣にある立石寺開基以来のご仏像や不滅の法灯を見学後、皆さんで奥之院まで昇ってきました。その後立石寺の近くにある千手院に向かい、慈覚大師作と伝えられる本尊千手観音菩薩像を拝観し、時代を感じさせるしっかりとしたご仏像と対面しました。
宿泊は羽黒修験の総本山である正善院です。島津大先達と副住職にご指導いただき、【プチ修験】体験をしてきました。仏教とはまた一味違う【修験道】に触れることができ、とても有意義な晩となりました。
翌2日目はようやく雨が上がった中、前日に宿泊した羽黒山の宿坊をでて、寒河江市に向かい、東北屈指の仏像の宝庫のお寺として有名な天平時代の創建である慈恩寺を参拝しました。本尊は弥勒菩薩ですが、文殊菩薩、普賢菩薩像をはじめとする殆どの仏像が秘仏となっており、残念ながらわずかに薬師堂内の薬師如来、十二神将を拝観できる程度でした。
次に向かったのは、今回の仏像見学の最大のメインである山形市内にある宝積院です。日頃、無住の小さなお寺で、案内された観音堂の中によく美術展に出品される十一面観音像がガラスの中に収まっていました。盗難をおそれてのことでしょう。高さがわずか52センチですが、堂々として衣の造りは素晴らしいとの一言です。これだけ立派な仏像が小さいお寺に収まっていることが不思議なくらいです。
最後の参拝寺院の四番札所の園應寺では黒々とした一丈二尺もある聖観音像を拝観しました。胎内に小さな鍍金鋳銅仏が安置されており、33年毎に1回ご開帳されるそうです。気がついたのですが、この観音さんの仏像の膝の上に草履が置かれております。いわれを伺うと、仏像の膝をさすると痛いところが治るそうで、そのお礼にいつの頃から草履が置かれるようになったとのことでした。
山形というと文化財的な仏像が少ないところですが、慈恩寺の十二神将や宝積院の十一面観音を拝観できたことは良かったと思います。
そして山形の地はこの最上霊場の他、山形、庄内にも同様の霊場があり、今も多くの人たちが巡礼にと足を運んでいます。帰りに山形県物産館に立ち寄りましたが、巡礼用の衣と一緒に御詠歌集が置いてあるのに驚きました。
観音経には「観音様は世の人々の救いを求める声を聞くと、直ちに救済してくれる」と書いてあります。その救いは三十三のお姿に変えて教え導いてくれると言われます。本尊に向かう時どんな仏像であるかと鑑賞するのもいいのですが、時には観音様と向き合い、観音様が何を自分に話しかけてくれているのかそれを感じ取る事も大切であると思います。観音様との対話は自分との対話でもあります。日頃の悲しいこと、辛いこと、楽しいこと、嬉しいことを観音様と分かち合えたら素晴らしいことであると思います。そんな気持ちで日々穏やかにお過ごしください。

仏道修行について 平成21年10月

如来の知恵で己の長所を伸ばし、
如来の慈悲で他人をそのまま認める。
これ心に苦悩無く安心し、
行を導く心運びなり。
『法華経』安楽行品より

■自分の長所(良いところ)を見極め、最大限に発揮させること。そして他人との違いをそのまま認めること。この2つの心運びを日常生活の中で実践し続けることが修行であり、実践し続ければ必ず素晴らしい人生を過ごすことができるようになるのです。

元氣・健康で楽しく長生きする言葉の力 【口ぐせが人生を創る】 平成21年9月

言葉は自らの潜在意識に強く働きかけ、自らを幸せにも、不幸にもします。
「疲れた」とか「困った」とか「人の悪口」を言うと、脳が心や身体をマイナス方向に持っていってしまうのです。
逆に「ありがとう」という感謝の言葉や「面白い」「できる」といった前向きの言葉や他人を褒める言葉を発すると脳から成長ホルモン「サイトカイン10」が分泌され、心や身体を元氣で健康にしてくれることが最近の脳科学・言語心理学で明らかになってきました。
医学博士の佐藤富雄先生も著書である「人は口ぐせから老化する」の中で力説されています。…もちろん仏教でも2500年前から云われています。

実際、長年培ってきた意識を変えるのは容易でありません。
そこでまず「口グセ」を変えることから始めましょう。
言葉が変われば意識も変わっていくのです。
前向きな「口グセ」をくり返すことにより、脳や潜在意識に訴え、知らず知らずのうちにイキイキと元氣で健康な自分に変わることができるのです。
また、他人を褒めると自分の脳と自律神経が喜ぶということもわかってきました。

元氣・健康で楽しく長生きする秘訣は「口グセ」です。
ぜひ、言葉の力…心や身体を元氣にする「口グセ」を習慣化させて楽しい毎日を過ごして下さい。

【幸せになる口ぐせ】 ①ありがとう ②面白い ③できる ④楽しい  ⑤幸せだ ⑥人をホメる
【不幸になる口ぐせ】①疲れた  ②困った ③忙しい  ④できない  ⑤面倒だ ⑥人の悪口

お盆で大切なこと… 平成21年8月

お盆の起源は「ウラバンナ」という古代インド語で「倒懸(さかさづり)」を意味します。「盂蘭盆経(うらぼんきよう)」というお経によると、お釈迦様の弟子の目連尊者(もくれんそんじや)が地獄に堕ちている母親を見つけ、これを救うために祭壇を設けて万霊(あらゆる霊)を供養し、施しをすることで母親を極楽浄土へ送ったという内容です。
ここでの教えは、「自分や身内、気に入った人にだけ依怙贔屓(えこひいき)していると地獄に墜ちて苦しむことになります。あらゆる人々に出来る限り平等に愛情を注いで下さい。やさしくして下さい。そして、生きている子孫が仏さまのありがたい教えに目覚めることで、ご先祖様が救われるのです」ということです。
さて間もなくお盆ですが、ご先祖様の霊を迎えるにあたってお仏壇を掃除し、精霊棚を作って下さい。お仏壇はご本尊とご先祖さまをお奉りする大切な場所です。なるべく家族全員で行うようにしましょう。若夫婦や子供たちが「ご先祖様を尊び、生きていることに感謝する心を育む」絶好の機会です。
お奉りの仕方はそれぞれの地区により違いが見られます。どれが正しいということはありません。一般的には、仏壇の四方(前面)に笹竹を立て草縄を張ります。そこに五如来幡やホオズキ、枝豆など実のなる植物の枝を逆さまに掛けます。棚の上にはナスやキュウリなど新鮮な野菜などをお供えします。また水を入れた器を供え、ナスやキュウリを細かく刻んで洗米と混ぜたモノを中に入れます。
迎え盆(十三日、或いは十二日の夕方)から送り盆までは、線香とお供えを絶やさず、しっかりと供養しましょう。
そして何よりも大切なことは、ご先祖様に「今、自分が生きていることを感謝し、その恩に報いるために、あらゆる人々にやさしくしてあげること」なのです。
また、お盆には、先祖をしのび、自分が今生きていることをご先祖さまに感謝して、墓参りをすることが大切です。家族そろって、お塔婆・お供物・お線香・お花を持ち「お墓参り」に行きましょう。
皆様の元気な姿をみれば、ご先祖様もさぞかしお喜びになることでしょう。
※お墓参りの際には、ご本尊様にまずご挨拶をすることを忘れないで下さいね。

阿修羅像は語る… 平成21年7月

今年の3月末から6月初旬にかけて、東京上野の博物館で奈良の興福寺創建1300年を記念して「国宝阿修羅展」が開かれました。
連日大勢の人が押し寄せ100万人近くの参観者があったそうです。阿修羅は元々インドの戦闘の神様でしたが、お釈迦様の教えを受け仏教の信奉者になったのです。
この阿修羅像がほかの仏像よりきわだって注目されたのは「心の葛藤を表現した人間らしい姿」に共感を覚える人が多かったことと現代的「イケメン仏像」にあこがれる中年女性に囲まれたから…ではないでしょうか。
近年、こうした仏像の展覧会の開催や仏像拝観にお寺に参詣する人が多くなっており、一種の仏像ブームといえます。仏像という完成された美しいものに対するあこがれによるものと、奥底にある精神的な不安からお寺に足を運ぶのではないかと思います。
社会は科学が進歩する一方で、個々の価値観の多様化が進み、人とのつながりが希薄になってきています。現代に生きる私たちは科学や経済一辺倒で、すべて意味のないこと、根拠のないこと、理屈の通らないことには手をださない傾向にあります。
しかし、仏教の世界では、この世の中に意味のないことは一つとしてないということを教えています。根拠のないこと、理屈がとおらないことがあってもいいではありませんか。お釈迦様の教えを聴いて、しっかりと生きていこうと決意しているこの阿修羅像のごとく、わたしたちもしっかりと自分と他人の命を大切に生きていくことが大切なのだ…と阿修羅像は語りかけてきました。
長福寿寺 仏像教室 仏師 椎名長岳

青春とは サムエル・ウルマン(邦訳:岡田義夫氏) 平成20年6月

青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。 優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、 安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。
歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や、狐疑や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。
年は70であろうと、16であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。
曰く驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる事物や思想に対する欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。
人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。
人は自信と共に若く 失望と共に老ゆる。
希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる。
大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受ける限り人の若さは失われない。
これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、この時にこそ 人は全くに老いて神の憐れみを乞うる他はなくなる。」

久しぶりにサムエル・ウルマンの「青春とは」を読み返し、あらためて感動しました。
人生の師である山形琢也先生に紹介してもらい、「こんな人生を築けたらいいな」…と感じていたのは20歳代初めの頃。
あれから20年近く経ち、自分自身の心が理想を失い、惰性に流され、老いてきたことにあらためて気がつきました。
そうなんですね。仏さまも説かれているように、「「青春とは人生のある時期をいうのではなく心のもち方」なのですね。
さらに云えば、お釈迦様は「人生の幸・不幸はすべて心のはたらきが創り出すものである。利欲に心が火のように燃えさかると心は焦熱地獄に陥り、貪欲に心が奪われると果てしない苦しみが生じる。自らの心さえ清浄になれば、燃えさかる悪業の心も浄くなり、すべてが素晴らしい世界に変わるのである」と説かれています。
もう一度、自分自身の悪しき欲望を浄め、理想を掲げ、希望を持ち、何事にも挑戦し続ける心を取り戻そう…と誓った6月1日でした。

7Generations walk参加のご報告 平成21年5月

GWの4日(月)と5日(火)の2日間、中学生の息子(優慈)と息子の友人2人(和樹君とツヨシ君)を引き連れて、親友・山田君が主催するセブン ジェネレーション ウォークに参加してきました。
たった2日間の短い「歩き」でしたが、息子達3人にとってみれば1日30㌔も歩くのは初めて、とても良い体験が出来たのではないかと思っています。
今回は横浜から逗子(4日)と逗子から鎌倉(5日)のウォークです。歩き始めから和樹君、ツヨシ君ともに「疲れた~」「やべー!」「ねむて~!」の連発。まずは「疲れた」「やだ」「眠たい」の言葉を発したら罰金百円という約束をして歩くことになりました。…そうはいってもマイナス言葉が身についているので意識せずにマイナス言葉を連発していましたが…一応、2日目の終わりには「疲れてない~!」「ヤばくない~!」「ねむたくない~!」と、マイナス言葉を意識できるようにはなったようです。経典にも説かれているのですが、マイナス言葉(特に「疲れた」「困った」「忙しい」)を使うと、心の中にあるエネルギーの扉が閉じてしまい、本来持っている折角の根源パワーを引き出すことができなくなってしまうのです。皆さまもぜひ気をつけていただき、「できる」「面白い」「楽しい」のプラス言葉を使うようにしましょう。
さて本題に戻りますが、ツヨシ君はさらに「携帯依存症」という病気?を持っていました。10分間携帯を見ていないとイライラして来るのです。いろんな原因があるとは思うのですが、根本に「寂しさ」があるように私は見受けられました。本音で付き合っていないから、いつも接していないと気が済まない…そんなように見受けられます。
でも、「ウォーク/歩く」の間はそんなものは必要ありません。大自然が友達となり、一緒に歩いている仲間からもいろいろと教えてもらえるのです。
それを少しでも学んで欲しいという気持ちから連れてきたのですから、ツヨシ君には「携帯禁止令」を発令。最初は発狂?しないように20分間の禁止よりスタート。次は30分、その次は40分。最後は1時間見なくても全然平気になりました。スッゴク成長したツヨシ君には私もビックリです。
和樹君に関しても、最初は弱音と不満ばかり…。2日目の朝一番の寝起きの発言が「やべー!」だったのには驚きましたが…。でも、2日目の土砂降りの中でも弱音を吐かず、とうとう最後まで歩き通し、「もっと歩きたい!」と言うようになったのです。
「歩く」という単純な行動からいろんなことが学べ、感じることができるのですね。そして子供たちはその「素地」を持っているのです。
代表である山ちゃんの言葉を借りれば【本来、人間自身のみの力で移動できる速度は歩く速度。車や電車などは確かに便利なものですが、早すぎて見落としてしまうことも数多くあるのです。道ばたに咲いている花、さわやかな風、美しい町並み、豊かな山や川などの自然、人との出会いなどの本当の美しさを見過ごしてしまいがちです。また、汚染された空気、ゴミだらけの道、開発されすぎた自然などの現実も見落としてしまいます。その「見落とす」ことが重なって現実を見失ってしまったり、人間を尊大にしてしまうことがあるのです。】
しかし、「歩く」ことにより、自分が自然の一部であり、自然に生かされている、いろいろな方との御縁により繋がっているということに気づけば、本当の幸せをいただくことができるのではないでしょうか? 経典にもそのように説かれていますし、私自身も四國遍路を通して気づかせていただいたことが沢山あります。
私も息子達も、来年のウォークにまた参加させていただきます。
皆さんも是非歩いてみましょう。「歩く」ことにより必ず多くのことを気づかせていただけます。
山ちゃん、弥生ちゃん、きよちゃん、しゅん君、そしてお世話になった皆さん、本当にありがとうございました。
(右の写真は自己紹介&今日一日の感想を述べる優慈とツヨシ…照れくさそうに下を向いています)
なお、7Generations walkについてご興味ある方は http://www.7gwalk.org/purpose.html をクリックしてみてください。

新たな人生へ旅立つ方へ贈る2つの教え 平成21年4月

4月は入学・就職など新たなる旅立ちの季節です。
我が家でも、3人の子供がそれぞれ小学校・中学校・高校への入学を果たし、新しいステージへと旅立っていきました。
また、長福寿寺では日本三大学問神の大貳権現さまをお奉りし、合格祈願を厳修している関係から、見事に合格し、入学式を終えた親御様より喜びの声を多くいただきます。
さて、私が入学のご報告をいただいた方に申し上げる[仏さまの教え]が2つあります。
この教えは、決して入学や就職する方だけのものではなく、楽しく有意義な人生を築こうとする方ならば誰にでも当てはまる教えなので、せっかくですから今月のお話とさせていただきたいと思います。
2つの教え、その1つは《発心と精進》、そして2つ目は《あらゆる人を菩薩として見る》ことです。
まず1つ目の《発心と精進》ですが、両方共に仏教用語なので慣れない方も多いと思います。
現代用語に言い換えると《向上心と挑戦》とでも云うのでしょうか?(違いは「自我」の有る・無しです。)
「仏教では競争を嫌う」と云う方がお出でですが、そんなことはありません。
「他との比較」を生じる競争は自我に基づくとして諫めていますが、「自分の内面」との競争、つまり向上心や挑戦はとても大切なことだと教えているのです。
学校でも、会社でも、僧侶の集まりでも「単なる仲良しクラブ・馴れ合い」は決して人間を成長させません。
『法華経』や『阿弥陀経』を翻訳した偉大なる高僧の鳩摩羅什(350-409)は、一国の王子として生まれましたが、その境遇に安住するのではなく、自ら発心し厳しい修行に励み、研鑽し、自らを成長させたのです。その後も、他国からの侵略により捕らわれの身となります。但し、有名な高僧であったので捕らわれといっても侵略国の王子の教育係に任命されました。充分に厚遇された地位ですので、その境遇に満足することも可能でしたが、鳩摩羅什は「中国に本物の仏教を伝えたい」という当初の発心を捨てず、精進し続け、18年の後に見事中国入りを果たし、大乗仏教の教えを弘めたのです。
鳩摩羅什のような高僧の真似は出来ませんが、私たちも現在の殻に閉じこもり安穏とするのではなく、自らを研鑽するために《発心と精進》を忘れないようにしていきたいものです。
さて、もう1つの教えですが、これは以前にもお話させていただいたことがある『維摩経』の教えで、私が座右の銘でもあります。
その教えとは「五道の衆生は皆な是れ菩薩の慈善根(じぜんこん)の力なり。五道に生じて其の身を示現し、事を同じて、法を説きて、即ち能く五道及び六道を度す。」で、現代語訳をすると【あなたの廻りにいる人々は、好きな人も、嫌いな人も、すべて菩薩の化身です。好きな人はあなたの長所を伸ばすために教えを説き、嫌いな人はあなたを幸せに導くために敢えて嫌いな姿に身を変えて苦言を呈しているの です。あらゆる人があなたにとって菩薩なのです。」となります。
新しい人生に旅立つ方は特にですが、人間関係というのは難しいものです。
長い人生の間にはいろいろな方と出会います。
もちろん、自分に善い影響を与えて入れる方ばかりならば良いのですが、それだけではありません。
自分と主義主張が違う方、相性の悪い方なども少なからず出会うことになります。
相性の悪い方や意見の違う方と出会ったときに、但だ単に「嫌いだ~!」と自分の殻に閉じこもっていたのでは自分を成長させることもできず、仏さまからのご加護をいただくこともできません。
「その方は自分の幸せに導いてくれるために敢えて嫌いな姿に身を変えているのだ」と心の底から思うことにより、初めて新しい世界が広がるのだと思います。
自分自身に対しては《発心と精進》、そして他人に対しては《菩薩として見る》こと、この2つの教えをしっかりと心に刻み、実行していただければ、必ず仏さまからのご加護をいただくことができ、幸せになれること間違いありません。

またまた…四國遍路のご報告です。 …懲りませんね~。 平成21年3月

お元氣さまでございます。今井長秀です。
先般、またまた四國遍路に行って参りました。
今回、特に苦労したのは「雨」でした。
地下足袋での歩き遍路ですので、雨が降ると
地下足袋の中がビチョビチョです。
それも宿に泊まってストーブで乾燥させることができるならばまだしも、寝袋での野宿ですので、地下足袋の中がずっとグチョグチョでした。…なんとなく気持ち悪いものですね(笑) また、寝る場所は遍路小屋(お遍路さんの休憩用に建てられた小屋)が多いのですが、屋根が小さいので風が強いと雨が顔に降りかかってくるのです。
顔面に雨が降り注いでいる中を寝ているわけにはいきませんので、夜中から歩き出すことしばしば…夜中に一人でトボトボと歩いていると…さみしいし、足は重たいし、眠たいし…なんか泣けてきます。
実際、歩きながら…家族のこと、両親のことなど等を走馬燈のように思い出し、泣きながら歩くこともありました。
…泣きながら歩く坊主…他の人から見たら不気味だったでしょうね。     (私は遍路衣装ではなく、僧侶の衣を着ていますので、すぐに坊主とわかります)
でも、今回もいろいろな人と巡り会うことができ、また「遍路ころがし」と呼ばれている難所の焼山寺越えなどを経験させていただくことで多くのことを学ばせていただきました。
特に初日に接待していただいた【うどん八幡屋】の若旦那さん…彼には毎年お世話になっているのですが、今年もいろいろと教えて下さいました。
その中で一番印象に残っているのが
【ケガせんよう、ボチボチとね】という言葉です。
つまり、【健康に気をつけて、決して焦らず、かつサボらず、自分のペースで歩きなさい。】ということだと思います。
特に歩き遍路の方々の傾向として、毎日何㌔歩いた…とか、最短何日間で八十八ヶ所を歩き終えた…というような「競争の心」が芽生えやすいのだそうです。
その中で【ケガせんよう、ボチボチとね】という言葉は、仏教で云う【中道の心はこび】を表しているのではないかと思います。
【中道】…つまり、
「心を柔らかくして、すべてを仏さまにお任せする心はこび」とでもいうのでしょうか?
「仏さまが一番良い時期に、一番良い方向に導いて下さるのだ…というの信仰」とでもいうのでしょうか?
「私はいつも仏さまに護られている。救われているのだ…という感謝の気持ち」とでもいうのでしょうか?
すべてのモノ事には仏さまからのメッセージがこめられているのだと、あらためて気づかせていただいた四國遍路でした。
ありがたや、ありがたや…。

大慈大悲(だいじだいひ) 平成21年元旦

新年あけましておめでとうございます。
平成21年も、皆さまにとって素晴らしい年になりますことを心よりお祈り申し上げます。
さて、平成21年の冒頭は【大慈大悲】ということについて考えみたいと思います。
【大慈大悲(だいじ・だいひ)】…この教えは般若経典を中心として、法華経や涅槃経にも説かれている仏教の重要な教えの一つです。
これを龍樹菩薩は『大智度論』の中で以下のように説明しています。
【大慈(だいじ)】とは、大いなる慈しみ、広大な慈悲、仏さまの限りない慈愛のことで、あらゆる人々に偏りなく平等に楽しみを与えること…と。慈とは友情を意味します。つまり、それぞれの人の長所・短所を認め、すべてを受け入れてあげることなのです。分け隔てすることなく…。
我われ凡夫は、通常8割から9割、自分のことしか考えていません。他人を思いやっているように見えて、実はそのような行動をしている自分に酔いしれているだけのことが多いのです。
この大慈を仏典では父親の愛に喩えています。父親が相手を認めた上で、かつ厳しく躾けること、今の家庭ではこれが大切なのではないでしょうか。

そして【大悲(だいひ)】とは、他人の苦しみを抜くこと…いえ、相手の身になって一緒に悲しんであげることですね。これを母親の愛に喩えることがよくあります。父親は厳しかったけど、母親はいつも味方をしてくれましたよね。

【大慈】も【大悲】も、両方共に「相手の立場に立つ」ということが肝要なのです。
さて、私の好きな言葉に【桜梅桃李(おうばいとうり)】という教えがあります。これは法然上人が好んで用いていた言葉なのですが、その意味するところは、[桜には桜の美しさがある。梅には梅の美しさがある。桃には桃の彩りがある。李には李の味わいがある。人それぞれに使命があり、個性があり、生き方があるのです。そしてそれらすべてが輝かしいのです。]という意味になります。
我われ凡夫は、すぐに人を判断し、優劣を決めつけ、好き嫌いで生きてしまうモノですが、それは一過性の判断に過ぎません。そして、そのような一過性の判断や思いこみから自分自身の《苦しみ》が生まれるのです。
しかし仏さまの智慧は、人やモノをありのままに観る《無分別智》です。
すべてはお導きによるご縁であり、無駄なモノは何一つ無いのです。
『維摩経』の解釈に「仏土は即ち衆生の影響(ようごう)なるのみ」という言葉がありますが、自分自身の心の持ち方一つで、極楽浄土(楽園)に行く可能性も、地獄に堕ちる可能性も持っているのです。
今年のあなたは、大慈大悲の心はこびをもって極楽浄土(楽園)に行きますか? それとも「俺が、俺が!」と自己中を振り回して地獄に堕ちますか? すべてはあなた自身の心はこび一つです。
追伸  我々僧侶が[掃除]を重視するのには、「俺が、俺が!」という自我・自己中心的な心を無くすためなのです。[下座行]と云って自分自身の心を磨いているのです。ぜひ、心を込めて家の掃除をしてみて下さい。何かが必ず変わります。

身の丈生活のすすめ 平成20年12月1日

昨今の貨幣経済の弊害や貧富の格差、さらに景気の悪化などに伴い、自己破産や自殺、挙げ句の果てには強盗などの犯罪に手を染める人も少なくありません。すべては「欲望」と「執着」から生じることなのですが、人間というものは「欲望」に駆られている時には自分が欲望に振り回されているということに気がつかないものです。ですから地に足をつけた生活が大切なのです。実際、借金にまみれて自殺された方の葬儀を執り行ったことも何度もあります。悔やまれてなりません。そこで今月は「身の丈生活のすすめ」ということで考えてみました。お読みいただき、家庭経営の安定に役立てていただければ幸いです。

《一軒の家も経営です》
私は一軒の家も経営だと思っています。収入から支出を引いて余りがあり、将来の大きな支出に備えるために蓄えることが出来る家庭は「健全経営」だと言えます。収支がトントンで蓄えの出来ないのは「その日暮らしの生活」です。この場合は借金生活となり、将来の収入を先喰いし、更に利息という余分な負担を背負い込むことになるのです。
《「家庭の経営」を安定させるために》
それでは、家庭の経営を安定させるためにはどうしたら良いのでしょうか。それはどんな大会社でも、一軒の家でも、たった二つの方法しかありません。一つは収入を増やすこと(企業で言えば売上げの増大です)。もう一つは支出を抑えること(コストダウン)です。特にサラリーマンの家庭では収入は給与しかないのが一般的です。従って支出は給与の範囲内に納めざるを得ません。毎月の支出は予めおおよその予算を立て、必ずその範囲に抑える習慣を付けることが大切なのです。

《計画的な家庭経営を》
企業経営ではPDCAサイクルによる管理が一般的になされています。Pはプラン(計画)、Dはドゥ(実施)、Cはチェック(確認・評価)、Aはアクション(再実施)です。計画は問題点などの現状を把握し、改善方法と対策をたてます。実施は対策をもとに実行計画をたてて実施します。確認・評価は計画通り出来たか、効果はあったかを調べます。再実施は計画との差異、修正計画を作り再度実施することです。家庭の中でもPDCAサイクルを回しながら生活をしてみて下さい。必ず「家庭の経営」が安定します。
《家庭内のコミュニケーション》
企業では「ホウレンソウ」をうまく活かしています。「ホウレンソウ」とは報告・連絡・相談のことです。家庭内でも話し合いを重ね、お互いの意思疎通を図ることが大切です。まず夫婦が仲良くし、同じ目標を持つことにより共通の話題が出来、家庭内が和やかになります。もし何か失敗をしても、いつまでも引きずらずに反省の材料として次の展開に行かしていけば良いのです。
《最後に…》
先日、朝日新聞の天声人語に「暗算で加減できる程度の身銭と、旬の味覚があればよし」という一文がありました。けだし名言だと思います。自分の身の丈にあった生活をするのがいちばん人間らしい生き方なのではないでしょうか。


来月は【大慈大悲】ということについて考えてみたいと思います。

仏さまのモノの見方・考え方 平成20年11月1日

仏教とは【仏さまのモノの見方・考え方(専門用語で仏知見と云います)】を体得するプログラム(修行)です。
現代社会で生きる我々凡夫のモノの見方・考え方では、苦しみや悲しみ、嫉妬や孤独感が心を蝕み、心安らかな時間が少ないのが本音ではないでしょうか。
そこで【仏さまのモノの見方・考え方】を体得し、心安らかに、明るく、楽しく、元氣で、健康に生きようというのが仏さまの教えの根幹なのです。
それでは【仏さまのモノの見方・考え方】とはどのようなモノなのでしょうか。
理屈で説明しても体得できないことは重々承知の上で、とりあえず大まかにお話させていただきます。

さて、我々がモノを見る時に、その見る角度や心の状態、周りの環境によって見え方が違ったという経験がありませんか?
例えば、目の前に円筒のグラスを置いて下さい。正面から見れば長方形ですが、上から見ると円形、斜めから見ると…と、全く違った見え方になります。
これは他のモノを見ても同じことが言えます。
また、心の状態によって違ってくる例をお話しましょう。 
グラスを2つ用意して下さい。
1つは100円ショップの安物、もう一つは10万円もする高級グラスです。
ビールを飲むときに、通常ならば迷わず10万円の高級グラスで飲んだ方が美味しく感じるでしょう。
さて、次ぎに高級グラスの方にウンチを詰め込んで下さい。(下品で済みません)
そして、ウンチを捨てて、きれいに、きれいに、何回も何回も良く洗って下さい。
その上で100円の安物グラスと10万円の高級グラス(先ほどまでウンチが詰められていた…)の両方に、良く冷えたビールを注いで下さい。
…さて、あなたならばどちらのグラスを手に取りますか?
…大多数の方は10万円の高級グラス(先ほどまでウンチが詰められていた…)を避けて100円の安物グラスを取るのではないでしょうか。
「理屈」で言えば、例えウンチが詰まっていたとしても、その後に何回も何回もきれいに洗った10万円のウンチグラスの方がきれいですし、元々10万円もする高級グラスですし、美味しいビールが飲める…ハズです。
しかし、ほとんどの方は、「さっきまでウンチが詰まっていた」という先入観に執らわれてしまうのではないでしょうか。

そうなんです。

人間は自分の置かれている地位や立場、環境などの要因によって【モノの見え方】が異なり、また、自分の見えている【見え方・考え方】が「絶対!!」だと錯覚し、執着してしまうのです。

でも、決して【モノの見方・考え方】は1つではありません。
人それぞれの置かれている立場、環境、生い立ち、性格などによって【いろいろなモノの見方・考え方】があり、だから世の中は面白くなるのです。

「決して1つのモノの見方・考え方・尺度では測れないことを理解し、異なった考え方の人を認める」…これが仏さまの智慧と慈悲なのです。

私自身が経験したことでいえば、10代の学生時代、20代のサラリーマン時代、30代の学者時代、そして僧侶としての立場、それぞれの立場でモノの見方や考え方に違いがあることを実感しました。
自分自身が親になってみて、初めて親の気持ちがわかるといういうことも体験しました。
「どれが正しくて、どれが間違っている」…というような話ではありません。「すべてが素晴らしい」のです。

「自分だけが正しく、他人は間違っている」と考える人が少なくない昨今ですが、1つの固定した方向からばかり眺めるのではなく、視点を変えてモノごとを見てみたり、相手の立場になってモノごとを考える必要があるのです。
このような【仏さまのモノの見方・考え方】を体得するために仏道修行があるのですが、ここでお話していることがすべてではありませんし、私自身が悟っているわけでもありません。
でも、【仏さまのモノの見方・考え方】の体得を目標とし、日々一歩一歩精進していくことも仏道修行なのではないでしょうか。私はそのように考えます。
ぜひ、皆様もご一緒に【仏さまのモノの見方・考え方】を体得しましょう。

今、チベットで何がおきているのか!私たちに何ができるのか! 平成20年10月

来月、11月29日(土)の午後2時より、東京蔵前の金蔵寺さんのホールを借りて、ドキュメンタリー映画『ヒマラヤを越える子供たち』の上映会&チベットサポートグループ「KIKU」による講演会を行います。
以前にも書いたことがあるのですが、現在のチベットは中国の武力・圧政下にあり、15万人のチベット難民、600万人のチベット人が今も苦しんでいます。 中国はチベット人に対して共産主義的な教育を強制し、チベットの文化・歴史・言語を学ばせない方策をとっています。
そこでチベット人は自分たちの文化を学ばせるために子供たちを亡命させるのです。チベット人であるために…。それも標高6000㍍の極寒ヒマラヤ山脈を越えて、しかも親元を離れて…。
今回の上映会、並びに講演会は決して中国を非難するものではありません。ましてや「フリーチベット」とデモ行進をするものでもありません。
あくまでも「チベットの現状」をご理解いただくご縁になればと思い企画しました。
日本は経済的に中国依りですので、中国にとって不利なチベット問題はあまりクローズアップされないのが現状です。
何はともあれ、まずチベットの現状を見つめていただき、その上で各個人それぞれが考え、行動していただければ幸いです。
また、上映会・講演会終了後は大正大学教授・多田孝文先生の講演会もあります。講義内容は『法華経』についてですが、多田孝文先生はチベットと深い交流があり、『維摩経』の原典をポタラ宮で発見した第一人者でもあるので、公にはできないチベットの裏話も聞けることでしょう。(公職の立場ですので活字にすることはできませんが…)
詳しくは下記のホームページをご覧下さい。
http://www.choufukujuji.com/08_zazenkai/index.html

お彼岸とは「命に感謝する実践週間」なのです。 平成20年9月

秋分の日を中日として前後3日ずつを合わせた1週間が秋の彼岸です。
ご家庭の仏壇に「おはぎ」や花、故人の好物などをお供えし、ご先祖さまのお墓参りをします。
ところで、どうしてお彼岸の仏事が興ったのでしょうか?

実は…仏さまの住む極楽浄土が西方にあるため、太陽が真西に沈む秋分の日は、この世とあの世との行き来が出来るといわれることから始まったと云われています。

ちなみに「彼岸」とは仏教用語で《一切の悩みや煩悩を捨て去った悟り》を意味します。
つまり現代的に云えば、「仏さまのありがたい教えを日々の生活に活かす仏教実践週間」なのです。

僧侶でない方々は、日頃忙しく、なかなか仏道修行ができません。
そこで、お彼岸の1週間だけは仏道修行を優先させるのです。
難しい修行はいりません。

①生き物を慈しむ。
②ご先祖さまを供養する。
③今、自分があることに心から感謝する。

この3つを実践していただければ充分です。

この3つを実践することでご先祖さまも喜ばれ、かつご家族の皆様も、仏さまのご加護をいただくことができ、健康で、明るく、楽しい人生が過ごすことができるのです。
ぜひ、お彼岸の一週間は《プチ仏道修行》を実践してみて下さい。

いつわりの自分… 平成20年8月

戦後GHQから「従順ならざる唯一の日本人」と言われた人物がいました。彼の名は白州次郎と言います。吉田茂と非常なる親交があり、通商産業省を創設、戦後日本の経済復興に大きく寄与した方です。
昭和26年、サンフランシスコ講和条約での吉田茂の演説文案が英語で書かれているのを見て「そんな馬鹿なことがあるか」と、一夜にして日本語に書き改め、吉田茂をして日本語で演説せしめた人物です。
こんなエピソードがのこっています。GHQ最高司令官マッカーサーに天皇からのクリスマスの贈り物を彼が届けた時、執務中のマッカーサーが、「適当にその辺にでも置いとけ」と言ったら、白州は「天皇からの贈り物を、その辺に置いとけとは何ごとか」とマッカーサーを叱りつけた。マッカーサーは即座に謝ったとのことです。
戦後イエスマンばかりの中で、「従順ならざる唯一の日本人」とGHQに怖れられた 人物です。
彼は言いました。「我々は戦争に負けたのであって、奴隷になったのではない」…と。

平成9年、神戸で起こった小学生殺傷事件の犯人の犯行声明の中に「私は透明な存在である。しかしその透明な存在が実在であることを認めて欲しい。」という訴えがあった。
当時教育学者や多くの人々は、「誰からも見えない透明人間である、だからもっと大人が子供を見てあげなければならない」と言った。
しかし、私はそう考えない。「透明な存在」の「透明」とは、他者から受け入れられるために「自己を透明化」していった「透明さ」なのではないでしょうか。
自分の本音を出したら嫌われる。だから何と か自分自身を出さないで生きて行かなければ ならないと考えている若者が多い。
しかし考えなければいけません。そもそも人間には《それぞれの色》があり《におい》があり、《癖》 があるものなのです。そして人間の魅力とは、その人の人格的な《色やにおい》と切り離せないものなのです。しかし現代の若者たちは、そうした色やにおいを出せば嫌われる、いじめられると考えています。だから、すべての人から受け入れられるように自分の色を消し、透明な人間になっていこうとするのです。しかし「透明な存在」は生きて行くうえで大きな問題を抱えています。それは【自分の存在感を感じることができない】と言うことです。自分がここにいるという実感が得られない。常に【偽りの自分】と言う意識にさいなまされる。
つまり、「透明な人間」とは「偽りの自分」に他ならないのです。

お釈迦さまは、人の究極のよりどころとして《自己》と《正法》の2つを説かれています。
《自己》…つまり何物かの奴隷となるのではなく自由でありなさい。しかしそれは…《正法》…自分勝手というのではなく、仏さまの教えにしたがって「自分を良くととのえる」ということなのです。
そうすることによって人ははじめて真の幸福が得られるのだとお釈迦さまは説いているのです。

書き出す」ことの御利益はたくさんあります。 平成20年7月1日

仏さまは、「困ったこと」「悩み事がある時」「何事も上手くいかない時」「焦ったとき」には、心の中をすべて書き出してみなさい…と教えられています。
とかく私たちは「悩み事」などがあると、「困った、困った」と右往左往しがちなのですが、そのような時にこそ腰を落ち着かせて、紙とペンを持ち、何でも良いから思うことを書き殴ってみると、不思議と心が落ち着いてくるものです。
その時に注意したいのは、系列立てて書こうとしないことです。
順序や論理を整理して書き出そうと思うと何も書けなくなってしまいます。
とにかく「書き殴る」ことが大切なのです。
そして、書き出したことを後ほど見直してもいいですし、そのままゴミ箱に捨てても構いません。
書き出すことによって、自分自身の「内面の根源力」が湧いてくるため、その後は心が晴れ晴れとしてきます。
私自身も毎日、寝る前に「一日の思いを書き出し」、その後に晩のお勤めをしてから寝ています。
偉大なる仏さまの教えです。若おしょうにダマされたと思って一度やって見てください。自分自身の根源パワーに驚くことでしょう。

「いただきます!」って何で言うの? 平成20年6月1日

食事の前に「いただきます!」と手を合わせているご家庭は少なくないと思います。
統計で見ると、食事前の「いただきます!」が出来ている家庭ではグレたり、引きこもりになったりする子供が少なく、明るく元氣な家庭が多いそうです。実際その通りだと思います。
しかし悲しいことに、ある小学校で母親が「給食の時間に、うちの子には『いただきます』と言わせないでほしい。給食費をちゃんと払っているんだから言わなくて良い。」と申し入れをしたことがありました。また、「食堂で『いただきます』と言ったら、隣のおばさんに『何で?』と言われた。『作っている人に感謝している』と答えたら『お金を払っているのだから、店がお客に感謝すべきだ』と言われた」という話もあります。
このお母さんやおばさんは、「《いただきます》は給食業者や店に対して言っているのであり、お金を払っているんだから、そんなことは言わなくて良いのだ」という考え方ですね。…う~ん、悲しいものです。
実は、食事の前に「いただきます!」というのは、給食業者の方に言っているわけではありません。正確には《特定の人》に向けられたものではなく、これから食べる肉や魚や野菜などの食べモノに対して、そして作ってくれたすべての人たちに対して「感謝の気持ち」を表わしているのです。
「いただく」とは、漢字で書くと「頂く」となります。仏教で最高の敬意をあらわす「頂礼」に由来します。
同じ生きモノでありながら、自分以外の命をいただかなくては生きていけない私たちが、命を捧げて食べモノとなってくれている生きモノに対して感謝する気持ちが「いただきます!」の言葉なのです。
手を合わせるのは、相手の仏性(同じ生きモノであり、同じ仏さまの子供であるということ)に対して尊ぶ心です。
ぜひ「いただきます!」を元氣に言って、幸せな家庭を築いて下さい。

チベット問題を考える… 平成20年5月1日

3月に中国チベット自治区ラサで暴動が起きました。その理由はチベット人が自分たちの自由を求めてのことです。もともとチベットは独立国でラマ教を始めとした独自の文化や宗教があります。それが共産党政府が侵略して自国の一部にしてしまいました。その際、中国人民解放軍は、夥しい規模の破壊とともに、チベット族の大量虐殺を行ったと言われています。またその後も僧侶や尼僧に対しての迫害、男性への断種や女性への中国兵による強姦、そして人民解放軍による大量虐殺もあり国際的に非難されています。文化大革命時には紅衛兵による寺院の破壊もありました。これまでに虐殺されたチベット人は120万人にも上り、現在も600人のチベット人が政治犯として投獄されているのです。
私は、中国を一方的に非難するつもりはありません。それぞれの国により思想が違うのは当たり前だからです。また、中国人一人一人が悪いとも思いません。彼らは情報操作により事実を「知らせられていない」のだと思います。
ただし、今回のチベットと中国との問題を個人的な仏教観に基づいて発言させていただくならば、中国はあきらかに間違った行動を取っていると思います。まずは人の命を奪う行為です。仏教では「生きとし生けるものすべてを殺してはいけない。」という教えがあります。経典には「仏の教えは何よりも慈悲(じひ)が根本である。慈悲の要点は“生きものの命を護(まも)ること”である。自分を思いやると同じように相手を思いやりなさい。」と説かれているように、私たちが他人の命を奪う行為は決して許されることではありません。
さらには人権問題です。たとえ民族が違っていても、思想が異なっていたとしても、その異を認めるのが仏教の寛容性です。仏教では「自分と相手との異り・長所を認め合うこと」が大切だと説いています。多様性を認め、受け入れる…これこそが仏教の深遠なる教えの極致であり、素晴らしさなのではないでしょうか。
それを力づくでねじ伏せて迫害するというのは間違った行動であり、非難されて当たり前です。
仏教はもともとインドで生まれましたが、中国・朝鮮半島を経由して日本に伝わりました。中国という仏教大国がなければ、今の日本に仏教はあり得ないというのが本当のところです。しかし、今の中国に仏教思想はありません。もともと[寛容]という言葉がピッタリのおおらかな中国人なのですが、現在の中国はどうしたのでしょうか? 見解を疑いたくなります。
さて、それでは私たちは何をすればよいのでしょうか? まず私たちは、こういう実態をきちんと知り、国際的に言葉を発していかなければなりません。知らないことは残念なことですが、それはそれで仕方が無いことです。しかし、知っていて「考えない」「知らんぷりを決め込む」ことは避けるべきでしょう。
まずは「知り」そして「自分の意見を述べる」。
それぞれの方が自分の意見を述べることにより、それが大きな力となって、チベットも中国も【異を認める寛容な社会】を築いていけるのではないでしょうか?
それが仏教的な世直しだと信じています。

●チベットについて知りたいのなら→http://www.tibethouse.jp/about/outline.html

『四國順拝、無事に結願しました。』-No.2 平成20年4月7日

さて、さらにアクシデント…いえ、仏さまからのプレゼント…はまだまだ続きます。
5日目の朝一番で、20番の鶴林寺へお参りし、21番の太龍寺、22番の平等寺へお参りしたまでは良かったのですが、この時点で午後3時半であったので、あと3時間は歩けるだろうと…歩き出したのが…(痛)…ほとんど往来のない道路、しかもとても寒い夜で野宿は無理、でも宿どころか人気も見えない…いや~参りました。ここで寝たら凍え死ぬと思い、トボトボと歩いて…ほとんど這っていると言った方が適切なぐらい足を引きづっていたような…お腹も減って力が出ない状態で午後9時を迎えようとしていました。…「いよいよ最悪の状態か!」と恐怖に陥っていた時に一台のKトラが現れ、私を拾ってくれたのです。そして、その方が歩き遍路の救世主・無料で宿を提供して下さることで有名な橋本さんだったのです。本当に仏縁だな~と感銘しました。
車で宿まで連れて行っていただき、自らが経営するレストランで食事までご馳走になり、本当に九死に一生を得る思いでした。ぜひ、皆さまも23番の薬王寺に参拝する際には、目の前にある「はしもとドライブイン」にお立ち寄り下さいませ。
13日目は窪川から中村までの48キロをひたすら歩く一日でした。それもすべてがアスファルト…この時ほど山道が恋しかったことはないです。その時に、どこからともなく、誰からでもなく教えられたことがあります。それは【人を赦せる】ということです。「自分だけが正しいと頑なになるのではなく、自分自身も悪事をしているのだから人を赦せる人間になろう」…と、何故か心に染みてくる教えがあったのです。…たぶん、お大師様からの教えなのでしょう。
ダンプに牽かれそうになったことも何度もありました。雨の日は車に水をかけられたこともありました。食べるモノが何も無くて一日絶食の時もありました。雪道で足袋の中に氷水が染みてくることもありました。足の傷口が化膿して歩けなくなったこともありました。道に迷ったことなど何度もあります。…でも、でも、すべてがお大師様からの教えなのですね。そのことに気がつかせていただけると、何があっても楽しいことばかりです。

また、途中で出会った数々の素晴らしい方からも教えをいただくことができました。
千葉県松戸市の伊藤さん、19番の立江寺で初めて出会ってから、ご一緒させていただくことしばしばでした。その伊藤さんから教えていただいたことは…「人生はあざなえる縄の如し。楽しい時ばかりではない。辛いときもるのだ。そんな時に心の支えとなるのが仏さまの教えと信仰なのではないのか?」ということでした。僧侶である私以上に仏さまを信仰し、教えを実践している方でした。伊藤さんは毎日宿に入ると写経し、翌日の寺に奉納されている素晴らしい方です。足が不自由な五体不満足の犬をわざわざ引き取り家で飼っているというお話からも伊藤さんの心優しさを窺い知ることができました。「私たち自身も生かさせていただいているのだ」ということを身体で教えて下さる方でした。
また、35番の清滝寺にてお目に掛かった菊池さんは86歳、奥様を亡くされてから歩き遍路を始め、今年で14回目だそうです。菊池さんがスゴイのは、「空き缶」を拾いながら遍路をしているのです。普通に歩いていくだけでも大変なのに、空き缶を拾ってビニール袋に入れ、背負っていくのです。だから2ヶ月もかかる難行となるそうです。
その菊池さんがおっしゃっていたのが「人のことは言わない、自分の自慢はしない」との教えでした。日頃より他人を中傷する癖のある私には、殊の外厳しい教えとなりました。
20歳の女学生・糸井さんとは38番の金剛福寺をお参りした後に出会いました。なかなかの美女なのに野宿もOKという強者で、あまりの強行軍に足を痛めたので、病院に立ち寄りながらの遍路を続けているとのことでした。女性の身ですので、男性以上に大変だと思います。…でも、自分の人生の本当の意味を見いだしたいとの想いから歩き遍路をしているとのことでした。
そして、最後に巡り会ったのが、結願まで共にした立命館大学の北谷洋介君です。
北谷君はお爺さんが遍路をされた関係で、幼少の頃より遍路に憧れ、大学に入学した今年、やっと念願の遍路に来られたとのことでした。北谷君と初めて出会ったのは44番の大宝寺の雪積もる門前に於てでした。雪が積もっているため岩屋寺への道がわからず二人して迷っていたのが仏縁となったのです。一緒に岩屋寺に行こうということになり、雪道を語り合いながら共に歩んだものです。そして、その後「別れては会い、別れては会い」と不思議なご縁で幾度となく出会うので、これも仏縁ですね…ということになり、結願を一緒に歩きました。
北谷君とは、彼女のこと、母のこと、将来の夢などいろいろと話し合い、大いに感じ入ることがあったものです。特に「母親」についての話となり、母親の影なる愛情とご恩についてとても考えさせられました。私も、これまでの恩を忘れ、自分一人で大きくなったように勘違いすること度々でしたが、北谷くんからいろいろと教わるたびに、「母親を大切にしよう」と誓ったのです。
また、「すべての人から教わることがある」というのも、二人で導き出した結論でした。
この36日を通して気づいたことは【歩き遍路は人生そのもの】…ということです。
楽しいこともあり、辛いこともあり、いろんな方々のお世話になって生かさせていただいている。そして、何かに迷い、道に迷ってもいいじゃないか。けっして近道だけが人生じゃないんだ。」ということをお大師様に教えていただいたような気がします。
本当にいろんなことを教えていただきました。ずっと同行二人をして下さったお大師様、四國遍路の道をご指導下さった白戸先生、伊藤さん、菊池さん、北谷君、そしてご縁あって出会ったすべての方々、また、すべての山川草木、すべてに感謝です。本当にありがとうございました。

『四國順拝、無事に結願しました。』-No.1 平成20年3月13日

先日、四國八十八ヶ所の順拝を無事に結願させていただくことができました。
全長1200キロの道のりを36日かけて歩いてお参りさせていただきました。
地下足袋・法衣(坊さんの服装)での歩き遍路だったので、自分なりにいろいろと考えされられ、いろいろと感じ、とても多くのことを学ばせていただくことができました。
梅の咲き始める2月初めに出発し、初日から八番の熊谷寺まで歩かせていただくことができたのですが、地下足袋では素足とほとんど変わらず、初日から血豆がつぶれて地下足袋の中は血だらけ、歩行困難となりました。…そんな時にうどん亭の方に拾っていただき、うどんまでご馳走になることができました。初日からこのように温かい方と出会えたことは幸先が良いと悦んだものです。
初日から足が血だらけになったのはとても辛く痛いことなのですが、お陰様で足の悪い方やお年寄りの方の気持ちがとても良くわかるようになったものです。
たとえば、「道路というのは平ら」…と思っていると大間違い。断面図は…多分…ちょっと円形になっていると思います。水はけのために…。普段私たちは何気なく平らな道だと思って歩いていますが、1日40キロも50キロも歩いて足が岩のように重たくなった時には路面の微妙な凹凸でつまづいたり、転んだりするのです。
つくづく、道路は人間のために造られたのではなく、車のためにあるのだと実感したしだいです。
どんなに急坂であろうと、山道の方が気持ちいいのは私だけではないでしょう…。
「遍路コロガシ」と言われる難所の焼山寺越えは2日目にやってきました。本来ならば藤井寺までお参りし、翌朝に焼山寺へ向かうのですが、燃えに燃えていた私はついつい足を伸ばしてしまいました。…これが「事件」のはじまりでした…
焼山寺越えは、ご存じの通り「遍路コロガシ」と呼ばれる急坂が13キロ…本当に何度もくじけそうになりました。しかし、お大師様と《同行二人》であると信じ、懸命に「南無大師遍上金剛」とお称えし歩きつづけました。途中、階段の上にお大師様の銅像を仰ぎ見た時には、本当に《同行二人》を実感したものです。焼山寺には午後の4時50分に到着、無事にお参りすることができ一安心です。…しかし、ここで事件発覚…泊まるところが無い! 焼山寺の宿坊に泊まる予定で歩いていたのですが…なんと、2月は休みなんだそうです。…野宿をするといっても、まだ雪が残っている門前では凍え死んでしまいます。仕方なく更に4キロ程トボトボと歩いて、やっと宿に着いたときには6時半を回って、辺りは真っ暗でした。…いや~、山道を含め30キロを歩いたのでさすがにバテました。でも、この山道が今でも一番の思い出です。

三千仏礼拝行を修しました。 平成20年3月12日

先般、天台荒行の一つ、三千仏礼拝行を厳修しました。
礼拝行とは、両ひざ・両ひじ・額の五箇所を地面につけ平伏し、そこから立ち上がり合掌をする…この作法を仏さまの尊名を称えながら繰り返すものです。
十回、二十回ならば特に問題は無いのですが、三千回ともなると足腰はガクガクし、両ひじは腫れ上がり、ヒザは擦り剥けて血が噴き出してきます。
比叡山でも、あまりの難行のため三千を三日間に分け、一日千仏ずつ行うようにしています。しかし、今回は三千仏を一昼夜ぶっ通し、十八時間不眠不休で礼拝をし続けました。
特に今回、私が導師といって、一番中央のご本尊前にて執り行ったため、仏さまからのご加護をいただくことができ、とても良い体験と勉強ができたと心より感謝しております。
この礼拝行とは、仏さまの御前に自己をすべて投げ出す姿勢であり、すべてをまかせきるという敬虔な姿です。
普通の解釈であれば、仏さまへの敬虔な気持ちがあって、その気持ちのあらわれとして礼拝をするというところでしょうが、不思議なもので、深くおじぎをしたり礼拝することによってさらにどんどんと敬意がわいてくるものなのです。礼拝とは、人間を深い内省に導くものなのかもしれません。
事実、自我が強く、「自分の力だけで礼拝をしているのだ」…と勘違いしている人は途中でバテてしまいます。
すべてを仏さまにお任せする…この心運びがとても大事なのだそうです。
実は、この「すべてを仏さまにお任せする」ということは、自分自身の中に内在する《善良な心》を拝み、導き出す修行に他なりません。
今回、天台宗の中でも荒行の一つとされている三千仏礼拝行を厳修することによって、そんな感じを受けることができました。
ありがたや、ありがたや。
なお、その後引き続き四國順拝に行き、八十八ヶ所の歩き遍路を結願してまいりました。この四國遍路についてのご報告は次の機会にてさせていただきます。
…地下足袋での歩き遍路だったので、今でも足が腫れ上がっています。

赦し-ゆるし- 平成20年2月1日

先日、倉田百三氏の名著「出家とその弟子」を久しぶりに読み返しました。
この本は1917年にかかれた名著で、浄土真宗の開祖・親鸞聖人を主人公としています。
その内容は悩める我々に救いの手を差し伸べてくれる素晴らしいものです。特に「罪や悪」についてとても深い智慧を与えてくれます。
その内容とは…「人間はもともと悪人である」というところから始まります。何故かと申しますと、私たちは同じ仏さまの子である他人を呪ったり、恨んだり、怒ったりすることが良くあります。また、同じ仏さまの子である魚肉を食べて生きているのですから…。この辺りは先々月の「お尚」に説かれていることと同じですね…。
事実、私たちには善を慕う心があります。けれども悪を作らずに生きていくことはできないのです。絶対に他の生命を損じないことが出来ないのですから…。
しかし、仏さまは私たちを悪いままで助けて下さいます。私たちの罪を赦(ゆる)して下さるのです。それが仏さまの慈悲心なのです。 その、罪深い私たちを仏さまが赦して下さるように、私たちも他の人々を赦してあげましょう。慈悲の眼で見てあげましょう。悲しみを耐え忍びましょう。何もかも、すべてを仏さまにお任せする素直な心を持つことが幸せになる一番の近道なのです。
善いとか悪いということはなかなか定められるものではありません。それは仏さまの智慧で初めて解ることなのだから…。
今の私たちの善悪判断は所詮「人間の判断」でしか無いのです。だからこそ、我々人間は裁かずに赦(ゆる)さなければならないのです。ちょうど仏さまが我々を赦して下さるように…。
不合理なことがあっても人を恨むな。仏さまを疑うな。悲しみを耐え忍べ。忍耐は己に徳を積み重ねてくれる。隣人を愛せよ。旅人を懇ろにせよ。仏さまの名によって皆な繋がってくれ。裁く心に悪魔が住み着くのだ。」…と、このようなことが述べられています。実に深い信仰心から滲み出てくる教えです。私は目から鱗が落ちる思いがしました。皆さまはいかがでしょうか。ぜひ、ご意見をお聞かせ下さい。また、以上のことは私が読んで感じたことであり、皆さまが読むと違った受け止め方があるのかもしれません。岩波文庫から出ている540円の本です。ぜひ一度読んでみて下さい。

今年の願いごとは何ですか? 平成20年1月1日

皆さん、明けましてお元氣さまでございます。長福寿寺の今井長秀です。
いよいよ2008年も明けました。新年ってホントにいいですよね。
さて、皆さんは今年をどんな年にしたいと願っていますか?
…実は、「お願い事」って大切なんですよ。
もちろん、「俺が、俺が!」という我欲や執着がある願い事は自分にとってもマイナスを生じさせますが、「みんなのために、みんなと共に」という他人をも利益させる願い事は仏さまも大歓迎です。
この「みんなのために、みんなと共に」のお願い事を仏教では【誓願(せいがん)】と呼びます。
皆さまそれぞれの心の中にいる仏さま…仏性といいます…に誓いを樹てるのです。いわゆる目標になるのですね。すると、心の中にいる仏さまも援護して下さり、周りの人々はもちろんのこと、ネズミや犬や猫、草花までもが応援してくださるようになるのです。…面白いもんですね。(このことは昨年、四国遍路して実感させていただきました。)
ですから、「家族円満でありますように」という他力本願でお願いするより、「家族円満に精進します」と、誓願・決意の心でお願いすると良いです。
このことは『維摩経』というありがたい教典に説かれてることですので、騙されたと思って実行してみてください。出来れば、紙に記して机の前やお仏壇に貼っておく方が良いそうです。毎日見て、心を新たにするのですね。そうすれば、必ず『願いは叶う!』ものです。
さて、私もいろいろと願い事(目標)を樹てたのですが、その一つに『今年はどんなことがあっても人の悪口を言わない』というのを記しました。人間はとかく「自分だけが正しく、他人は信じない」…と自分の殻に閉じこもり気味ですが、それでは自分自身のパワーを最大限に引き出すことも、仏さまからのご加護をいただくことも出来ないでしょう。仏道修行者の大切な決まり事の一つに《不悪口》…悪口をいうなかれ。というのがあります。2500年前から説かれている真理なのですかね。
今年は何かあっても〈飲み込む〉ように精進します。完璧に実行できる自信はあまりありませんが、とにかく前向きに進んでみたいと思います。
皆さまも「願い事」をして一緒に歩みましょう。
※今年の四国遍路は2月21日より厳修させていただきます。
今年も極寒時期ですね~。

「悔い改める心」が仏道修行そのもの 平成19年12月1日

先日、教誨師(きようかいし)[罪人に対して仏の教えを説き、悔い改めさせる僧侶]と刑務所に同行し、そこに収監されている人との対話を聞く機会を得ることができました。
私自身「仏教では罪を犯した人をどのように救うのであろうか?」との疑問を持っていましたので大変勉強になりました。
また、過去六十年間の犯罪のうち、一度罪を犯した人が再度罪を犯す再犯率が60%近くもあるという衝撃的なデータが先ほど公表され、「悔い改める仕組みの無い刑務所に意味がないのでは?」との疑問もあり、今回は「罪を悔い改めること」について考えてみたいと思います。
実は…仏教では「私たちは、日常生活の中で数々の罪を犯しているのだ」と教えています。冒頭から受け入れにくい話をしているようですが、現実に考えてみると、食卓に並ぶ魚肉の命を奪うこと、知らないうちに他人の心を傷つけること、他人と自分とを比較し優越感に浸ること。人の悪口を言うこと…などなど、やはり数々の罪を犯していることは間違いないようです。
しかし、私たちは自分の犯した罪に気づいていないか、もしくは何の反省もせずに他責することしばしばなのではないでしょうか。私も同じです。
そこで仏さまは、「謙虚に自己の罪を認め、反省(仏教では懺悔(さんげ)といいます)し、いろいろな人々・生き物とのご縁によって生かされている[縁起の道理]を自覚することが、自分の成長にとても大切なのだよ。」と説かれます。逆に、「俺が、俺が!と自己の欲望を前面に出すことが本当の《「悪》なのだ」と教えているのが仏教なのです。
さて、お正月の《正》は「一つ立ち止まって」と書きます。年の始めに「自分自身を振り返り見つめる」ことも重要なのではないでしょうか?

『四苦八苦』 平成19年10月1日

お釈迦さまの教えに【四苦八苦】という言葉があります。

お釈迦さまは「人生は苦しみの連続である」と云われました。ここでの「苦しみ」とは、 「自分の欲するままにならないこと、思い通りにならないこと」を云います。
事実、人生のほとんどは自分の思い通りにならないことばかりです。特に代表が「四苦八苦」といわれています。①生きていくこと ②老いること ③病を得ること ④死ぬこと ⑤愛別離苦 ⑥怨憎会苦 ⑦求不得苦 ⑧五陰盛苦…の八つです。①から④までの生老病死は説明するまでも無いでしょう。
そこで今月は⑤の 【愛別離苦】について考えてみましょう。 【愛別離苦】…愛する者とも必ず別れがやってくること…。私どもは僧侶として毎週のように葬儀をし、愛別離苦の場に対面します。父親や母親を亡くされた子供たち、妻に先立たれた夫、中でも一番辛いのが子供に先立たれた親の姿です。僧侶である私も親御さんの心を察するに言葉も出ません。その場合、私はとにかく心を込めて一生懸命読経することにしています。その…阿弥陀様へのお祈りの心こそが、肉親を亡くされた方への僧侶としての精一杯の恩返しだと考えているのです。
そして、この愛別離苦は「死に別れ」だけではありません。生きていても逢えない、別れなければならない…という人生の別れもあります。
しかし、お釈迦さまはお説きになります。この現実の世の中は「思い通りにならないことが多いのだ。」「諸行無常…どんな人とも必ず別れがやってくるのだ」…それを悟り、肯定し、現在を精一杯生きる。そして、自分ではどうしようも無いことは仏さまにお任せする。…その心が[真実のやすらぎ]を得る秘訣なのだと…。
…頭では理解していても、なかなか心が受け入れないのも事実です…。この問題は簡単な解決方法は無いのかもしれません。
もし、よろしければご意見やご質問をいただけますと幸いです。

峰入り修行のご報告 平成19年9月1日

先日、10日間の山岳修行に行って参りました。
(名称は明かせない決まりです)
10日間の中で、断食を行ったり、山の中に入っての回峰行を行ったり、昼夜を問わずの勤行・礼拝行を厳修したり…といった具合です。
詳しい修行内容を明かしてはいけない決まりとなっているため、修行についてはこれ以上お話できませんが、何よりもビックリしたのは、人間の「我欲」の強さでした。
厳しい修行によって極限状態に追い込まれると自分自身の「業」が顕わとなってくるのです。
特に娑婆世界である程度の地位を得たり、お金をたくさん持っているような方は、自分の成功体験に凝り固まり、修行を素直に受け入れることが出来ないのです。
他人のことなど考えず、自分の都合の良いように仏教を勘違いして理解し、自分のことだけでいっぱいになっている人が結構多く見受けられました。
このように話している私自身も指導員の先生から何度か注意を受けました。しかし、注意を受けてもガンコに自分の殻に閉じこもっている方を見ていると、『法華経』如来寿量品の【質直意柔軟】という一句が思い出されます。

【質直意柔軟】とは、つねに心を柔らかく素直に保つことが仏道修行であり、幸せになる秘訣であるということです。

人間は誰でも「自分が正しく、他人を信じない」といった殻に閉じこもるガンコな部分を持っています。私などは多分にその傾向が強かったと思います
…いえ、今でも強いです(笑)
でも、自分の固定観念に固執していると、それ以上成長しません。心をスポンジのように柔らかくして、清らかな素直な心で人と接することができると良いのではないでしょうか?
仏道修行においても同じこと云われます。ぜひ、心を柔らかく素直にして毎日の生活を過ごしたいものです。

『お遍路(へんろ)で教えていただいたこと』 平成19年8月1日

先般、四国のお遍路に行って参りました。
当寺院は天台宗ですので、特に四国遍路を行う必要は無いのですが、師匠からも四国遍路で教えていただけることの大きさを知らさせていましたので、以前より切望しておりました。
師匠から言われたことは「会う人すべてを仏さまだと思え」ということでした。
そこで気がついた「お遍路」の本当の意味とは…。

実は「遍」という字は「あまねし」と読むんですね。つまり、
「あまねき路(みち)」→人の生き方や考え方にも遍き路があるんだ。
これを前提にして、「まず、すべてを認める。人を恕(ゆる)す。」ということに気づかせていただきました。
たとえば、大同小異という言葉があります。日本人が読むと「小さな異(ちが)いを捨てて大きく同ずる」となってしまうことが多いのです。つまり、日本人は他人と何かする時に、小さな異(ちが)いまでをも一緒になろうとする。だからどうしても「事なかれ主義」「他人の顔色を見る」「異なる考え方を排除する」という現象が生まれます。しかし、本来の仏教的解釈によれば、「小さな異(ちが)いを認めて大きく同ずる」と読みます。
つまり、《一人一人が異っていることを、異なりは異なりのまま、そのまま認め、大きな方向性を同じくして強力していく》ことの大切さを教えているのです。お互いの長所を活かしあいながらの和と、べったりと何もかも同じにならないといけない和とでは大分違うように思われます。
自分と他の人とでは「顔が異(ちが)うように、考え方も性格も、そして長所も異(ちが)います。だからこそ、【お互いの異(ちが)い・長所を認め合う】ことがすべての人が遍く幸せになる秘訣なのではないでしょうか。遍路修行でそのように感じました。

すべての出来事は仏さまからの試練 平成19年7月

昨今、何かにつけて自分を省みることをせず、すべての失敗を他人のせいにしている方をよく見かけます。
「自分は正しく、他人が間違っている。」「こんなことになったのはアイツのせいだ…」といった類です。
しかし、仏教では【人生で起こるすべての出来事は仏さまが意図的に下さった試練】なのだと教えています。
つまり、仏さまが、あなた自身を「元氣で幸せにするために」、「何か大切なことを気づかせてくれるために」必然的に試練を与えて下さっているのです。
そして、仏さまが必然的に与えてくれる試練なのですから、解決できない問題は決して起こりません。
前向きに、我欲を取り除き、慈悲心を以て取り組めば、後で必ず「あの問題が起きてよかった。そのお陰で…」と言えるような恩恵をもたらすのです。

特に、一生懸命努力しているのに、ものごとが上手くいかない時は、「俺が、俺が!」という我執(がしゅう=自分のことばかり考えること)が強くないか省みて下さい。
「自分の見栄や外聞、名誉、自己の利益のためだけに動いていないか」自分の心の中を見つめて見てください。
我執が強いと、どんなに実力があっても、努力しても人々の協力が得られず、また仏さまのご加護もいただけず、何ごとも成しがたいものです。
お経にも、自らの心の内に巣くう「我執」を取り除き、《みんなのために、みんなと共に》という念(おも)いを持ち続ければ、何ごとも上手くいき、願いが成就すると説かれています。
『法華経』より

あらゆる人が菩薩さま 平成19年6月1日

私の大好きな『維摩経』にこのような言葉が説かれています。

「五道の衆生は皆な是れ菩薩の慈善根の力なり。
五道に生じて其の身を示現し、事を同じて、法を説きて、即ち能く五道及び六道を度すなり。」

これを現代語訳させていただくと、

「あなたの廻りにいる人々は、好きな人も、嫌いな人も、すべて菩薩の化身です。
好きな人はあなたの長所を伸ばすために教えを説き、嫌いな人はあなたを幸せに導くために敢えて嫌いな姿に身を変えて苦言を呈しているのです。
あらゆる人があなたにとって菩薩なのです。」

となります。
つまり、自分の人生を幸せにするために周りの方すべてが菩薩さまだと考えて下さい。
人間関係で悩んでいる方を見ていると、相手を変えよう、相手を変えようとしている方を多く見かけます。
しかし、お釈迦様の教えに
「仏土は即ち衆生の影響(ようごう)なるのみ」
「物の宜(よろ)しき所に従いて国を制す」とあるように、相手は変わるものではありません。それよりも自分のモノの見方・考え方を変えることのほうが自分自身が幸せになるための絶対条件となるのです。
人間は「他責」することが得意です。ですからこのクセはすぐには直らないかも知れませんが、ぜひ、毎朝仏さまに「あらゆる人が菩薩なのだ。」と誓いを立ててみて下さい。
必ず貴方自身の人生が元氣で楽しく愉快なモノになること間違いありません。

『はきものをそろえると、心もそろう』 平成19年5月1日

仏さまの「ありがたい教え」を実践していくには、
【心】の方から修行して行く方法と、
【形】の方から修行する二つの方法があります。
しかし、私どものような心の弱い者は、形から入っていく方がやさしく、自然と心も整っていくものです。
お坊さんが作法をやかましく言うのは、そのためです。
そして、その始まりが「はきものをそろえる」ことです。

はきものが乱れている時は、心も乱れているのです。
子供をみればすぐわかります。
落ち着きがない子供の靴は、玄関の中で宇宙遊泳しているものです。
逆に、はきものがそろっている人は心も整い、やることすべてがきれいでうまくいくのです。
そのためには「ぬぐ時にそろえておくと、はく時に心が乱れない」のです。
私が法事などでおじゃまして、玄関の靴がきちっとそろっているお宅は、やはり家族全員が明るく、みんな幸せです。
ぜひ、皆さんのご家庭でも「はきものをそろえ」幸せな家庭を築きましょう。

『自分らしく、心豊かに生きるために』 平成19年4月1日

『阿弥陀経』の中に「池中蓮華。大如車輪。青色青光。黄色黄光。赤色赤光。白色白光。微妙香潔。舎利弗。極楽浄土。成就如是。功徳荘厳」という経文があります。
  私自身がとても好きな経文の一つなのですが、直訳すると「池の中では、蓮の花が車輪のように大きな花びらを咲かせ、青い花は青い光を、
黄色い花は黄色い光を、赤い花は赤い光を、白い花は白い光で輝いています。その輝きは素晴らしく清浄です。舎利弗(仏弟子の一人)よ、極楽浄土とは、このような「心もち」と「生き方」を成し遂げることなのです。
そうすれば、必ず楽しく心豊かに過ごすことができるのです。」となります。

さて、「青い花は青い光を…」とは何を説いているのでしょうか。
この経文は【自分自身の特長をよく見極め、自分らしく生きなさい。」ということなのです。
得てして人は、自分自身を見つめることよりも、世間の噂や他人の目を気にし、振れ回され、自分自身の本当の良さを見失っているものです。
この『阿弥陀経』では、【それぞれの人が、自分の持てる力を最大限に輝かせ、その素晴らしい力を、みんなの為に活かすことが、「心豊かに、楽しく生きるための秘訣」なのです。】と説いているのです。
また、自分が自分らしく生きていれば、他人を他人らしく、そのまま認めることができ、いがみ合いも起きません。
この「心もち」と「生き方」を日々の生活の中で活かし、楽しく愉快で、みんなと仲良く過ごせる毎日をおくって下さい。

吉ゾウくんのお寺長福寿寺

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